第14話 学院復帰
そんな悪意のある噂がまん延する中、アリエルが学院に復帰した。
皆の好奇と侮蔑の視線がアリエルに集まったが、長くは続かなかった。
なぜならアリエルよりも目を引く、時季外れの留学生が学院にやってきたからだ。
留学生の名前はクロウ・セロー。
先日までアリエルの護衛だったクロウが、この度ドラゴナ神国の公爵三男として学院にやって来た。
もちろん学院内でアリエルの護衛をするためだが、クロウが護衛であった事を知る者はセドリックくらいだった。
クロウは端正な顔立ちで背が高く、引き締まった体躯。そして品がありながらも何気に放たれる粗野な部分が人の目を引き付けた。
誰もがドラゴナ神国の貴族との交流はのどから手が欲しい。お目にかかることも難しい国の貴族が目の前にいる、しかも級友ともなるといくらでも懇意にする機会がある。
教師でさえクロウにはひと際丁寧で、学院にとっても重要な人物であることはあきらかである。
ひと際存在感を醸し出すクロウに、令嬢たちは顔を赤らめ、令息たちは敗北感を感じたようだったが、みんな彼の視界に入ろうと必死だった。
セドリックは知らされていなかったアリエルの復学にホッとし、喜んだが続いてクロウが紹介された時に苦々しく顔を歪めてしまった。
アリエルの側にいて守ってきたクロウ。まさかクロウがあのドラゴナ神国の貴族など誰が思うか。しかも三男とはいえ公爵家。
クロウに目を向けるとクロウは挑発するようにニヤリとわらい、セドリックの心をかき乱したのだった。
そして教師から、
「復学して間もないのに申し訳ないが、留学生の世話役はワトー令嬢、お願いできますか?」
「良ければ喜んで承ります。」
そんなアリエルに嫉妬と羨望の視線が突き刺さるがアリエルはさらりと受け流した。
休み時間になるとクロウは皆に囲まれた。
「セロー様、ドラゴナ神国から来られたのですね!いろんなお話をお聞きしたいですわ、コベール国の事ならわたくしにお任せください。」
「いいえ、わたくしの方が適任ですわ、是非に。」
そう申し出る令嬢達に、
「俺はアリエル様に頼んでいる。」
クロウはそっけなく答える。
「セロー様は、ご存じないのは仕方ありませんがアリエル様はもう一人の留学生のご令嬢にとても冷たいのですわ。ですからセロー様の世話役にはふさわしくないと思いますの。」
「それにアリエル嬢は・・・言っては何ですけれど侯爵令嬢とは名ばかりで。学院でのお立場も・・・」
そう言いながら、数名の令嬢達が口角をあげてアリエルをちらっと見る。
ただでさえどこかの貴族をたぶらかし、一緒に暮らしているというアリエルに妬ましい思いと、嫌悪感で一杯なのだ。
ドラゴナ神国の高位令息と懇意になるチャンスまでとられてはたまらない。
少し嫌味を言えば前のように悲しそうな顔をして、辞退するだろうとみんな思っていた。
しかし、アリエルは目の前で侮辱されても言い返すわけでも、俯くわけでもなく目を輝かせた。
クロウの耳元に口を寄せて
「聞いた?クロウ。良く小説に出てくるご令嬢そっくりね。あなたに薦められて読んだ時、こんなみっともない令嬢なんて現実にいるわけはないと思ってたけど、いらっしゃるのね。」
ひそひそといいながらふふっと笑うアリエルにクロウは苦笑を返した。
「そうですね。俺も驚いています。」
まわりはアリエルとクロウが既に親しいことに驚いた。
しかもアリエルは自分より高位の公爵令息を呼び捨てにし、クロウの方がアリエルに敬語を使っているのだ。
そのことに少し騒めきが起こったが、先ほど脇役令嬢などとくさされた令嬢達が憤る。
「アリエル様!自分より高位のセロー様にその態度は失礼ですわ。それに私どもを侮辱されるなんて復学早々ひどいではありませんか。」
「そうですわ、婚約者に見捨てられて逃げていたのでしょう?いったいどこでセロー様を誑かしたのかしら。セロー様、お分かりになったでしょう。アリエル様はこういう御方なのですよ。」
「どうせ、セドリック様の気を引くつもりで休学している間に、哀れを誘ってセロー様に取り入られたのでしょうけど。」
令嬢たちが囀る。
アリエルがクロウと仲が良いと分かりながら、アリエルを貶めることは悪手だと理解もできない令嬢達。
まるでアリエルを貶めることが自分たちの役目であるかのように振る舞う姿は、まさにアリエルの言う取り巻き令嬢だ。
クロウは溜息をつきながら立ち上がり、アリエルの手を恭しくいただくと
「アリエル様の事は俺が良く知っている。この学院は実にレベルの低いものが多いんだな。品性・人柄に欠けた世話係など必要はない。」
そう言い捨ててアリエルを連れ出した。
絡んだ令嬢たちは羞恥と屈辱でひどく惨めな思いをしたのだった。
教室からアリエルを連れ出したクロウは、
「これが社交界の縮図というならこの国の未来は明るいものではありませんね。シャルル様のおっしゃる通りだった。お嬢はこんなところでよく頑張っていたのですね。俺、何も知らなくて・・・すいません。」
アリエルに謝った。
