第二話 抗体

 ファ-ン! ファ-ン! ファ-ン!

 甲高い警報音が鳴り響いた。

 侵入者あり。侵入者あり。直ちに迎撃体制を整えよ。

 第一陣は偵察に向かい、侵入者の状況を報告せよ。

 第二陣はその間に体制を整え、報告を受け次第出陣し侵入者を殲滅せよ。


 第一陣の偵察とそれに伴う報告は適正に行われた。そして日ごろの訓練をしっかり行っていた第二陣の迎撃隊はその能力を十分に発揮。戦闘は三日間続いたが、侵入者を全て撃破することができた。

防御側の完全勝利である。


「良かったね。平熱になって元気も出てきたし、これで明日からまた学校に行けるね」

「うん。僕、頑張ったよ。

 嬉しいな~ 

 明日は友達に会えるんだ!」

 この子は俗にいうところの風邪を引いた。医学用語なら急性上気道炎。主にカゼのウイルスに感染し上気道に炎症が起こる病気である。


 侵入者(ウイルス)は姿を隠し、隠密に行動する。

 しかし侵入者が数を増し勢力を伸ばすと態度は一変する。

 一気に凶暴化し、あたりかまわず破壊工作を始める。

 侵入された側はここで危険を察知し、警報を鳴らし、反撃のための態勢を整えて戦いに挑むことになる。

 正に食うか食われるかの熾烈な戦いの幕が上がる。


 日常的に大なり小なり体の中ではこのような戦いが繰り返されているのだが、発症しない限りほとんどそんな戦いに気が付くことなどないだろう。

 それにしても抗体の存在は誠にありがたい防御機能なのである。


 さてウイルスの目的といえば、侵入地を乗っ取り侵入者の一族を増やすことにある。その一点しかない。

 ウイルスは後先のことは考えていないようにお見受けする。

 何故ならば、侵入が成功し多くの一族を増やした結果として侵入先の母体が死してしまえば、ウイルスはその後の活動の場を失うことになる。

 そのことを知ってか知らぬか、最後まで攻撃の手を緩めることをしない。

 繁殖が最高潮に達すると侵入先と共に自らも滅んでいくという結末が待っている訳だ。

 滅ぶ前に新たな侵入先を確保できればよいが、その確率は低い。

 そのことを実行再生産数というが、その値が1未満と成れば衰退の一途をたどることになる。

 さらに抗体がウイルスを打ち負かすことができた場合はどうなるか。

 また同じウイルスが侵入してきたとしても、戦いを経験したその結果に基づいてパワーアップした抗体はいとも簡単にそのウイルスを打ちのめすことができるようになる。


 果たしてウイルスが果たすべきミッションとは?

 そしてこの行動におけるウイルスにとってのメリットとは何か?


 ウイルスはメリットを求めることなど無くて、わが身の安泰もお構いなしで侵入先を痛めつける、又は殲滅するためだけのミッションを与えられた存在でしかないのだろうか!


 本来何かミッションに対してはそれに見合うメリットを与えられていると考えるのが妥当である。

 そう考えると、何故にメリットを約束されていないそのようなウイルスの存在が必要とされ、この世に生れ出てきているのであろうか。

 一部の研究によれば、ウイルスは生物の進化に影響を与えているとの説がある。

 例えばあることでひどく痛い思いをしたとする。すると次に同じような状況に遭遇した場合、何とかしてそのあることを回避しようといろいろな対策を講じたりするものである。

 それが度重なると自然とそれを回避するための能力が身に着くように変化していく。

 つまりはそれなりに進化したということになる。


 ウイルスはそのための役割を果たしているのか。

 そうなると存在自体がヒトにとって憎らしい存在のウイルスではあるが、見方によってはヒトの進化を促すための重要な存在ということになる。


 ヒトに限らず生物にとっての進化は、環境の変化などに対応することのできる子孫を繁栄させるための重要な要素となる。


 ただウイルスにも抗体との戦いで辛うじて一つ得られるものがある。

 それは変異という形の一種の進化である。

 これでまた侵入先を感染させることができる。

 これによりそのウイルスの種の存続が可能となる。

 これがウイルスのためのメリットと考えることはできそうだ。


 また侵入者は外部からだけとは限らない。身内から出ることもある。

 突然ではあるが、封建時代には草と呼ばれた存在があった。

 この草は代々に渡り敵地に侵入し、そこの住民と婚姻しその地を支えるものとして暮らす。

 草の承継は一子相伝が習わしである。

 そしていざ草の本来の君主が草の暮らしている国との戦となれば、本来の君主のために家族を捨て、身を挺して隠密としての働きをする。

 この時の妻や子に対する草の思いや如何に。

 また戦中でなくとも草であることが判明してしまった場合は、そのほとんどが拷問にかけられた挙句に打ち首である。


 さて自分の体に当てはめて考察すると、立場は異なるとしても似たものとしてがん細胞が思い浮かぶ。

 がんは外部からの侵入者ではない。

 もとは傷ついた染色体を持つ自身の細胞であって、体の一部としての生命活動を普通に行っている。

 しかしその細胞は突然がん化してしまう。

 いわゆる母体にとって極めて危険な異端分子となってしまうのである。


 抗体は日ごろ体内を巡回していて、このようながん化した細胞を見つけると攻撃を開始する。抗体が勝てばそれでよいが、抗体が負けてしまうとがん細胞は繁殖することになる。

 がん細胞は一族の繁栄のためそれこそ必死に増殖する。

 がんが発見されると大方は治療を開始するが、治療が間に合わなかったなどの場合、その結果はいわずもがなである。

 そしてがん細胞も共に絶滅する。


 果たして危険な異端分子であるがん細胞のミッションとは何か?


 傷ついた染色体を持つ細胞。


 ミッションというより、ここに何らかのヒントがあるように思うのだが…




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