第4話 この世は地獄か極楽か

 尾奈良空斎おならくーさいが目を覚ますと、何やら喧しいやかましい個室にいた。白を基調とした空間の中で、人々が忙しくせわしく動き回っているのが薄ぼんやりと見てとれた。尾奈良おならは大切に抱えていたはずの琵琶びわがなくなっていることに気が付き、慌てふためくが、三途の川の途中で落としてしまったのだろうと覚悟した。そう、尾奈良は死んだと思っていたのである。しかし、腕には何かが刺さり、右足には力が入らない。総じて痛い全身を想い、尾奈良は等活地獄とうかつじごくよりも少しマシな地獄に送られたのだろうと理解した。

 

 その頃、救急車に同乗してきた峰本正朝みねもとまさともは尾奈良の琵琶をどのタイミングで渡そうか考えあぐねていた。意識が戻ったら…?日を改めた方がいいのか…?そうこうしているうちに、看護師に呼ばれた。


 身元を確認したい看護師は、名前や住所、職業など、極めて一般的なことを尋ねてみたものの「おならくーさい!」「びわほうし!!」「もはや現世うつしよに住まいなどあるまい」など頓珍漢なことを言っているとのこと。峰本は看護師に関係性を尋ねられた。看護師の訝し気いぶかしげな表情から峰本は、精神科にコンサルを依頼しようと医療者の間で相談されているに違いないと思った。

 関係性を尋ねられたとき、峰本は戸惑いながら「コミケで発見しただけで…」と答えようとしたその時であった。看護師が間違えて峰本を「みなもとさん」と呼んだことで、尾奈良は峰本を将軍の血縁者だと一瞬で思い込んだ。

 「そこに将軍様がおられるのか?」と尾奈良がたずねると、峰本は

 「違います、自分はみねもとまさともです」と名乗ったが、これがどうも悪手だったらしい。尾奈良は聞き間違えることが多いようで、峰本を源実朝と誤認した。

 

「将軍様!まさかあなた様までもこの地獄にいらっしゃるとは…」と畳みかけてくる尾奈良、笑う看護師…自然発生的なこのコントに峰本は確信した。

峰本は尾奈良に

「そなた、名は何と申す?」と尋ねると、尾奈良は「おならくーさいと申します」と答えた。非人工的なボケを見た峰本は、将軍と琵琶法師でコンビを組むことを思いついた。

 これまで鳴かず飛ばずの芸人で、駆け出しyoutuberの自分にとって、またとない好機なのでは?このままうだつが上がらない人生を続けたくない。そのためにも、ここで尾奈良と別れるわけにはいかない…彼は逸材だ。この人生、尾奈良に賭けてみようではないか。


 そう決意した峰本は、ソーシャルワーカーと共に尾奈良の退院後の生活と深く関わっていくことになった。

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