危険を犯して悦を得る
目を覚ますといつもの天井が見えた。もう朝か。眠りが深すぎて眠っていたのが一瞬のように感じた。
昨日の非日常、良かったなぁ。久しぶりに味わえた。スリルもあって、捕まる恐怖と隣り合わせなのが最高に良かった。
まだ心臓がバクバクと高鳴っているようだ。この心音をずっと留めておきたい。保存していつでも味わえるように保管しておきたい、そんな気分だった。
最高の非日常だったが、まだ心に隙間があるのを感じた。まだ満ち足りないと感じてしまった。
もっとだ。もっと非日常が欲しい。今日も学校を休んで非日常を探そう。
学校に休みの連絡を入れた後、昨日のように外に飛び出した。
外に飛び出したはいいものの、突き刺すような寒さを感じた。こんな薄い服じゃ凍死してしまう。
そそくさと部屋に戻り、ハンガーにかけてあったコートを羽織ると、再度外に出た。
今日はどこにいこうかな。しかし電車に乗ってどこかに行くというのは行き先が分かってしまってあまり面白くない。
そのことは前非日常を探した時に痛感していた。この問題、どう解決すれば良いのだろうか。
家から少し出て歩いた時、朝から何も食べていなかったので突き抜けるような空腹感を感じた。
まずは腹ごしらえからだな。何か食べないと歩く元気も出ない。
近くに見えたコンビニで適当に何か買おうと思って近づいた時に天才的な閃きを感じた。
コンビニの駐車場に停まっていたトラックが目に入ったのだ。
トラックにこっそり乗り込めば行き先不明の旅が可能になるんじゃないか。そう思ってしまった。
それは当然褒められた行為ではなく、ほとんど犯罪であることは分かっていた。だが昨日のユードリナからタガが外れていたのか、戸惑いなんてものはなかった。
トラックは、いわゆる軽トラックというやつで、平らな荷台が付いていた。荷台にはベッドや本棚などの家具が積まれていて、紐で括られていた。
引っ越しとかだろうか。そう想起させるような荷物がたくさん乗っていたが、僕には関係のないことだ。ただ乗り込ませてもらうのみ。
荷台の端を掴み、身体を持ち上げて荷台によじ登った。そして、うつ伏せの姿勢になり、周囲からバレないようにする。
ただまだこの状態では外から見られると人が乗っていると分かってしまう。そこで、着ていたコートを布団のように自分に覆い被せて身を隠すようにした。
後は出発を待つのみ。出発さえすれば行先不明の旅の始まりだ。
少し待っていると、エンジンの駆動音が冷たいトラック越しに僕に伝わってきた。その駆動音が、心なしか冷たいトラックを暖かく感じさせた。そんな魔力を感じた。
旅の始まりのファンファーレのようで僕の興奮をさらに加速させる。
僕がワクワクしている間に軽トラックはコンビニの駐車場から進み始めた。
荷台は思ったよりガタガタと揺れるが、幸い固定された家具のおかげで僕の身体が大きく動くことはなかった。
身体を外に晒しながら車に乗るなんて初めてだった。それも非日常に彩る美味しいスパイスのようで、心が躍った。
後はのんびりとこのトラックが勝手にどこかに行くのを期待して荷台に留まるだけだ。
滅茶滅茶近くが目的地かもしれないし、山を越え川を越えた遥か向こうかもしれない。とにかく僕の予想できない場所に着く。それが楽しみで楽しみで仕方がなかった。
いざ軽トラックが進み始めてしまえば、思ったより何も起こらない。ただ狭い視界の中地面の凹凸による荷台の振動を感じることぐらい。
だから結構暇になるのかな、なんて思っていたが、僕にはいらない心配だった。この世界では起こりえないような非日常を妄想する、なんてことをしているうちに時間は無限に過ぎていった。
そんな感じで非日常を妄想している間に、荷台の揺れが心地よかったのか僕の瞼はいつの間にか閉じていた。
■□■□■□■□
──水が流れる音。ザザー、ザザーと繰り返されている。僕の住む街では聞こえることのない海の音。それが遠くの方から聞こえてくる。
そんな音で僕は目を覚ました。なんと気持ちのいい目覚めだろうか。凝り固まった自分の身体を起こすと、辺りはすっかり暗くなっていた。
スマホで時間を確認すると、時刻は20時23分。12時間くらい経ってるじゃないか!この軽トラックは思ったよりだいぶ遠くへ行くものだったらしい。
今自分がどこにいるのかを探ろうとする。だが、周囲を見渡してもかなり暗くて何もわからない。
寝起きの体をほぐすように伸びをしたりしてる間にだんだんと暗闇に目が慣れてきて、ある程度見えるようになった。
ここは海沿いの道路らしい。右にはガードレールがうねり、曲がりながら生えている。そのガードレールはところどころが赤茶色に錆びていて、時代を感じさせるような佇まいだった。
そのガードレールの先には草木が思い思いに生えていて、海と境目を作り上げていた。
海はザザー、ザザーと周期的に波音を発している。海というと聞こえはいいが、夏に行く感じの砂浜があるビーチではなく、ゴツゴツとした岩肌に波が繰り返し当たっている寂しくて冷酷な海だった。
海なのだから確実に魚などの生物がいるはずなのに、本当は生き物なんていないんじゃないか、なんて思ってしまうほどその海は黒くて深そうだった。
道路の左にはコンクリートの壁があって、その上には山があった。山の植物が、海に吸い込まれて行っているかのようにコンクリートの壁に垂れ下がっていた。まるで死体のようだ。
全体的にこの場所の空気は重く感じる。景色のすべてが絡み合って、おどろおどろしく感じる。ここはいったいどこなのだろう。そんな僕の考えには気にも留めず、軽トラックは暗闇を切り裂いて進んでいた。
僕はここから行き先を変えることもできないのでただただ軽トラックが進むのを眺めているしかなかった。
海沿いを10分ほど進んだ後、左に曲がった。そのせいで左右どちらの景色も木になってしまった。葉はかなり濃い緑で、黒に近いといった方が正しいほど濃い色をしていた。今が夜だからというのもあるかもしれないが。
その道はだんだんと坂になっていった。おそらく山を登っているのだろう。荷台にいる自分にかかる負荷は多少増えたが、問題ない。このくらいなら耐えられる。
山道を軽トラックが15分ほどかけて登ると、山道のど真ん中で急に止まった。ここが目的地?それにしては何もないが。
そんなことを考えていると、運転席から一人の男がブルーシートに包まれた"何か"を引きずって出てきた。"何か"は人の大きさぐらいだった。多分人だろうな。
その男は20代後半くらいで、普通の体型だが、姿勢が悪く、やつれているような、操られているような。そんな印象を受けた。そしてその男は白衣を着ていた。しかしその白衣は薄汚れていて純白なんて到底言えない色をしていた。
そして背中にはスコップを背負っていた。新品なのか傷一つついていなかった。ほかにも頑丈そうな箱をもう片方の手に持っていた。人の顔くらい大きい箱だった。
その男はそのままガサゴソと草木の音を鳴らしながら山に入っていった。恐らく死体を埋めに来たのだろう。誰が見てもそれぐらい予想がつく。
僕が乗った車は普通に犯罪者の車だった。運が悪いな。いや、逆にいいのかもしれない。
これも非日常といえるのかもしれない。こんな現場見られる機会なんてそうそうないし、傍観者として見ていられる分には楽しい。いったい彼はなぜ殺したんだろうか。
少し気になるし、あとをつけてみるか。
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