第3話 領地からの帰還

 アリエルは、あと数日の休みを残して、ようやく王都に戻ってきた。

「やっぱり王都は人が多いわねえ。」

 特に今日来ているのは人気の店が連なる王都の中でも中心街で、田舎の領地から戻ってきたばかりのアリエルは人の多さに思わずため息が出る。

「多すぎですよ。俺は領地の方が好きですね。」

 クロウが言う。


 ワトー侯爵家の領地は自然が多く、自然の恩恵も多大に受けている土地である。

 人が踏み入ることが出来ない深い森や急峻な山もある。それらを流れる川も流れが急で危険な川もあれば、幅が広くゆったりと流れる川もあり、そこでは川遊びをしたり、漁をしたりと生活の一部になっている。

 その中でも人が入り込めない森に覆われた、激流の川が流れ込む海のずっとはるか先にドラゴナ神国という神秘の国があると聞いている。


「私もよ。でも明後日にセドリックに会いに行くでしょう?セドリックのご両親に何か手土産を持っていきたいの。もう少し付き合ってね。」

 久しぶりに会える嬉しさに都会の騒々しさは我慢する。

 店の中で品物を見ていると、窓越しに婚約者のセドリックの姿が見えた。一瞬にして胸が高鳴る。

 しかし、アリエルの笑顔は一瞬にして凍り付くこととなった。


「え? ・・・どういうこと?」

 留学生の公爵令嬢に、腕に手をかけられてセドリックは歩いていた。どう見ても恋人同士にしか見えない二人。

「あの女、例のサンドラっていう節操の無い留学生でしょう?あの男は何をしているんだ。」

 クロウが眉間にしわを寄せながら言う。

 アリエルはクロウの失礼な言い方を咎める余裕はなかった。

「どうして・・・セドリックも彼女の事を軽蔑していたはずじゃ・・・」

 アリエルは怒りよりも不安で鼓動が早くなり、思うように息が吸えなくなる。


 できることなら婚約者を差し置いて何をしているのかと、飛び出して咎め、怒りをぶつけたかった。

 でも、アリエルは今、あの留学生がらみであまり良くない噂に晒されている。人気がある留学生に嫉妬して意地悪をしているとか、心のない冷たい人間だとかあらぬ噂を立てられているのだ。


 それに、自分はエスコート以外でセドリックとあんなに密着して腕を組み、街を歩いたこともない。

 もしかしてセドリックもアリエルの事を面白みのない女だと思い、本当は爵位を継げなくなった婚姻を疎ましく思っているのかもしれない。

 そう思い至ると悲しくて惨めで、ただ見送る事しかできなかった。


 青い顔をしたまま店を出ようと歩き出したとき、靴のヒールが急に折れ、アリエルはバランスを崩して倒れそうになった。

 咄嗟にクロウが支えてくれる。

「ありがとう。急に靴が・・・」

 足元を見るとヒールが取れている。

「継ぎ目が弱っていたのかもしれませんね。」

「困ったわ。馬車まで歩くのが大変ね。」

 するとクロウは微笑んで

「どうぞ。」

 そう言って腕を差し出してくれた。クロウの腕に掴まりながらアリエルは歩き出す。

「ほら、お嬢。こういうこともあるんですよ。」

「え?」

「先ほどの光景です。」

「あ・・・ハルメ公爵令嬢も一人で歩けなかった事情があるってこと?」

「ですからね、あまり悲しまないでください。お嬢が悲しむと国が滅びます。」

「まあ、大げさね。ふふ、でもありがとう。慰めてくれて嬉しいわ。」

 少しアリエルの顔に笑顔が戻る。


 仮に事情があったとしても、二人でこうして街に出かけていることが問題なのだ。そうわかっていてもクロウの優しさが嬉しかった。その優しさのおかげで少し呼吸がしやすくなった。

「真実が何かなんてわかりませんからね。良ければお調べいたします。」

「でも・・・信じていないようで気が引けるわ。」

「俺にはお嬢を守る権利があります。お嬢の信頼に値する男かどうか確かめさせてください。何もないとはっきりした方が胸のつかえがとれますよ。」

 護衛のクロウは優秀である。すぐに調べて来てくれるだろう。

「・・・そうね。ではお願いするわ。」


 アリエルは祈るような気分でクロウにそう言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る