第四話 八幡戦士の誕生(ここからが本番)

「ヒンジよ。もしお前がお前の体の一部になるとしたらどの部位になりたいか?」


 一日の仕事を終え、疲れ果てて眠りにつこうとしたその時である。突然どこからともなく声が聞こえてきた。ヒンジはどうしたものか分からず戸惑った。

「あなたは誰ですか?

 何故私の名前を知っているのですか?」

 ヒンジは質問してみたが答えはなく、語りかけは続いた。


「骨でもよいが、今のお前ならおよそ200本の骨がある。どこの骨がよいか?」


 ヒンジは姿が見えないのに声だけがはっきり聞こえるこの不思議に、ただならぬ奇妙を感じた。

「筋肉でもよいが、筋肉は640個に分類されている。しかも自分の意志で動かす骨格筋と自分の意志では動かせない心筋や平滑筋がある。この中のどれがよく、なおかつどこの筋肉がよいか?」


 意味が理解できない。なぜこんな話をするのか。しかし話はまだ続く。

「脳でもよいが、脳には大きく分けて大脳、脳幹、小脳の各部位がある。大脳には頂頭葉、前頭葉、左右の側頭葉、後頭葉などがあってそれぞれ役割分担がある。脳幹や小脳もしかり。どの部分がよいか?」


 ヒンジはもうまごついても仕方ないと覚悟を決め、素直に最後まで聞いてみることとした。

「首から上、または下。そこには沢山の臓器がある。どんなものがあるか知っているか。それが何処にあるか知っているか。その役割は何か知っているか。全身をめぐっているものもある。これら全て、どれもこれも大切なもの。お前が生きていくうえで欠かせないものばかりだ」

 ヒンジは鼻毛をむしってフッと吹き飛ばした。

「そうかな。こいつも欠かせないものなのか!」

 ヒンジはニンマリした。

「ヒンジよ。鼻毛を笑うか!

 お前の体に何一つ無駄はないと心得よ」


 声の主は、すかさずヒンジを一喝した。


「またお前と共にお前の体の中でお前とは別の命が生きている。約100兆個の微生物だ。お前の体の細胞は約37兆個。別の命の方がはるかに多い。

 この微生物がいなければお前は生きていけない。

 しかし悲しいかな、その存在をなかなか目に見える形で認識することができない。目に見えないものであってもその別の命はお前にとって欠かすことのできない大切な命だと心得よ」


 ヒンジはますます訳が分からなくなってきた。

 兎に角、体のことをこれ程細かく考えたことなど、これまでなかった。ましてや体のどこになりたいかなど、突拍子もない質問に即答などできよう筈もない。

 でも、とりあえず考えてみるかと・・


 さて、自分がなるなら体のどこがいいかだが、骨?筋肉?脳?首から上?下?

 どうにも見当がつかない。そこで自分にとっての重要度で判断してみようと考えた。

「目かな?」

 目がなければ何も見えない。極めて重要に思えた。

「でもちょっと待てよ。脳がなかったら目が正常だとしてもその映像を誰が処理するんだ」

 目だけではその機能がなりゆかないことに気が付いた。

「では脳がいいか」

 脳がなければ体の各臓器は働くことができなくなる。生きるためには極めて重要な存在であることに気が付いた。

「でもちょっと待てよ。誰が脳を守っているんだ。もし脳がむき身の状態だったらすぐに外敵にやられてしまうだろう。頭蓋骨がなければ脳を安全に保つことができない」

 そう思うと頭蓋骨や体の芯の部分となっている他の骨もその全てが重要な存在であると考えた。

「骨もいいな。でも骨だってむき身ではいられないよな。その周りには筋肉やら脂肪やら皮膚やらがあって、それら全部が脳や体の他の部分の守りを担っている。そもそも血がなければ命をつなげないし、その血が移動できる場所といえば血管だしな」


 血のことを思えば心臓が出てくる。肺が出てくる。肝臓や腎臓や胃とか腸とかいろいろな臓器に思いが至った。そこでヒンジが最終的に思い至ったことは、全てがあって、そしてその全てが、勿論微生物も含めて連携して、ひと一人が生きることができるということだった。

「自分は一人で生きているように思っていたが、そうではなかった。いや目だって脳だって骨だって他の部分だって、本来その全てが自分の一部なんだよな。それが一つの目的、自分自身が生きる、生かすということで協働しているんだ。さらにそこに体内の微生物も含めてなんだよな」

 そこに思いが至ったとき、また声が聞こえてきた。


「おお!そこに気が付いたか。このことを『全にして個、個にして全』という」


「えっ!何だ。どうして俺の考えていることがわかるんだ。あんたは一体何者なんだ!?」

 自分の心が見透かされている。もしかしたらとんでもないところから聞こえてくる声なのかもしれないと思い始めた。ただ何故だか恐怖心のようなものは全く感じることがなかった。

