閉店前という空間
僕たちが外に出たころ、時刻はもう21時だった。なので外はかなり暗く、そして人もかなり少なくなっていた。
辺りはかなり静かな空間となっている。
「やっぱり夜の散歩の方が僕には性に合ってるな。落ち着くし」
「その気持ち、かなりわかります。昼の明るい感じも私は嫌いじゃないですけどね」
昼間より少し音量を落とした静かな雑談をしながら僕たちは歩いた。
「非日常、どこかにないかなー」
「気になったんですけど、そもそもミチルのいう非日常ってどういう出来事なんですか?」
「僕の求めている非日常か、そういわれると説明が難しいなぁ。んー、なんというか、遊園地とか、水族館とかヒトによって提供されている非日常じゃあないんだよな」
「ふむふむ」
「いつもとは全く違う出来事というか、予定調和じゃないというか。別に明確な定義があるわけじゃないんだけどな」
「電車の緊急停車の時とかですかね」
「うん。まあいつもと違うっていうギャップがいいのかもしれない。電車の時もさ、いつもと違う行動をとる人とか、明るいはずの電車が暗かったりね」
「非日常と一言で言ってもミチルにとってはなかなか奥が深そうですね。ミチルって小さいころからずっとそうなんですか?」
「いや、小さい頃は遊園地とかでも全然楽しめたと思う。」
「まあ人間みんなどこか歪んでますから!それがたまたま非日常への固執だったってだけの話なので別にいいんじゃないですかね、本人が楽しかったら」
「俺そんなに歪んでるか?」
「はい」
「えぇ…」
そんな感じで歩いていたら、目の前にひときわ明るめの建物が見えてきた。複合商業施設ユードリナだ。ユードリナはスーパーだったり百均、小さめのゲームセンターや本屋などが集まっている建物だ。
閉店時間は22時なので閉店まで45分ほどあった。僕は1つ気づいてしまった。夜闇の中にぼんやりと輝く複合商業施設。閉店間近のこういった建物ってすごいわくわくする。僕の嗅覚が非日常はここにあるといってやまない。そんなの入るしかない。
「ナダラ、閉店前の施設ってめちゃめちゃ非日常じゃないか?とても入りたい」
「たしかに一理ありますね。入りましょう!」
ナダラの合意も得られたところで中に入った。おお。駅から少し離れていることもあってか閉店前のユードリナは人がかなり少なかった。やはりすごいわくわくする。こんなに広い建物なのに僕たちと店員の人たちくらいしかいないというのは、非日常という感じがすごい。
スピーカーから流れる店内放送が人の少ない店内に響き渡る。人が少なく静かなのでかなりよく聞こえる。休日の昼間には人でごった返しているというのに、いまはまったくもって人がいない。そんなギャップに胸が高鳴っている。
「なあナダラ。これかなりいいかも。最高かも」
「いいですね、これ。ミチルの言う非日常の良さが今すごい分かった気がします」
ナダラを見ると、そのたたずまいから僕と同様にわくわくしていることが簡単に分かった。
ユードリナの1階はスーパーだった。仕事帰りのサラリーマンとかの数人が買い物をしているほか、閉店が近いので店員がかったるそうに半額シールをはっているくらいしか人がいなかった。
特に用もないのでエスカレーターを使って階を上がることにした。
2階は洋服がずらりと並んでいた。服屋か。
「ほんとに人がいないですね!」
「あぁ、見渡す限り店員しかいないな」
スーパーと違ってこの時間に服を買う人が少ないのか、2階には店員しかいなかった。かくれんぼとかしたら楽しそうだな…。さすがにダメか。
誰もいないため、店内も閉店ムードで、店員はモップがけなどをしていた。この時間から掃除とかはじめるんだ…。新発見だ。
奥のほうに歩いてみると、子供服売り場になっていた。子供向けの小さい服が並んでいて、子供を遊ばせておくためのカラフルなスペースがあった。
しかし、当然誰もいないため、子供用の遊び道具が寂しく横たわっていた。
その閑散とした空気がなんとも心地よかった。これぞ僕が求めていた非日常だ。最高だな。
僕とナダラの二人は何を会話するでもなく、ただこの雰囲気を噛み締め、味わっていた。
