第5話 無戸籍・無保険・無職の男

 鎌倉時代には琵琶法師だった尾奈良おならも、現代に来れば事情が変わる。まず戸籍がない。ゆえに医療保険もない。必然的に職もない。尾奈良は様々な人に尋ねられても、それが当たり前のように鬼籍での話と理解し、半年以上の時間をかけて就籍する運びとなった。尾奈良は、そのままの名前を使いたかったが、周囲の反対を受け尾奈良空斎おならくーさいあらため足立空斎あだちくうさいとなった。

 峰本は、空斎に一緒に暮らすことを提案し、空斎は快諾した。地獄で将軍様と一緒に暮らす、「雲地出田うんちでたが知ったらさぞ悔しがるに違いない」と己の身の上を誇りにさえ思った。

 ある日、二人がテレビを見ていると、空斎は聞き覚えのある声を耳にした。なんとそこには雲地出田うんちでたの生き写しがいた。

しかし、空斎はあいにく目が悪い。そのため、声の持ち主が雲地出田かどうかわからない。そこで峰本に尋ねた。

「あれはウンチデタではあるまいか?」

峰本はなんの冗談かと思ったが、激しい嫉妬に包まれる空斎を初めて見たため、真剣に取り合った。

「彼を知っているの?」

すると空斎はかつて琵琶法師をしていたとき、後からやってきた分際で縄張りを荒らされたと言うのであった。

峰本は言った。

「彼は最近人気のあるお笑い芸人だよ」

「お笑い芸人だと…?」

空斎は、無知ながらも懸命に理解しようと努めた。

そしてこう尋ねた。

「それがしもお笑い芸人になれるだろうか…」

峰本は、ここぞとばかりに切り込んだ。

「一層のこと、二人でコンビを組まないか?」と。

コンビをてっきりあかのことだと理解した空斎は二つ返事で承諾した。

空斎は、将軍の懐深さに感謝した。自分を気づつけまいと、お笑い芸人にはなれないことを伝える代わりに、コンビ(垢)になろうと申し出てくれたと理解した。その優しさに感謝した。

 それは琵琶法師と将軍に扮する漫才コンビ≪≫鎌倉時代の誕生の瞬間であった。

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