僕たちバスを独り占め
「そういえばなんでミチルは深夜のバスに乗りたいと思ったんですか?ミチルならとっくに乗ってそうな気もしますけど…」
「こんなバスなんてありふれたもの、今まで微塵も興味がなかったよ。でもこの前とある用事で家に帰るのが遅くなった時があってさ」
「いつも夜まで出歩いてるでしょ」
「まぁそうなんだが…。でもその時はいつもと違う道で帰ってて、その時に見てしまったんだよ、夜に走るバスを!」
「そんな珍しいものでもないような…」
「それ自体はそんなに珍しいことじゃない。でもそのバスが信号で止まった時、中を見たら…」
「見たら?」
「乗客が一人しかいなかったんだよ!」
「ふむふむ」
「これってさ、非日常だと思わないか!」
「あぁ…確かに。考えたことなかったです、そんなこと。夜に走るバスなんていつも目にしてるのに」
「これは乗って確かめる必要がある!ということで早速時刻表調べてきた」
「相変わらず非日常に関してフットワークが軽いですね」
「僕は非日常のためならどこへだっていくさ」
僕はポケットからスマホを取り出し、ナダラに時刻表を見せた。
「最終便は22時12分のやつっぽい」
「これに乗ればいいんですね、じゃあもう少し待ちますか」
うだうだとバスが来るのを待つ。今は22時なので12分くらい時間が空いていた。その待ち時間の静寂を遮るように僕は話題をナダラに振った。
「実はさ、僕バスほとんど乗ったことないんだ」
「そうなんですか?日常生活で使うことかなりありそうですけど。バスが苦手とかですか?」
「いや、バスアレルギーとかそういうのではなくて。中学生のころ運動部とかに入ってたわけでもないしさ、微妙な距離だったら歩いたり…。あと親が車もってたからなんか乗る機会なかったんだよな」
「なるほど。まぁバスなくても基本何とかなりますしね。私もたまにしか乗らないです」
「やっぱりそういうもんだよな」
そんなことを話しているとまばゆい二つの光が近づいてきた。夜だからバスのライトがより眩しく感じる。
バスがプシューという音を立ててバス停に止まった。
「じゃあ乗るか」
「はい!」
バスのドアが開くと僕たちはICカードをタッチして、一番奥の広い、5人くらい座れそうな長い椅子に座った。乗客は僕たちのほかに誰もいなかったのですぐにドアは閉まった。
「バスってこんな感じか。いたるところに降車ボタンがついてるぞ。天井まで。」
「そうですね。バスならではのシステムですよね。自分たちで止まるバス停を選ぶなんて」
「ということは今バスを止められるのは僕たちだけということか!まるで自分のものになったみたいだ」
「運転手さんも止めれますけどね」
「そんなことは些細な問題だ。それよりすごいぞ!僕たち以外に乗客がいない!」
「どの席もがらんとしていますね!一番後ろから見渡すと絶景です」
僕たちは夜のバスの非日常感に興奮していた。そんなさなか自動音声が次のバス停を知らせる。
「次は
「私たちしかいないのにアナウンスしてもらっちゃって、なんだか申し訳ないですね」
「あぁ、まったくだな」
窓の外は駅の近くだと明るかったが、離れていくにつれあかりの数が少なくなっていき、窓はどんどんと暗くなっていった。そんな景色はまるで宇宙船にいるかのようだった。
こんなにも外は暗いのに、バスの中はとても明るかった。ただバスの光は寒色系であるため、家のような温かみのある空間というよりは、冷酷で寂しさを感じる空間になっている感じがした。
それが自分の住んでいる街から離れていくことによる寂しさなのかはわからないが、不安を煽られているような、なんとも形容しがたい感情になった。
深夜のバスは孤独感に苛まれるような空間で、僕にとっては非日常としてするりと体の中に入っていくような、そんな心地よさだった。僕の非日常センサーに狂いはなかったようだ。
数分無言の時が流れ、ナダラはこの空間を堪能しきったのか僕に話しかけてきた。
「ミチルはなぜそこまで非日常に執着するんですか?昨日のを見るとやはり異常というか…」
僕が非日常に固執する理由か…。まあ思い当たる節はあるが、人に話すような面白い話でもないし、あまり思い出したくもない記憶でもあるな。苦くて…ドス黒い、そんな記憶。ナダラには適当に濁しておこう。
「あー、まあ昔にある出来事があってな。それの影響かな…。まああまり面白い話でもないしな、いずれ話すよ」
「そうだったんですか。まぁ言いたくなかったら別にいいですけどね。気が向いたら話してください」
ナダラは気を遣ったのかそんなことを口にした。そうだな、いつか話す必要が来たら言えばいいだろう。
バスという空間を堪能したり、ナダラと話していたら、かなり時間がたっていた。30分くらいは乗っていた気がする。
「ナダラ、そろそろ降りるか」
「そうですね」
ナダラももう十分楽しんだようだ。
「次は
次のバス停をアナウンスされると僕はすぐに降車ボタンを押した。ピンポーンという効果音がバスの中に響いた。人がいないせいか、よく反響したような気がした。バス乗ったことないからこれが普通なのかもしれないが。
バス停に着くとぷしゅーという音とともにバスのドアが開いた。ICカードを押して、
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
と僕たちは運転手に感謝を告げ、降りた。バスはドアを閉めると走り去っていき、すぐに見えなくなった。静かな住宅街のバス停に、僕たち二人はぽつんと取り残される。
「ここ、どこなんですかね」
「わかんないや」
僕はナダラと同時に笑い出した。笑い声が住宅街に響き渡る。
「あはは!こっからどうやって帰ろうか」
「ほんとに!どうしましょうかね!アハハ!」
気づいたら知らない土地についてしまい、おかしくて仕方なかった。
「とりあえず駅の方角まで歩こうか」
「そうですね」
ひとしきり笑い終わると、僕たちは楽しく話しながら駅に向かって歩いていった。駅に着いたのは日をまたぐぎりぎりの時間だった。そこからはすぐに別れてお互いの家に帰った。
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