「もっと広い範囲で見てみよう。

 お前が食する食べ物は全てお前が作っているわけではない。どこかの誰かが作っている。

 おまえが着ている服や履物はやはり誰かが作っている。お前はそれらの物を買って自分のために使い生きていくことができている。

 逆にその誰かはお前が支払ったお金などがあって生活を営んでいる。

 つまりお前はその誰かと共に生きていることになる」

 聞こえてくる話は、いちいちもっともなことばかりである。

「似ていないか。お前の体が生きているというこの成り立ちと」

 ヒンジは、なんとなくではあるが納得してしまった。

「もっと大きい範囲で見れば、地球という一つの星でも同じことがいえる。

 宇宙というくくりでも同じことがいえる。

 お前はこの地球の一部だし宇宙の一部でもあるのだ」


 話は急に大きな世界へと転換した。声の主は一体何が言いたいのか、この段階ではまだ理解しようもなかった。

「この地球が生きるためにお前が生きているという自覚が持てるか。宇宙と共に生きているという自覚が持てるか?」


 ヒンジは地球が生きているという言葉に違和感を覚えた。

「地球は単なる物質の塊ではないのですか?」

 答えを期待したわけではなかったが、つい質問してしまった。

「ヒンジよ。お前の体も単なる物質で構成されているんだよ。

 でもお前はお前自身に命があって心もあると認識することが出来る。何故ならお前はお前を一個の生命体ととらえることが出来ているからである。

 しかし今のお前には地球の命とか地球の心をとらえようとしても、それはお前にとってとてつもなく大きな存在であるがため、理解することができないだけなんだ」


 最初の質問は全く無視されたのに今度は答えが返ってきた。これには驚いた。ならばと続けて質問した。

「ではこの地球は今何を思っているのですか?」

「お前は自分の体のそれぞれの部分に対して、何を思い、どうあって欲しいと望んでいるのか。地球の心もそれと同じだ」

「お金も欲しいけど、やっぱり健康が第一ですかね。でもこれは病んだものでないと分からない」

 ヒンジは声の主に本音を漏らした。疲れていたことも忘れ、だんだん声の主に心が素直に向き始めていることを感じた。

「例えばお前の体のどこかの部分で具合がよろしくないからいたわって欲しいと願っているとする。すると知らぬうちにそこに手を当てていることがある。それはお前がその部分の思いを察知し回復を願って行った行為であり、これを手当という」

 なるほどとヒンジは頷いた。

「ところで地球はすでに手当をした。

 ほとんどのものは病の症状が悪くなれば医者に診てもらうだろう。診断の結果次第では薬が処方され、場合によっては手術をすることになるかも知れない。

 地球の元気が手当の段階で回復してくれればよかったのだが、残念なことにすでに今は次のステップに進んでしまっている」

「ってことは、もう医者に診てもらったと?」

「そうだ。お前は地球の一部として、そのよろしくない部分、病んでいる部分の回復を地球と共に願う心を持ち、そのための行動を共にとることが出来るか?」

 一にも二にもなく重大なことを自分に言ってきたと思えた。

「このような重大な役回り。何もわからぬ私ごときでよろしいのでしょうか。私に何ができるのでしょうか?」

「今は何も分からなくても構わない。お前が共にやる!という気持ち、それがあるならそれは地球にとってかけがいのない喜びにつながるのだよ」

 そうは言われてもヒンジには共にできる自信など全くない。


「ところでヒンジよ。地球の病のもとは何だかわかるか?」

 声の主は核心に迫った。

「分かりません」

 ヒンジは正直に答えるしかない。偽って知ったかぶりをしても見透かされていると自覚していた。

「それは末法だよ」

「それはどのようにすれば治せるのですか?」

「まずはこのことに気が付いた悟りしものたちが、悔い改めることから始まる」

「悔い改めればそれでよいのですか?」

「いや、それだけでは済まない。もうそんな段階はとうに過ぎている。悟りしものたちは戦いに挑まなければならない」

「戦いに挑まなかった場合はどうなるのでしょう?」


「滅後の生!!」


 この言葉は以前にも登場している。それは冒頭のタケルとの会話の最後のところである。

 するとやはりこの言葉の主は八幡神か。

 そうであればこの一言の持つ意味はとてつもなく重い。

 だがヒンジはその言葉の本来の意味などこの段階では知るよしもない。単なる脅しのようにも聞こえたが、相当危険な何かが起こりそうな感覚を覚え、身が激しく震えた。


「これは脅しではない」


 また見透かされてしまった。もうこれは尋常では済まないことになるとの思いを強くし、ヒンジは身構えた。


「ヒンジよ。改めて聞く。お前はその戦いに挑む意思はあるか。つまりそのための戦士となれるか?」


 よく状況を呑み込めないままであったが、それとはなしに自分にチャンスをくれていると感じた。思わず次の言葉が自然と口をついた。


「勿論です。喜んで戦いに挑みます。戦士となります。ここが自分の命の掛場と心得ます」


 ヒンジは即答した。何故だか分からないが言ってしまった。それにしてもどういうわけか迷う心も、言ってしまったことへの後悔も、全くなかった。


「見込んだだけのことがあった。

 よろしい。

 これからそなたに理を教示しよう」


 声の主は喜びを表してきた。そう感じるとヒンジもなんだか嬉しくなってきた。

「まずは何もわからぬ私にお声がけをいただきましたことに感謝いたします。

 ところでこの声の主と申しましょうか、あなた様を何とお呼びしたらよろしいでしょう?」

 思い切って質問した。声の主の名前を知りたかった。

「八幡と称すればよい。そなたはこれより自らを八幡戦士と称すがよい」

 腹にずしんと響く声だった。


「八幡!!」


 八幡の神を祀る宮や神社はそれこそ全国に設置されていて、その数は四万社にも上る。ヒンジはそのことを概ねだが知っていた。

「やはり神だったのですね。それでは単に『八幡』と呼び捨てにするわけにはいきません。八幡様がいいですか、それとも八幡さんの方がいいですか?」

 随分とくだけた質問を投げかけた。こんな質問をしてもいいような親密感を感じだしていたからだったが、残念ながらやっぱり答えはなかった。

 とにかく、これからヒンジの八幡戦士としての修行が始まる。



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