第9話 本心
「――で、相談ってなに?」
とある居酒屋でそう尋ねてきたのは、先日俺が「相談したいことがある」と連絡を取った友達だった。
その友達とは一緒にバンドを組んでいて、友達がボーカル、俺がギターで音楽活動を共にする仲だった。
「実はさ――」
俺とボーカル(以後友達のことをボーカルと呼ぶ)がそれぞれ始めの一杯のビールを飲み干した後、俺は相談内容について話し始めた。
数ヶ月前にマッチングアプリで仲良くなった女性がいること。
その女性とは毎日やり取りし、毎週遊ぶような仲になったのに、性の対象として見れないこと。
でも、俺の中ではその女性のことがとても大切な存在になっていること。
「――って感じなんだけど、こんな俺がその子と付き合っていいんだろうか?」
大方俺自身にまつわる今までのことと抱えてる問題をボーカルに伝えると、一番相談したかったことについての考えをボーカルに仰いだ。
その日一番相談したい内容が、それだった。
「その子はこばのこと好きなの?」
「・・・はっきりとは聞いてないけど、多分好意は持ってくれてるとは思う」
「こばはその子のことが好きなの?」
「うーん・・・。多分、好き。でも性的に見れないんだよ」
俺はそう言いながらも、A子とはすでに経験済みという話はボーカルに話さず隠していた。
自分に不利な噂が広まってほしくないという考えだったのか、それともボーカルに悪く思われたくなかったのか――いずれにしても話をしなかったのは保身的な理由が大きかった。
「そうなんだ~。まあでもさ、そんなに深く考え込む必要ないんじゃない?」
「どういうこと?」
「こばは考え過ぎなんだよ! 頭でっかちなの! その子と一緒にいたいって思うなら付き合う――それでいいと私は思うな」
「そういうもんなのかなぁ・・・」
俺はそうは言われながらも、やっぱり理解できないところがあった。
自分自身に問題を抱えたまま、その解決を保留して付き合うことへの抵抗は拭い去れそうになかったからだ。
だって仮にA子と"気軽に"付き合ったとしても、俺自身の『A子を性的に見れない・求めていない・手も繋げない・抱き締められない』という問題は絶対に後々降りかかってくる。
それに、まだ付き合う前の段階なら俺一人だけ悩み苦しむだけで済んでいたのが、付き合った後だと俺とA子の二人でその問題を共有することになってしまう。
セックスレス夫婦、セックスレスカップル――いずれこのような問題が生じてしまうのは容易に想像できる。
当時の俺が結局付き合うか付き合わないかで悩んでいたのもそれが一番大きな理由だった。
それは、"こんな俺はA子にふさわしくないのではないか?"という自己否定だったのか?
それとも"こんな俺よりもA子を幸せにできるヒトが他にいるんじゃないか?"という弱気さだったのか?
"A子を性的に見れない"という問題そのものの解決の仕方がわからなかった俺は、"俺にはA子を幸せにはできないのではないか?"と、そう考えるしかなかったのだ。
「そう悩んでる間に他の男に取られちゃうかもしれないよ!」
納得できない顔をしていたからか、ボーカルはそう俺に告げる。
「・・・そんときは、そんときだよ」
俺はそう言い返したが、そう言いながらも"A子は俺の前からいなくなったりはしない"と、どこか無根拠に思っていた。
それからどのくらいだったろうか?
A子との関係をこれからどうしていくか――自分の中で決着がつかないまま、俺はそれを黙って隠したままそれまでの関係を継続していた。
A子と会っている最中はそのことで悩んでいると微塵も顔に出さないようにして、なるべく楽しい関係でいられるよう努めた。
だって、楽しい方がいい。
何事も重く受け止め過ぎて楽しさがなくなってしまう関係になるよりはずっといい――と、当時の俺は考えていた。
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