日常的が消えた

くらげマテリアル

非日常

朝、無慈悲なアラームが鳴り響く。そのアラームは無慈悲にも月曜の朝を知らせた。


「もうそんな時間か」


僕、隻赤ミチルはそう呟いた。


僕はぐだぐだと寝室を出ると、身支度を整え外に出た。


季節は秋。最近みるみると気温が下がっていて、朝は少し肌寒い。


そんな冷たい朝のアスファルトを踏み締め、僕は徒歩15分程度の最寄駅に向かう。


毎日歩く道。何一つ変わらない景色。似通った服を着て歩く似たような外見をした人々。同じような車ばかりが走る道路。


つまらない。いつからか、同じことの繰り返しである日常に嫌気がさしてしまった。

僕から見える世界は色味がとても薄く、質素に感じた。


なにか非日常な出来事は起こらないものか。この退屈な日常を穿つような刺激的な出来事を求めてしまう。


そんなことを考えているうちに駅の近くまで着いた。だが駅に入る前にコンビニで昼食を買う必要がある。…一人暮らしなんでな。弁当なんてたいそうなモノを作ってくれる人はいない。作るのもなかなかにめんどくさいし。


僕は駅の近くのコンビニに入店して弁当が並ぶ壁際の棚を眺める。起きたばっかりで食べたいものも思いつかなかったので適当におにぎりを2つ手に取りレジに並んだ。


僕より先にスーツ姿の女性が並んでいた。年は30くらいだろうか。コーヒーとサンドウィッチを買っていた。なんともおしゃれな昼食だ。それを見てしまったせいで僕のおにぎり2つがなんだか寂しく見えた。


会計を済ませるとリュックにおにぎりをしまい、駅の中に入った。


僕の住む街は都会といえるほど大きいわけじゃないが、田舎というわけでもない。都心まで1時間強ほどで着くこの街はベッドタウンとして多くの人が住んでいる。


なので通勤ラッシュ時の駅はいつも多くの人であふれている。今日もサラリーマン達が早歩きをしながら次々と改札にICカードを押し当て、ホームの中に入っていく。その様はまるでホームに吸い込まれてくようだった。


その流れに僕も入り込み、同じように改札にICカードを押し当てホームに入るのだった。


ホーム内では皆が列をなして並んでいた。階段やエスカレーターの近くに止まる車両は混んでいるので、僕はいつも一番端っこの車両に乗る。


ホームの端っこまで向かうと5人ほど並んでいたのでその後ろに僕も並んだ。しばらく待つとアナウンスとともに電車が来た。轟音をかき鳴らしながら徐々に速度を落とし、駅のホームにピタリと止まる。


ドアが開き、中の人たちが降車するのを待った後、僕は乗り込んだ。車内はどの席も埋まっていて空いているとは言い難いが、人がぎゅうぎゅうに詰まっているわけではない。満員電車よりはマシ、程度の混み具合だった。


僕は奥のドア側の角を陣取り、荷物を床におろした。電車が動き出すといつものように外を眺める。


もしかしたら、非日常な面白い光景が見れるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、窓の外を見る。


仮になにか非日常な出来事が起こったとしても見れるのは片方の窓だけなのだ。

確率は2分の1。反対の側の窓の外では面白いことが起こっているかもしれない。そんな確率の勝負を僕は毎日挑んでいる。


多分、どっちでも何も起こってない。それでも、退屈な液晶の板を見ているよりはマシだった。


ビルやマンション、公園、学校。いつもと同じところに同じように立っているだけ。今日も今日とて変わらない街並みが窓の外にはあった。


強いて何か面白いことがあったかといえば不満そうな僕の顔が窓に反射して写っていたことぐらいだ。


しばらく経つと、いつも通りの駅に止まった。たまには違う駅とかに止まったら面白いのに。まあそんなことは決して起きない。


予定調和だ。


結局何も起きないまま、40分ほど電車に揺られ、目的地の駅にたどり着いてしまった。


僕は落胆し、学校へ向かって歩き出した。


学校は駅から徒歩5分ほど。周りにも学校に向かうおなじ学校の生徒がぞろぞろと歩いている。その中に紛れて僕も足を動かすうちに学校に着いた。


またつまらない学校という建物についてしまった。めんどくさいけど行かないわけにもいかないからなぁ。


僕は教室に入ると窓側の席に座った。そして退屈な朝のホームルームを聞き流した後、授業が始まった。


教師が声を張り上げ、教科書の内容を進めていく。


あんまり面白くない。こんなことを毎日続けられる僕はすごいと思う。


教師側も、つまらなくないのかなと思ってしまう。だって何回も同じ授業をするわけだ。そのモチベーションはどこから来るのだろうか。何が彼らをそうさせているのだろうか。僕なら絶対3回目で飽きる。