「大丈夫よ、自分で対処できないといけないことだから相談しなかったのだと思うわ。それにおかげさまで何も覚えていないから、知らない人に覚えのないことを言われても気にもならないわ。」
アリエルが笑う。
連なって根拠のない虚勢を張り、自分を攻撃する令嬢たちの事をアリエルは全く覚えていなかった。その心情を理解できないし、心当たりも何もないから傷つくことはなかった。
クロウが薦めてきた小説を、行方不明になっている間にアリエルは何冊か読んだ。そのいくつかに出てきた面白おかしく描かれた悪役令嬢や取り巻きと彼女たちがあまりにもそっくりで笑ってしまったのだ。
「ああ、そうでした。お嬢にはこの学院の生徒たちの記憶はないのでしたね。でもあちらから仕掛けてくることはありえます。もう俺がいますので安心してください。」
「ありがとう。でも、クロウにこんな学生の真似をさせてしまってごめんね」
「いえ、この国の教育と資質を見るいい機会になりました。それにこの学院にはおかしな者が跳躍しているようですからね。来たかいがあったようです。」
クロウはにこりと笑った。
それからは常にクロウがアリエルの側にいるため、聞こえよがしに嫌味を言われたり、嘲笑されることはほとんど無くなった。
クロウに令嬢令息たちが話しかけても、とてもそっけなく返し、アリエルにだけ、笑顔を向け、自分の主のように接する。
そんなクロウの様子に、周囲はクロウの方がアリエルを大切にしていると知る。
しかし、頭ではそうわかっているのに、意識に上り、口に出すのは、アリエルを非難し、貶める言葉。
「セロー様はアリエル嬢に騙されているんだよ。」
「本当、はしたないですわ。セドリック様というお方がいながら・・・」
「当てつけのようにべたべたされて、もう少し自覚していただきたいですわ。」
「セロー様も本当は皆と交流したいのに、アリエル嬢に縋られてお優しいから突き放せないのではないか。」
などなど、好き勝手な話をしていたが、クロウの耳に入るの恐れて二人の前では直接いう者はおらず、アリエルは平穏に楽しい学院生活とクロウと送っていた。
そして、このまま平和に時が過ぎるかと思っていたが、そうはさせたくない人間が動き出した。
アリエルがクロウと楽しく食事を摂っていると声をかけられた。
「アリエル様、クロウ様。ごきげんよう。留学生同士、一度お話をしてみたいと思っておりましたの。お邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言ってサンドラがテーブルにトレイを置く。
少し遠慮がちな笑みを浮かべて立っている。断るとこちらが悪かったと思わせるような慎ましやかな様子を見せる。
アリエルはサンドラの記憶も持ち合わせてはいなかった。しかし彼女が原因でアリエルは孤立し、婚約者も彼女に取り込まれたから注意するようにとクロウから教えてもらっていた。
いざ対面してみても何も感じない。ただ、こんな人畜無害で儚げな様相のこれが裏で皆を操る黒幕か、と感心するくらいだ。
そう言えば小説に出てくるヒロインぶった悪役は大体こういう令嬢だわねとアリエルはうんと納得したようにうなずく。
「私は先に教室に戻っておりますわ。クロウ、ごゆっくり。」
「アリエル様もご一緒にと思っておりましたのに・・・私とはご一緒していただけませんか?」
悲しそうにサンドラは眉を下げる。
「私を邪魔だと思っているのはサンドラ様の方だと理解しております。では失礼いたしますね。」
アリエルは微笑みを残して立ち上がった。
そんなアリエルの笑顔を見て、サンドラは目を少し見開いた。これまでのアリエルなら、マナーとしてこの場では我慢していただろう。それにもっと打ちひしがれたような悲しい顔を見せるはずだった。
そう思っていると、
「アリエル様、ひどい。置いていかないで下さいよ。」
クロウまでもアリエルに同調して立ち上がり、同席の意思がないことを示した。
「・・・お邪魔をしてしまったみたいで申し訳ありません。また機会がございましたらよろしくお願いします。」
「機会などない。」
しおらしくそういうサンドラにクロウは冷ややかな言葉をぶつけ、アリエルと出て行った。
一人になったサンドラのもとにはすぐさま、数名の令息が駆け寄っていた。
慰めてくれる令息たちにサンドラは涙を見せながら、怒りに歪みそうな顔をハンカチで隠していたのだった。
「クロウ。私は彼女と因縁があるようだから近寄りたくはないけれど私にすべて合わせなくてもいいのよ。あなたもせっかくの学院生活を楽しんで。」
「楽しんでいますよ、俺にとってお嬢と学院生活を送ること自体が宝みたいなものです。ある愚か者とは違います。」
遠回しにセドリックを批判する。
「ありがとう、クロウ。あなたがいなければもっと嫌な目に遭っていたと思うわ。本当に、心強い。いつもそばにいてくれてありがとう。」
クロウを見上げて美しい笑顔を見せるアリエルに、
「ええ、これからもずっとお側におりますからご安心ください。」
クロウも嬉しそうな笑みを浮かべた。
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