十数分2階を歩き回ったところで、3階に行こうと僕が提案し、エスカレーターに乗った。
3階はゲームセンターだった。だがそれほど大きいわけでもなく、3階の一角にあるくらいのものだ。
3階には何人かがクレーンゲームで遊んでいた。ここは誰もいないわけではないのか、と少し残念な気持ちになる。そううまくいくこともないか。
その後もナダラと人が少ない建物内を散策していた。気が付くと21時45分くらいになっていた。
「当店はまもなく閉店のお時間とでございます。まだお買い物がお済でない方はお早めにお買い求めくださいませ。本日のご来店、誠にありがとうございました。」
なんとも悲しげな曲とともに店内から閉店アナウンスが流れる。閉店間際まで居座ったこと、今までであまりなかったな。なんとも新鮮だ。
「もうこんな時間か」
「名残惜しそうですね」
「そりゃそうさ、こんなに自分好みの空間があるとは思ってもいなかった」
「確かに心地いい空間でしたね」
あと15分しかこの空間が持たない。その事実が悲しくて仕方ない。
「なぁナダラ、このまま店内に残ったらどうなるのかな?すごい面白そうじゃないか?」
我ながら妙案だ。天才的発想にほれぼれしてしまう。
「多分それ、センサーとかでばれますよ…。というか迷惑なのでやめましょうね…。」
あきれた表情でナダラがこっちを見る。そっか。そりゃそうだよな。
「でも、すごい気にならないか?!」
「犯罪一歩手前ですよ?というかほぼ犯罪ですよ?やめましょうね…」
ナダラに僕が犯罪者にならないように諭してくる。けれど非日常という熱に浮かされていた僕にはまったくもって耳に入ってこなかった。
「ごめん、ナダラ。僕はどうしても気になってしょうがない。好奇心が暴走していて止められないんだ。先に帰っていてくれ!このまま残っていたらどうなるか試してみたいんだ!」
少し大きめの声を張り上げてナダラに言い放った。
ナダラはため息をつくと呆れた顔をして、
「ミチルがこんな非常識だとは思いませんでした。もう知りませんよ?私は帰りますからね?せいぜい警察に事情聴取とかされて悲しい顔でもしながら1人でとぼとぼ帰ってください」
と僕に言った。さすがに常識がなさ過ぎたか、と後悔したがもう遅かった。
ナダラは早歩きで僕の前からすたすたと去って行ってしまった。
閉店まで残り5分だった。僕は2階の服屋に戻り、試着室の中に隠れた。何とか店員にばれずに隠れられたようだ。
閉店するまで息をひそめ、さっきのことを考えていた。ナダラを怒らせてしまったな…。明日謝ろう。少し、いやかなり…だいぶ非常識でやばいことをしたが誠心誠意謝ろう。こんなことで関係を拗らせたくないからな。
少し経つと閉店アナウンスも止まり、ユードリナに静寂が訪れた。レジの方を覗くと店員が後片付けをしているのが見えた。そして警備員が巡回しているのも見えた。
見つかったらまずい。さっきより念入りに息をひそめる。15分くらい経つと電気も消え始めた。これは勝ったか…?閉店後のユードリナがみられるのか…?
電気が消えて少ししか明りがないユードリナ。もう完全に裏の顔という感じだ。めちゃくちゃわくわくする。
そんな期待に胸を高鳴らせていた時、近くまで来た警備員に試着室を開けられ、見つかった。見つかるときは案外あっけないものだった。
「君、こんなところでなにしてるの?」
中年くらいのおじさんだった。そっちも人がいるとは思ってもいなかったようで、かなりびっくりしていた。
「いや…気づいたら寝ちゃってて…。ははは」
苦し紛れすぎる言い訳をしてなんとかこの場を乗り越えようとする。
「そうだったんだ。もう外も暗いし早く帰りなさい。次からは気を付けるようにね」
警察を呼ばれるとかではなく、優しく対応してくれた。こちらがまだ子供ということもあってだろうか。何より助かった。
「わかりました、すみません」
警備員の人に出口まで案内され、僕はユードリナを後にした。やはり真っ暗になるまでいるのは難しいか。一筋縄ではいかなそうだ。
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