そんなくだらないことを考えているうちに、午前の授業は終わった。


昼食の時間だ。クラスの中もやっと訪れた昼食の時間ということでがやがやと騒がしくなり始めていた。


僕はいつも通り、隣のクラスにいる深緑しんりょくアルムと昼食を食べる。


深緑アルムは高校に入ってからできた友達だ。小説とか音楽とかの趣味が合い、よく話すようになった。


「アルムー?」


僕が呼び出すと、アルムはゆっくりとした動作で弁当を持ってこっちに来た。


「やぁやぁ、今日も眠そうな顔してんね」


相変わらず腑抜けた声だ。


「ほっとけ」


「へいへい」


なんとも適当な返しだ。でもそれがアルムという男だ。


僕らは教室ではなく、人気ひとけの少ない校舎裏にあるベンチに座った。少し遠くから生徒たちの声が聞こえるが、そんな音は些細なものであってこの校舎裏はかなり静かだ。


僕は朝コンビニで買ったおにぎりを取り出す。アルムもいつもの弁当箱を取りだした。


「ミチル、今日はおにぎりか。なかなか渋いチョイスだねえ」


「朝、食欲があんまりなかったんだよ。時間もなかったんで適当におにぎりだけ買ってしまった」


「あー、そうだったのか。ミチルらしいといえばミチルらしいけどね」


そういってアルムはニコニコと笑う。こいつはいつも笑みを絶やさないな。その細い目の奥で何を考えているかはわからないが、アルムは人あたりがよく、交友関係も広い。爽やかで不快感のない人間だ。そんなアルムは学校によくなじんでいると表現できるだろう。


僕らは昼食を食べながら雑談をする。話の途中でこの頃溜まってる鬱憤もあってか、気づけば僕はアルムに愚痴をこぼしていた。


「最近毎日同じことの繰り返しで飽きてきた。なんか非日常的なことないか?」


「非日常ねぇ。毎日こんな穏やかな生活を送れるだけでも楽しいと思うけどなぁ」


アルムがあくびをしながら言った。


こんな予定調和の人生が面白いわけない。僕には理解できない考えだ。


「僕はそうゆうのじゃ満足できないんだよ」


「…そっかあ。んー、じゃあ遊園地とか水族館とか行けばいいんじゃない?高校生って言ったら最初に思いつくのはそういうところかなぁ」


「遊園地。水族館。うーん。昔は楽しめた気がしたんだけどね。最近はどうもそういうのじゃ楽しめなくなってしまった」


「そっか。難しいねぇ。まあなんかミチルが好きそうなことあったら教えるよ」


「急に変な愚痴いってごめんな」


アルムを困らせてしまったと思い、僕は少し罪悪感をもった。


「全然平気だよ。僕でよければいつでも聞くよ」


「悪いね、ありがとな」


アルム、やっぱりいいやつだよなぁ。こういう友達は大事にしないとな。


「そういえば昨日買ってみた漫画なんだけどさ、けっこー面白くて…」


アルムが思い出したように言った。


「へぇ。なんてやつ?」


アルムとは趣味がかなり合うから話題が尽きない。暇さえあれば昨日読んだ漫画の話だったりをする。僕たちはこうしてたわいのない会話をして、昼食時間を潰した。


その後、僕は午後の授業も適当に聞き流しながら受けた。


「キーンコーンカーンコーン」


チャイムが、つまらない学校に終止符を打つ。この音が世界で一番美しい。


だが学校が始まる時のチャイムは大嫌いだ。同じ音なのにこんなにも差があるとは。学校のチャイムの二面性おそるべし。最高と最低を兼ね備えている。


つまらない帰りの会を終えたら、僕は足早に帰宅への道を歩む。アルムは帰る方向が全く違うので一緒には帰らない。


帰りの電車は空いているので僕は角の席に座り、窓の外を眺めながら電車に揺られていた。その間も何か面白いことがないか考えていた。


動物園や水族館。アルムに勧められたが、あまり楽しそうとは思えないな。いつからか、僕はそういう人の手によって提供されるようなもので楽しめなくなっていた。僕の心が躍るような出来事は非日常しかなくなっていた。


