夜のファミレスっていいよね

僕は家に着くと、すぐにベッドに寝っ転がった。ぼすっとマットレスが音を立てる。


今日の僕の心は久しぶりの非日常で満たされていた。


1ヶ月ぶりにご飯を食べたみたいな、そんな気分。非日常でしか僕は栄養をとれないのだ。


今日の非日常を思い返して、ふと思い出す。紺色の髪の彼女。彼女の持つ独特でミステリアスな雰囲気が忘れられなかった。


僕を非日常へ連れて行ってくれそうな、そんな予感を感じた。にも関わらず、僕は声をかけなかった。


あの後、いつの間にか彼女は電車を降りてしまっていて、気づいた時にはもういなかった。


後悔。脳の中がさっきのことで埋め尽くされていく。僕は今、後悔という名の池に漂っていた。今にも沈んでしまいそうだ。


僕は非日常でしかもう喜べない、そういっても過言ではないくらいには僕の心は動かなくなっていた。だから非日常が起きる予感がすればところ構わず飛び込んでいくようにしていた。


だけど今回は彼女に話すことができなかった。もう電車内で話しかけてしまえばよかったのだろうか。しかし、電車内で初対面の人と話に行くのもいろいろ問題が起きそうだ。仕方ない。再会できることを祈るしかないか。


