謎肉ばかりに囲まれて

今日は休日。久しぶりにアルムと出かけていた。アルムと本屋で、おすすめの本とかを語りながら巡るという感じのことをしていた。


「最近この本読んだけど面白かったよ~」


そういってアルムが指をさしたのは世界観が重厚そうな小説だった。ファンタジー世界で冒険する系のもの。表紙は美しい中世の風景に登場人物が何人か描かれていた。


「なかなか面白そうだ。表紙を見ただけでわくわくするな」


「そうでしょ?内容もとても面白かったよ。まず世界観が──」


アルムは楽しそうに僕にその小説の内容を力説してくる。プレゼン能力がかなり高くて僕も買いたくなってしまった、のでカゴに入れた。


アルムも嬉しそうだった。自分が面白かった本は布教したくなるし、それが伝わったらうれしいものだ。その気持ちはよくわかる。


「これも面白かったよ。日常系の4コマ漫画なんだけど──」


げ。僕は小説とか漫画は大好きで、アルムとの趣味もよく似ている。そんなアルムと唯一分かり合えないジャンルがあった。


それは日常系だ。物語よりもキャラクターの日常に焦点をあてたもの。僕は何が面白いのか全く分からない。危険やスリルがあるからいいんじゃないか。これに関してはまったくアルムの気持ちが分からない。


「いや、それはいいや…」


僕はアルムの力説を遮るようにやんわりと断る。


「そういえばミチルは日常系嫌いだったっけ。悪い悪い」


アルムはあちゃ~といった感じの動きをして僕に謝る。


「その通りだ。何が面白いのか全く分からん」


「日常系もかなり面白いよ?疲れ切った体に染み入るというか…、過ぎ去ってしまう日々の尊さというか…。ストーリーがメインではない分人間関係が濃密に描かれるというところが──」


日常系も王道のジャンルであるのにはきちんとした理由があるのだろう。現に目の前に日常系を愛する人間がいるわけだし。


ただ僕は一生分かり合える気がしないな。


「そういう魅力があるのね。うんうん」


「わかってくれる~?」


適当にアルムの話を流して別のコーナーに足を運んだ。


かなり長時間本屋で買い物した後、近くの喫茶店的なところによって休憩してから別れた。




■□■□■□■□




アルムと出かけてから2週間後くらい。久しぶりにナダラと会うことになった。


お互いの予定が最近会わなくて会う機会が減っていた。その間非日常も摂取していなかったから僕はかなり飢えていた。ナダラと出会ってから非日常を摂取する機会が多くなったとはいえ、こうも2週間くらい間が空くと辛いものだ。


非日常は僕にとっては食事みたいなものなんだから。


今日もいつものように駅前集合で時間は23時。こんなに遅いのには理由があった。もちろん非日常絡みの。


「なぁナダラ」


「何ですか」


ナダラは唐突な呼びかけに首をかしげる。


「やはり、夜は最高だと思わないか。非日常とは切っても切り離せない」


「まぁ、そうですね」


「夜のユードリナとかさ、バスとか乗って思ったんだよ。そこでだ」


ナダラは僕の非日常に対する熱い語りを少し気圧されながらも聞いていた。


「夜で非日常が感じられそうな場所巡ろうじゃないか。探せばいっぱいあるはずだ。」


「あー。いいですね!」


ナダラも喜んで同意した。これなら犯罪チックじゃないし、ナダラとしても何の心配もないだろう。


「じゃあ早速探しに行こう。散歩がてら歩き回れば見つかるだろ」


「そうですね、行きましょうか」


そうして僕たちは駅から出発し、ぐだぐだとしゃべりながら非日常を探し始めた。


「結局ミチルが求めている非日常って人によって故意に作られたものではないもので、ギャップを感じるものですよね?」


「まあ大体あってるな。身近なもので感じられるのは夜みたいな、いつもは人がいるはずなのにいないということで感じれるギャップだと思う」


「なるほど…。じゃああそことかどうですか?」


そういってナダラが指をさしたのは24時間営業のコインランドリーだった。駅から少し離れ、徐々に住宅街に染まりかけているこの場所にそのコインランドリーはあった。


「あ~、よさそうだな。行ってみるか」


コインランドリーはコンビニくらいの大きさで、ドラム式洗濯機がたくさん並んでいた。無人営業なので中には店員すらいないわけだから僕たち2人っきりだった。


「なんか変な感じだな」


「そうですね、勝手に人の家に上がり込んでるみたいです」


「防犯対策は…監視カメラとかでやっている感じか」


角の方を見ると監視カメラが部屋全体を見渡すようについていて、僕たちを見ていた。


「見られているとわかると少し落ち着かないな」


「はい、洗濯機も全部が見つめてきているみたいで少しぞわぞわしますね。ドラム式洗濯機だとでかい目みたいで」


「そんなこと思ったことないが、まぁ言われてみると確かに…?」


ナダラは独特を感性を持ってるな、と思った。僕が歪んでいるとナダラはよく言うが、意外とこいつもやばいような気がする。


コインランドリーという空間をある程度楽しんだ後、少し疲れたので2人は備え付けられた椅子に座って休んでいた。


「ナダラって…普段何してるんだ…?休日とか」


「え、急に何ですか」


僕の唐突な雑談にナダラは驚いた。まぁそうだよな、ナダラと普通の雑談とかあまりしてこなかったしな。


「いや~なんかあんまナダラのこと知らないなと思って」


「なるほど。休日かぁ…。最近だと、休日は街にあるオブジェとかを探して眺めたり…寝たり…。あと夢日記とか書いてたり…ですかね。ミチルと違って私は普通の高校生よりですよ」