そもそも非日常というものをあまり深く定義していないが、


行きと逆方向に景色を見終えると家の最寄駅に着いていた。


改札にICカードを押し当て、駅のホームからでた。40分ぶりに出た外は思いのほか寒かったので、電車が快適な温度に保たれていたということに気付く。


空は水色とピンク色が混ざり、溶け込んだような色をしていた。電車からも少しは見えていたが、窓越しで見るより外に出てみる方が大きくてわかりやすい。


少し空を眺めた後、僕は家に向かって歩き出した。その間、僕の住む街を眺めた。大きくも小さくもない街。何も刺激のないこの町が僕には退屈で仕方なかった。


少しばかり歩くとどこかから鳥が7匹くらい頭上を飛んで行った。


そんな風景が、ここは平和でなんの刺激もないぞと僕に痛いほど言い聞かせてくるように感じさせる。


あぁ、呆れるほど平和でのどかで…そして退屈だ。


この街に引っ越してきたのは高校に入学するにあたってだが、ここにきてから一度も非日常が起きていない。


それでも、前住んでいた田舎よりはましだが、それにしてもだ。


「あーあ、つまんねーな」


僕は今朝のように心から漏れる不満を口にだした。退屈な日常に不満を言ってるうちに、自宅であるマンションについていた。


6階までエレベーターでいくと、あっという間に自室に着いた。


「ただいま」


僕のもの寂しい声が部屋に響き渡る。


僕は一人暮らしだ。幼少期から家族関係でゴタゴタして、一人暮らしをすることにした。逃げてきたのだ。あまり思い出したいものでもないな、これは。


そんなこと考えてないで何かするか。今日は学校の課題があるわけでもないし、特に予定もない。それなら本でも読もうかな。


僕は自室の本棚にある読みかけの小説を取り出し、ソファーに腰をかけて、黙々と読み始めた。


僕は家では普段、本を読む。小説だったり漫画だったり。この物語というのが僕を非日常にいざなってくれる数少ないものの一つだ。手軽に味わえるのもポイントが高い。


本を読み始めれば没頭するのはあっという間で、すぐに時間なんて些細なことを忘れてしまう。本を読み終わったころにはすっかり日が落ちていて、窓の外は真っ暗だった。


「もうこんな時間か」


時計を見ると、21時だった。やはり時間というのは本を読んでいればあっという間だ。腹も減ってきたし外で何か買うか。


ささっと身支度を整え、僕は外に出た。


少し冷たい風が頬をなでる。最近の夜風はかなり秋めいてきたな。かなり心地いい。

やはり秋が散歩に最も適している気がする。


周囲を見渡すと、当然太陽なんてとっくに沈んでいるものだから空から照らすものはほとんどないが、その真っ暗な世界をさまざまな色の明かりが照らしていて綺麗だった。


夜という世界も僕が好きな非日常だ。昼のまぶしすぎる太陽に照らされた明るい世界で、人々が活発に活動をしているのとは打って変わって、夜の世界は静かで美しい。どんどんと人々が眠りにつき始め、窓の明かりがひとつひとつ消えていく。


街全体が眠りについていく様子というのは僕の思い描く非日常そのものだ。だが、そんな夜が好きで何度も夜の散歩をしてきた僕にとって、だんだんと刺激が薄れていくのを感じていた。


刺激というのは何度も感じるとだんだんと感動が薄れてしまうものだ。僕が最近非日常に飢えているのはこのせいでもある。今まで体感していた非日常はもうただの日常といっても変わらないくらいになってしまっていた。


