第10話 すれちがい
「今週は遊べない」
ある日の出来事だった。
いつものように俺が「今週の土日はあそこへ行こう」とA子に連絡をしたら、A子からそのように返事が返ってきた。
「そんな日もあるよな」と俺はその時自分を納得させたが、翌週もそのまた翌週もそれは続いた。
始めは「そんな日もあるよな」で納得できていたのが、次第に「避けられてるんじゃないか?」とA子への不信が積もっていった。
その不信は、次第に"裏切られた"、"見放された"、"見限られた"、"他の男に盗られた"といった確信に変わるのにはそう時間はかからなかった。
心にぽっかり穴が空いたような――そんな感覚だった。
その反面、「仕方ないよな」ともたしかに思っていた。
俺自身がずっと決意や判断を保留し、先延ばしし続けたのが悪いんだ――とちゃんと理解していた側面もあった。
でも、だからといって「はいそうですか」とA子に会えないこの状況を大人しく受け入れられるほど俺は出来た人間ではなかった。
そういう状況に陥った時、俺は解決法や対策法を知らなかった。
だから、愚直に今まで通りA子を遊びに誘い続けるしかなかった。
何度も。
何度も何度も。
何度も何度も何度も――
それは、A子にほんとうに他の男ができた確証がないといった一縷の望みが、俺を強制させての行動だった。
「ごめん。その日も予定ある」
何度見たかわからないメッセージ。
ずっと俺はA子への不信感や不満をメッセージの文章に出さないよう徹してきていた。
いつもなら「そっか、了解!」とだけ返事をし、気にしてないよと強調するために笑顔でOKしているスタンプなどを送ったりしていた。
でも、多分その時の俺は限界だったのだろう。
「――最近、全然会ってくれないけど、他に男でもできた?」
俺は、気づいたら無意識にそのようなメッセージを送っていた。
既読がつくまでに数十分、既読がついてからは数時間経過した。
俺は、「既読無視されちゃうかな」とそのくらいA子との関係が希薄になっていたから半分諦めかけていた。
その時だった。
「――こばさんこそ、他にいるんじゃないの?」
絵文字もスタンプも一切使われてない簡素なメッセージだった。
今までのA子は、律儀に絵文字やスタンプで装飾を怠らないヒトだった為、その無表情さにネガティブな気持ちを見て取れた。
「いないよ! マッチングアプリもやめたし、いるわけないよ」
マッチングアプリをやめたのも、他に女性がいないことも事実だった。
だから、俺はなんとか繋ぎ止めようと弁明に躍起になる。
だが、A子にそれらが伝わることはなかった。
「じゃあ、なんで――」
「――手繋いでくれなかったの?」
「――抱き締めてくれなかったの?」
A子は、口に出したことは一度もなかったが、俺と事実上お付き合いしていると思ってくれていたのだと、今になって思う。
そう彼女が自然と思える程には、俺たちは毎日やり取りし、毎週会っていた――俺も、そう彼女が思っても仕方ない程度には仲良くしていた自覚はあった。
――だから、ある時不信に感じたのだろう。
俺が、一切手を繋ごうとも抱き締めようともしないことに――
俺は、それに対して何にも返すことができなかった。
俺自身、どうして手を繋げなかったのかわかっていなかったからだ。
恋人ではなく友達だと思っていたから?
そもそも好きじゃなかったから?
咄嗟に出てきた返事も"じゃあなんで初めて会った日に私とセックスしたの?"と訊かれたら、俺はそれこそ何にも言えなくなる。
"つい魔が差してしまった"、"ヤレそうだったから"、"うちにまでノコノコ付いてきたから"――
そうやって当初A子を見下していたこと、傷つけても構わないと思っていたことをA子に知られてしまう。
それが明らかになったら――A子は俺の前からいなくなってしまうかもしれない。
だから、何も言えなかった。
俺が初日にA子とセックスをしたこととそれ以降手すら繋げなくなってしまったことの矛盾を俺がどんなに説明をしようとも、A子に理解してもらい容認してもらうことはできそうになかった。
俺はその時、ふと気づいたことがあった。
"あの時"と"その時"では違ったんだ――
"その時"の俺にとって、A子は"あの時"とは比べ物にならないほどとてもとても"大切な人"になっていたんだ。
「――ごめん。これからは手も繋ぐし、A子ちゃんのこともっと大切にする」
だから、俺もそれを証明しなければならない。
俺にとって君は"大切な人"なんだよってことを表現しなければならない。
「すごく遅くなっちゃったけど、――付き合おう? 俺、A子ちゃんのこと好きなんだ」
やっと俺も決意できた。
それだけ失くしたくなかったから。
ずっと傍にいたかったから。
だから、俺はそのようにメッセージを送った。
だが――
「――ごめんなさい」
「・・・・・・こばさんと話したり遊んだりするの楽しかったよ!――だから、これからもこれまで通りの"友達同士"でいよう?」
――俺の告白は届くことはなかった。
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