人人人の群れ
非日常を摂取しないと我慢できないほど、日常に支障が出ていることには気が付いていた。だから、非日常に頼らずに生きていく方法を探す。
でもこんな生き方を続けてきた僕にとってはそんなことは不可能とさえ思える。ナダラに言われた通り考えてはみるが、一向に思いつく気がしない。
現に今も非日常が欲しくて仕方がない。色々あったとはいえ、結局僕の本質的な部分は何も変わっていないのだ。
またユードリナに侵入したいけど、犯罪行為はやめると決めたんだ。今僕の気を紛らわす唯一の方法は、この前手に入れたオーブを眺めることだけだ。
このオーブは良い。妖しく光り輝く様はずっと見ていられるといっても過言ではない。そのくらい何もかもを忘れて没頭できるような魅力があった。
僕はオーブを持ち上げたり、回したりして時間をつぶしていた。そうして分かったことは、このオーブはかなり頑丈ということ。何度か落としてしまったのだが、傷一つつかなかった。いったいどんな素材でできているのだろうか。
そうこうしている間に、時刻は8時。あと少ししたら学校が始まる時間だ。僕は最近学校に行っていない。非日常に対する欲求を自分で制御できなくなったあたりからだろうか。学校に行ってる場合ではなくなってしまったのだ、仕方がないだろう。
アルムから連絡も来ていたが、面倒くさくてずっと返信していなかった。「大丈夫だ」くらいは送っておくか。
今日も学校は休むつもりだ。非日常に対する欲求が制御できるようになってからではないと、また学校に通うのは厳しいだろう。
ナダラも学校には行ってるだろうしな…。今日は何をしようか。今は特にやることがないし、早くナダラと話したいな…。ナダラが学校を終えるのをおとなしく待つしかない。
「あーあ、早く夜になんねーかな」
──なんてそんな独り言をつぶやいた瞬間。
オーブが光り輝いたかと思えば、窓の外が一気に暗くなった。外を見ると…夜になっていた。
「嘘…だろ…」
自分の眼前で起きた出来事が信じられず、何度も目をこすった。けれど、変わらず窓の外は夜だった。
窓にスクリーンがあって映像が流れているだけなのではないかと疑い、窓を開けたりもした。だが、そこにあるのは相変わらずの夜だった。
これはもしかして、オーブの力なのか?願ったことが実現するみたいな能力でもあるのだろうか。
この時、僕はまだ半信半疑だった。だって、そんな非現実的なモノ、あるわけがないと思っていた。だが、そんな非現実を現実にしてしまうような説得力がこのオーブにはあった。
試しに、「朝になれ」と心の中で強く願ってみた。だが何も起こらない。なんだ、このオーブにそんな力はないのか、と少しがっかりした。
いや待てよ。さっきは声に出して言ったのだった。恐る恐る僕は声に出す。
「朝になれ」
その瞬間オーブは光り輝き、あっという間に窓の外は朝になっていた。おいおい嘘だろ…?!
外から少し騒ぎ声みたいなものも聞こえた。どうやら見えているのは僕だけではないらしい。
この一連の流れで僕は確信した。このオーブには言ったことを叶える不思議な力がある。どのくらいのことまで実行できるのかは試してみないとわからないが。
■□■□■□■□
ミチルには感謝していた。私は生まれつき臆病で、人生というものを歩むことが怖くて仕方なかった。
「正しく生きなさい。誰から見ても恥ずかしくない立派な大人になりなさい」
両親はとても厳格なタイプで、私を一人前にしたいという思いから厳しく育てられてきた。最近まではそれで良かったし、親の期待に応えて人生を歩もうなんて思っていた。
けれど、それが辛くなる一方だった。私の根は真っ当な人間じゃないのかもしれない。そう考えてしまうほど、親からの重責に耐えられなくなっていた。
だんだんと上手くやってけなくなって、人生の流れがおかしくなった。
少し頭を冷やしたくて、夜に散歩という名の徘徊をして気を紛らわしていた。ミチルと出会ったのはそんな時だった。
ミチルはどこかおかしくて、他人とは外れたような空気が周りを漂っているのを感じていた。そんな危険とも言える彼だが、私の持っていないものを持っていた。
抑圧されていないというか、彼を縛っているものは何もないように見えた。そんな彼について行けば何かが変わるんじゃないか、変えられるんじゃないかと思って彼と行動することが増えた。
ミチルといると、自分がミチルと会わなかったら一生しなかったと思えるようなことばかり体験できた。
そんなことばかりしていたからか、細かいことで悩まなくなっていた。先の見えない辛いだけの道、それが人生だと思っていたのに、もっと自由で良いんだって気づけた。
自分の人生を変えてくれたミチルにはとても恩を感じている。だから彼には人生を楽しく送ってもらいたい。
なのに、最近のミチルは、抑圧が無さすぎるあまり欲望が制御できなくなっている。法に触れるような行為ばかりに走っている。
私が止めないと。ミチルには頼れる人があまりいなそうだった。ただ、欲望を無理やり抑えつけるというのが良くないことは誰よりも分かっている。どうしたらいいものか…。
そんなことを考えながら学校に向かって歩っていた。すると急に夜になった。
あまりに一瞬のことだった。うざいくらいに照らしてきていた太陽があっという間に沈んで、あたりは暗くなった。
急に暗くなったので、眠っていた街灯が慌てたように火を灯し始めた。
街灯などは光っているのに、家の灯りが一つもついていないのが不気味で異様な光景だった。
天変地異とでもいうのだろうか。こんなことになったことがないので動揺が隠せなかった。
周りの人間も、動揺を隠せないようで、各々が騒いだり、動画を撮ったりしていた。
とても非日常的で…。そんなことを考えていた時、ふとミチルの顔がよぎった。もしかして彼が…?
いやいや、彼に時間を操れるなんて超常的な力があるなんて聞いていない。きっと別の要因だろう。
急に夜になり、あたふたとしている間にまた太陽が昇って朝になった。いつも通りの朝に戻っていた。こうなると、さっきまで起こっていたことが夢だったんじゃないか、なんて思う。
人々も落ち着きを取り戻し、徐々に日常に戻り始めていた。さっきのはなんだったのだろう、と考え込んでみるが、今日が学校だったことを思い出す。
早く行かないと遅刻してしまう。あんなに非現実的なことが起こっても、学校は休みになるとは限らない。結局いつも通りが帰ってくるのだ。
さっきので時間を失った分、足早に学校に向かった。
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