第3話 病院に搬送される琵琶法師

倒れ込む尾奈良空斎オナラクーサイに数人が気づき、声をかけたものの、誰も対応しなかった。否、できなかった。なぜなら、名前を聞いても「我が名はオナラクーサイ」と答えたため、誰もまともに取り合わなかったためである。


「琵琶法師がいる!」と会場内で囁き合う声を耳にした峰本正朝みねもとまさともは並々ならぬ情熱でその姿を探していた。

始めたばかりのYouTubeチャンネルは登録者数が少なく、収益化は夢のまた夢。お笑い芸人になりたいと大志を抱いて上京したのに、鳴かず飛ばずであった。なけなしのお金でコミケに参戦し、ここぞとばかりにネタを探している最中さなか、珍妙な琵琶法師の噂を聞きつけた。これは逃すわけにはいかないのであった。


会場の誰もがコスプレの完成度は高い中、峰本が見つけた琵琶法師はあまりにも本物だった。痩せ細った体、大切そうに抱きしめる琵琶、衣服の素材までもが古く、コミケ用に用意したものとは到底思えなかった。


すぐさま駆け寄るも、あまりにもグッタリとしたその姿を見てすぐさまスタッフを呼び、救急車を手配した。


うわ言で「我が名はオナラクーサイ」「ウンチデタめ」とつぶやくその姿に、峰本は悲哀とお笑い芸人としての可能性を見出した。


尾奈良空斎おならくーさいは遠くから鳴り響くサイレンの音を聴き、あの世への回廊を想った。恨み怨み嫉みを抱いたままの自分は、きっと地獄へ向かうのだろうと覚悟を決めていた。

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