そんな今日の振り返りみたいなことをしていたら、疲れていたのか僕の瞼は自然と閉じていった。


──僕が再び瞼を開いたのは、太陽が沈んでしばらくたった頃だった。


「ああ、寝てたのか」


僕は寝起きの掠れた声でつぶやく。


さっきまで明るかった部屋の中が、すっかり暗くなっていた。自分の部屋が自分の部屋じゃないみたいだ。


起きた時一瞬脳がそう錯覚する。そうなる時がかなり好きだ。夕方に寝ることの楽しさはこんなところにもある。


全身が硬い。散歩でもしようかな。さっと着替えて僕は外に出た。


今日はかなり冷たい秋風が吹いていた。秋を飛ばして冬になってしまったのかと思うほどに。


そんな秋風が僕に吹き付け、寝起きの体に沁みいった。そのおかげもあってずいぶん目が覚めた。


なんの考えもなしに、夜の街をフラフラと漂っていた。だんだんと寝静まっていく街を眺めながら、知らない道をうだうだと歩いていた。


そんな時だった。紺色の髪をした彼女を見つけたのは。彼女は街灯のしたにぽつんとたたずんでいた。


千載一遇のチャンスだ。後悔にまみれていた僕に再び訪れたやり直しの機会。ここで話しかけなければきっとまた後悔する。そう思い彼女に話しかけにいった。


「こんばんわー」


「は、はい?!なんですか?!ってさっきの電車にいた人じゃないですか」


覚えていたのか。少しうれしさのようなものを覚える。


「さっきは電車で大変でしたよねー。急に止まって」


「そうでしたね。でも私は少しワクワクしました!」


そういってころころと笑う。

彼女は声の落ち着きとは裏腹に、子供っぽさのような無邪気な感じがした。


「わかる。ああいう非日常的な出来事ってすごいわくわくするよね」


「あなたもそういうアレですか?!」


「そういうアレってなんだよ」


「興奮してつい語彙力がダメになっちゃいました」


今度はころころとした笑いに僕の笑い声も混ざる。彼女とは初対面だが、会話が心地よくて居心地もよかった。もっと話したいと思った。


「よかったらさ、少しどっかで話さない?」


「いいですよ!ただあんまり遅くまで帰らないと親に怒られちゃうので長居はできませんが…」


「じゃあファミレスとかで話そっか。実はまだ何も食べてなくってさ」


「りょーかいです!」


そうして近くのファミレスを探して二人で歩き始めた。


「そういえば名前すら言ってなかったね。僕は隻赤せきせきミチル。キミは?」


恋藍こいあいナダラですー」


「恋藍ナダラか。いい名前だな」


「そうですかね。ありがとうございます」


本人はあんまり気に入ってないのだろうか、今の返答からそんな意図を感じた。勘違いかもしれないが。まああまり詮索することでもないだろうと思い、考えるのをやめた。


「というか隻赤って少し呼びにくいですね。ミチルでもいいですか?」


「よく言われるよ。全然問題ないよ。じゃあ僕もナダラって呼んで大丈夫か?」


「だいじょーぶですよ」


いきなり名前で呼び合うことになったが、彼女からはあまり不快感を感じなかった。


「さっきナダラが電車にいたのは学校帰りだったのか?」


少し気になったので聞いてみる。


「そうです。帰ったら何しよーって考えてたら急に電車が止まって。

わーなんだ?!って最初はびっくりしたんですけどだんだん楽しくなってきちゃいまして。えへへ」


「そういう感じだったのか」


「ミチルはどんな感じだったんですか?」


「僕はああいう非日常がめちゃくちゃ大好きなんだ。常に非日常に目を光らせて生きてるんだ。だから急に電車が止まった時すごく鼓動が高鳴ってさ」


「はぇ~、変わってますねぇ」


そんな雑談をしていたら、ファミレスに着いた。中に入ると暖かく、明るい雰囲気が漂っていた。まるで雪山で遭難中に山小屋を見つけて入ったような気分になった。

…別にそこまで外が寒いわけではないんだけれど。


「いらっしゃいませー。何名様でいらっしゃいますか?」


店員が明るい声で僕たちに接客をしてきた。


「2人です」


「かしこまりましたー。席に案内します。こちらへどうぞー」


店員に導かれ、僕たちは店内へと進む。夜遅めのファミレスはかなり人が少なく、静かで、僕は少しテンションが上がった。窓際のソファ席に案内されると


「ご注文が決まりましたら、お呼びください」


と言い残して店員は奥のバックヤードに去っていった。


「私、これにします!」


そういって彼女は期間限定のマスカットパフェを指さす。あまりにも判断が早い。ファミレスの注文でこんな即決なことあるんだ、ってぐらい早かった。


「マスカット好きなの…?」


「えぇ、もう、大好きです。というかフルーツ全般」


「そ、そうなんだ」


彼女の眼は怖いくらい輝いていた。


「じゃあ俺もそれにしてみようかな」


「絶対おいしいですよ!」


という感じで注文はすぐに決まった。ボタンを押して店員に注文内容を伝えると、他に客もいなかったのですぐに2つのマスカットパフェが机に置かれた。


すぐさまカラトリーケースからスプーンを2つ取りだして、一つをナダラに渡す。


「「いただきまーす」」


僕はパフェが入っている変わった細長い器にスプーンを差し込み、慣れない手つきで口に運んだ。口の中でマスカットがもきゅもきゅとしている。割と高いだけあってなかなかうまい。


「僕は普段パフェとか食べないけど、食べてみたら意外とうまいもんだな。」


「そうでしょそうでしょ」


ナダラはなぜか自慢げだ。おまえはマスカットの親か何かか、と突っ込みたくなるくらいには自慢げだった。


「さっき外にいたのは散歩とか?」


パフェをほおばりながら、おもむろに聞いてみる。


「んー、まぁどちらかというとちょっと外でぼーっとしたいなって出たというか…?というとミチルは散歩だったの?」


「うん。秋風が気持ちよくて最近よく散歩してる」


「暑いの終わってやっといい感じですよね」


「わかるー。ずっと秋でいいじゃんって思っちゃう。まあそんな長くは続かないんだけどさ」


そんな他愛もない話をしているうちに、二人ともパフェを食べ終えた。…思ったより少なかったな。


食べ終えると、時刻は22時半でかなり遅く、解散の空気になる。ここで別れたら二度と会えなくなるような気がした。そうだ、連絡先を聞かねば。


「また遊びたいしさ、連絡先交換しない?」


「いいですよー」


お互い慣れた手つきで連絡先を交換した。


ナダラのアイコンは透き通ったクリオネのアイコンだった。旅行のお土産とか何かなのだろう。


「アイコン、クリオネなんだ」


「そーなんですよ。かわいいでしょ」


そういってナダラはまたころころと笑った。


やり取りを一通り終えると、僕たちは会計を済ませて店を後にした。一時間ぶりくらいに吸う外の空気は冷たく、温まった体に入り込んでおいしく感じる。


「僕、最近同じような毎日ばかりでつまらなくて、燻ってたんだ。でも今日は電車が止まったり、ナダラと会っていきなりファミレス行ったりできて楽しかったよ。」


気が付くと本音のような言葉をナダラに吐いていた。そのくらい僕はナダラに気を許していた。


「私もすごい楽しかったです。また遊びましょうねー」


ファミレス前で別れを告げると、僕は帰路についた。家に着くと風呂に入ってすぐに眠りについた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る