それでも夜の散歩というのは本のような僕を非日常いざなってくれる数少ないものの一つだった。だから僕はよく夜の散歩をした。


そんな夜を味わっているうちにスーパーに着いていた。弁当を買って、家で温めて食べる。不健康な食事を終えて僕はベッドで今日という一日を終えた。




■□■□■□■□




翌日、昨日と同じように学校へ行き、授業を受ける。いつもと何ら変わり映えのしない学校。今日も退屈だった。


学校が終わると僕は足早に帰路を辿った。今日はいつもより10分ほど早く駅に着いたので、一本早い電車に乗れた。電車はいつもより少し混んでいた。


けれど角の席が空いていたので、リュックを膝の上にのせて座った。


今日も非日常は起こらなかったな、ということを今日も考えていた。ただ思い当たる節もないしな。インターネットで調べても見つかることはない。非日常って言ったら大抵高級ホテルだの、おしゃれなカフェだの、そんなのばかりだ。


僕にとってはそんなもの、微塵も興奮しない。一般的な非日常は、僕の思う非日常とかなりかけ離れているらしい。そんなことだから非日常は自分で見つけるしかなかった。だがそうそう思いつくものでもない。いつものようになかなか出会えない非日常に想いをはせながら20分ほど電車に揺られているときに、それは起こった。


「急停車します、ご注意ください。Attention please. The emergency brakes have been applied.」


緊迫感のあるアナウンスが流れたかと思えば、その後、電車が「キキーッ」という動物の叫び声のような大きな音で空気を轟かせて急停車した。急停車したのは大きい川の上に立っている橋の真ん中らへんだった。


急停車した瞬間、立っていた人達は大きくよろけた。吊り革もぐらぐらと揺れていた。少し経った後、車内はざわざわとした喧騒にまみれた。


「え、何」


「びっくりした〜」


「死ぬかと思ったわ!」


そんな会話を高校生達がしていた数秒後、電車の電気がプツリと消えた。暗くなった車内に、夕陽のあかりが窓から差し込んでくる。


乗客は、みんな不安に駆られたような顔つきだった。


そんな状況で、僕は最高にワクワクしていた。

恐怖心なんてものはなかった。


これだよこれ。かなり久しぶりに起こった非日常。それは僕を刺激するには十分の火力を持っていた。


周りを見て、この状況を味わっていく。


窓をみると、外の川は夕陽に照らされ、キラキラと輝いていた。電車の電気が消えたことでより一層魅力的に見えた。毎日行きと帰りで2回は見る川。そんな川でも非日常というフィルターを通せばこんなにも僕を刺激していた。


普段は眩しいくらいの電気がついている電車が、今は落ち着きを見せている。そんなギャップに僕の胸は高鳴る。


「え〜緊急停車失礼しました」


「車両点検のため、列車を停止いたしました」


「お急ぎのところ列車遅れまして大変申し訳ございません」


「尚、危険ですので列車の外には降りないようお願いいたします」


緊急。いい響きだ。


周りを見ると、帰る時間が遅くなることに苛立っている人、友達や家族にメッセージを送る人、我関せずスマホゲームをする人。色んな人がいる。


いつもならあまり気にしないが、こんなイレギュラーに遭遇した時に人々の行動はいつもと変わる。それを見るのもまた楽しい。


そうして、色んな人を観察しているときに気づいた。


角の席に座っている俺の、隣のドアで外を眺めている人間。


髪は紺色で短く、身長はやや低め。僕と同い年ぐらいだろうか。制服は僕の学校のではなさそうだ。近くの別の学校だろう。かわいらしい見た目とは裏腹に、独特な雰囲気を肌で感じとった。


彼女は、僕と同じようにこの状況を満喫しているように見えた。気のせいだったら申し訳ないが。


いつもより綺麗に見える川やイレギュラーな行動をとる人々を観察し、楽しんでいるように見えた。僕と同じように。


そんな彼女が気になって仕方がなかったので、しばらく見ていると、彼女もこっちを見た。


目があった。


引き込まれそうなほどのあおい瞳。


数秒見つめ合った後、彼女は窓の外に視線を戻した。電車の窓際にたたずむ紺色の髪の彼女の姿が目に焼き付いて離れなかった。それはまるで1枚の絵のようで、けれどすぐに消え行ってしまいそうなそんな儚さがあった。


「列車動き出します」


「お立ちのお客様は吊り革、手すり等におつかまりください」


消えていた電気がついた。車内は一気に明るくなる。


ああ、ついに終わってしまう。非日常が。

それがとても悲しく、寂しい。


安心する周りの乗客、電車に再びついた電気と反比例するように僕の心は暗く沈んでいく。


ふと紺色の髪の彼女を見ると、彼女もまた寂しそうだった。

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