第2話 コミケ会場

川底に投げ出された尾奈良空斎おならくーさいは、持っていた琵琶にしがみつき、川を流されていた。すぐそこに迫る滝の音に命の危機を感じ、「もはやこれまでか」と諦めかけた。


「ぎおんしょうじゃのぉぉぉぉかねのぉぉぉ」と溺れながらも叫ぶ尾奈良空斎の声は、もう誰にも届かない。

死の淵に瀕しても尚、琵琶法師でありたいと切に願う尾奈良空斎であったが、脳裏に浮かぶのは雲地出田うんちでたの語りに心を動かされる人々が喜び沸き立つ様。

この後に及んでも、まだ雲地出田への妬みが捨てきれない自分への悔しさと虚しさが混ざった行き場のない想いに支配された。


尾奈良空斎は全く気づかなかった。

自分が川底に渦巻く巨大な光に飲み込まれていることにも、その先に異世界が待っていることにも……。


気がつくと、尾奈良空斎は硬い地面の上にいた。腕にはしっかりと琵琶を抱き、周りはこれまで聞いたことのない騒々しさだった。


もともと目が悪い尾奈良空斎は、うすぼんやりと見える世界がやけに色鮮やかであることにこそ気づいたものの、足首の痛みに気を取られて二の次になった。

体を起こそうにも、足首に力が入らない。


再び気を失った尾奈良空斎は東京ビッグサイトで催されたコミケの地面に再び倒れ込むこととなった。

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