「どこが普通の高校生だよ。僕と大概に歪みまくりじゃねーか」


「え、そんなにですか?」


「夢日記なんて普通の高校生はつけてねーよ」


「いや、よく面白い夢いっぱい見れるんですよ、私」


「そうなんだ…」


ナダラも大概に変だということを知った後、僕らはコインランドリーを後にした。


再び歩き回りながら、非日常を探す。ナダラと話しながら夜の散歩をするというのはとても楽しくて仕方なかった。他人とこんなにも深く関わることはなかったという僕の過去が今この時間をより楽しいものにさせた。


ずっとナダラと話しながら歩いていたいと思った。この暗闇の中を二人で歩き続けて、闇夜に紛れて、溶け込んでしまうくらいにはずっと歩いていたかった。


「非日常ってあるじゃないですか。字の。漢字で三文字の」


突然ナダラがそんなことを口にした。


「あるな」


「日

 常って単語は真ん中で切ると左右対称になりますけど」


「非

 日

 常って単語は真ん中で切ると非という文字が加わったことで左右対称ではなくなっているのが、非という言葉が乱してる感じがしておもしろいですよね」


「確かに。考えたこともなかったが左右対称じゃないというのが歪んだ感じがしてわくわくするな」


そういってなんでも非日常を特別な位置につかせて喜ぶ僕を見て、ナダラは「いつものミチルだな」という反応をしていた。


ナダラの発言はただの言葉遊びで本質的に深い意味なんてないことはわかっているが、相変わらず面白い視点を持っているなと思った。


20分ほど歩いていると、面白そうだなと思う建物が目の前に現れた。駐車場だ。3階建てくらいのもので、大きめのスーパーとかがある施設に併設されているタイプの駐車場。


「なぁナダラ。駐車場とか面白そうじゃないか?」


「確かに楽しそうですけど…。入っていいんですかね?」


「大丈夫だろ」


そういってずかずかと駐車場に入る俺に追随するようにナダラも駐車場の中に入った。


普通の駐車場は、夜でも車が何台か止まっていたりするが商業施設につくタイプの駐車場は夜も止められないのでガラガラだった。


あるのは柱とかばかり。寂しく無機質な空間が広がっていた。暗がりもだいぶ多い。


「車が止まってないと、空間が広く見えますね~」


「そうだな。鬼ごっことかできそうな感じだ」


「物が少なすぎてあまり楽しそうではありませんけどね」


そういってナダラはころころと笑っていた。


そんなことを話したり、車止めのブロックに飛び乗って遊んだりした後、わきにあった階段を使って僕らは屋上まで上がった。


「おぉ」


屋上の景色を見て僕らは息をのんだ。僕らの目の先には、車が一台も止まっていない開放的な駐車場があった。


その景色は僕の求めている非日常そのものだった。車1つないこの駐車場を夜空が大きく包み込んでいて、屋外プラネタリウムみたいだった。


ただ田舎ではないためそんなに星は見えないのが少し残念ではあった。


「これは…開放的ですね…」


ナダラも圧倒されているようだった。


僕はたまらずこの駐車場の上で走り回った。もう僕を止めれるものは誰もいない。そんな気持ちだった。


ナダラも笑いながら走っていた。普段つもりに積もったストレスから解放されたかのような、吹っ切れた印象を受けた。


さんざん走って疲れ切った僕らは屋上のど真ん中に寝転んで、大きな夜空をその2つの体で取り込んだ。


何かつまりが取れたかのようにナダラが話し出した。


「私、最近色々悩んでたんですよ。親のこととか…。学校のこととか…。でもなんかもうどうでもよくなっちゃいました。今楽しければいいかなって」


そう言うナダラは晴れやかな顔をしていた。


ナダラも色々悩んでいたのか。そんなこと気にしたことなかった。そうか、ナダラも人間だもんな。悩みの1つや2つはあるか。


親のこととかか…。悩みを聞いてあげるべきなのか迷うところではあるが、今は本人も楽しそうだし、蒸し返すこともないか。今はあまり深入りしないでおこう。


「ナダラが楽しめているならよかったよ。こんな非日常バカに付き合ってくれてありがとな」


「今日はミチルといて楽しかったです。また誘ってくださいね」


笑顔でナダラはそう返答した。


寝転びながらナダラと話していたが、時間ももう丑三つ時だったので徐々に互いの言葉数が少なくなっていった。


疲れていたのか屋上でそのまま2人とも寝てしまった。




──冷たい。全身の肌を冷たいもので縫い付けられるような感覚。


そして何やら遠くの方で呼んでいる声がする。肩もぐらぐら揺れる。


眠たくて重い目を何とか開けると、ナダラが僕の肩を揺らしながら「ミチル!」と何度も繰り返し呼んでいた。


「やばいですよミチル!誰かに見つかります!」


とたたき起こされて僕は朝を迎えた。スマホの時計を見ると6時だった。こんなところで寝てしまっていたのか。空はすっかり青々しく、屋外プラネタリウムはもう見る影もなかった。


「早く帰りますよ!」


とナダラに手を引っ張られながら僕らは駐車場を出て、家に帰った。




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