第11話 "あの時"と"その時"



"うん"




――と言えたらどんなに良かっただろうか。

そしたら今もA子と"友達同士"でいられただろうか?


怖かったんだ。

それが最後のメッセージのような気がしたんだ。

だから――


「――やっぱり他に男できたんだろ。そうなんだろ?」


俺は、思っていたことをぶちまけた。


「あんなに仲良くしといて・・・俺に黙って他に男つくるとか・・・。あんまりだろ・・・。俺といて楽しくなかったのかよ・・・? A子は、俺とずっと一緒にいたいって思ってなかったのかよ!!!!」


当時の俺は、何をどうしたかったのか自分自身の気持ちも理解できてないまま、俺は内から沸いて出てくる言葉を並べた。

ただ、こう言ったら嫌われるだろうなってのは頭の片隅で理解していた。

"俺のものにならないのなら"という諦めだったのか?

それとも、ただ単に鬱憤を晴らしたかっただけだったのか?

そのどちらも合っていたように思うが、一番の理由は違った。


A子が俺の前からいなくなるのが怖かったから、嫌だったから――その前に俺は、自ら嫌われようとしたんだ。

だってそうしたら、相手の考えや都合で嫌われていくのを俺自身が上書きすることができる。

"こんな気持ち悪い女々しい言動をしたのだから、俺から離れて行ってしまっても仕方ない"と、思い込むことができる。

A子がなんとなく俺といられないと思ったこと、俺ではない他の男の方が良いと思ったから俺を捨てる――そんな言い分を俺が上書きすることができる。

俺はその後も何回にも渡って長文のメッセージをA子に送り付けた。

そのどれもが自分のしてきた行動を一切省みない、一方的な責めだった。



「――思ってたよ」


俺が送ったメッセージを全部読み終えただろう頃合いに、ポツンとA子から返信がきた。


「こばさんとずっと一緒にいたいって、思ってたよ」


「・・・でもさっ――、私がこばさんのこと求めたら、絶対こばさん離れてくじゃん!!」


「手繋ぎたいなって言っても繋ごうとしてくれない――」


「ぎゅってしてって言っても、抱き締めようともしてくれない!!」


「わかっちゃうんだよっ!! こばさんは、私への義務感と罪悪感だけで一緒にいてくれてるだけなんだって――」


「私のことが好きで一緒にいてくれてるわけじゃないんだって――」



・・・。



「――それでもいいかなって思ってた」


「こばさんと一緒にいるの楽しかったし、それでもいいのかなって思ってた――」


「でもね――」


「だんだんとそれが辛くなってきちゃったの・・・。寂しいなって――やっぱり手繋いで欲しいなって、そう思えてきちゃったの・・・」


そのメッセージの後、しばらく何も送られてこない時間があった。

どんな顔してA子は俺にメッセージを送っていたのか確かめようもないけれど――A子は、泣いていた。


俺は、その間A子から送られてきたメッセージを読み返した。

A子も俺と一緒にいたいと思ってくれていたこと、でもA子が俺と一緒にいたいと思う気持ちと俺のそれとはズレがあるのを感じていたこと、そのズレは、俺がA子といたのは義務や罪滅ぼしをしたいから生まれたと思っていること、そのことがだんだんと辛くなってきたこと――

俺はA子のメッセージを否定できなかった。



純粋に異性とセックスがしたかった――

俺がマッチングアプリを始めたそもそもの理由はそれだった。

彼女が欲しいとか、結婚を前提としたお付き合いがしたいとか、それら全部建前でしかなく、全ては結局異性とセックスがしたいだけだった。

マッチングアプリに期待していたのも、そういった"手軽さ"だった。

だから、真剣なお付き合いなんて最初から求めてなんてなかったのだ。

俺が誰かを幸せにできるとも、その準備もしていなかったし、する必要すらないとも思っていた。


――ちょっと遊んだら、ポイっと捨てちゃえばいいと思ってたんだ。

だから、こうなるなんて思ってなかったんだ。


――こんなにA子のことを好きになるなんて、思ってなかったんだ。

そんな俺だから、A子を――大好きな人を、俺が幸せになんて絶対できないと無意識に信じてしまっていた。

そんな俺だから、A子を――大切な人を、俺が自分の手で幸せにしなきゃならない未来がどうしようもなく怖くなってしまった。


だから、"友達"としてせめて俺といる間だけは楽しんでもらいたいと思った。

俺にはA子を幸せにすることはできそうにないから――

彼氏としての"責任"は果たせそうにないから――



――手を繋ぐことも、抱き締めることもできなかったんだ。



だから――


「・・・もう、絶対寂しい思いはさせない。約束する」


俺は、もう一度決意する。


「だから、もう一度やり直させてほしい」


「俺、A子ちゃんのこと、大好きなんだ。絶対失いたくないって、やっと気付けたんだ」


「俺と、付き合ってください。俺が、絶対に幸せにしてみせます・・・!!」」


俺はもう一度言葉を紡いだ。

"絶対幸せにしてみせる"――という言葉が、俺自身の覚悟を固めたように感じた。

"もう絶対逃げない"と――A子と生きていく未来・責任・恐怖から逃げないと決意をした。

――でも、全ては遅かった。



「――無理しないでいいんだよ」


「だって、そういうのは好き同士だったら自然とできちゃうことでしょ?」


「結局、私に魅力がなかっただけ。私が、こばさんが手を繋ぎたくなってしまうような女の子になれてなかっただけなんだよ」


俺は、その一文にいつもの温和でへにゃっとした笑顔をしたA子の表情を見て取れた。

俺は、その懐かしい笑顔がたまらなく恋しくなった。


「ちがうっ!!!! 俺が不甲斐なかったから――手を握る覚悟がなかったんだよ!!!!」


「――全部俺が悪いんだ・・・。全部、なおすから・・・。頼むから俺の前からいなくならないでくれ・・・」


A子としたいこと、行きたいとこ、恋人になったらしたいこと――まだまだたくさんあった。

だから、俺はまだA子と一緒にいたいとそう願った。

強く、強く――

――でも、俺の告白はやっぱり届くことはなかった。


「――でもね、もう、遅いんだよ」


「私ね、少し前に彼氏できたの――」


「当たり前のように手も繋いでくれて――」


「当たり前のようにぎゅって抱き締めてくれる――」


「こばさんと違って優しいんだ、彼」


A子はそうメッセージを書き残すと、"HAPPY"とうさぎのキャラのスタンプを俺に送ってきた。


「・・・私もね、そういう男の人のが好きだったみたい」


「だから――こばさんとは付き合っても上手くいかなかったと思うよ」


そして、"バイバイ"の意味が込められた可愛らしいクマのスタンプが、最後に送られた。




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