琵琶法師がタイスリップしてM1グランプリを目指したら

転んで骨折

第1話 ライバル現る

 尾奈良空斎おならくーさいは落ち込んだ。

かつて琵琶法師として栄華を極め、語り始めれば人だかりができ、語り終われば拍手喝采…人々は尾奈良空斎おならくーさいの語りに酔いしれた。

 それも今では、誰も彼の語りに耳を傾けることなく、素知らぬ顔で通り過ぎ、暇を持て余した子供らが冷やかしまじりに奇妙な合いの手を打つ程度。

 人は皆、先週ふらっと現れた雲地出田うんちでたの語りにすっかり心を奪われているのであった。

 これまで諸行無常を弾き語っていた尾奈良空斎おならくーさいは、我が身をもって盛者必衰のことわりを知ることになったのであった。


 世は鎌倉時代、源実朝が征夷大将軍として太平を開かんとその辣腕を発揮する中、弾き語りしかできない尾奈良空斎おならくーさいは都から離れることを決意し、新天地を求めて移動した。


行く先々で雲地出田うんちでたの話題ばかり小耳に挟む。


「ここでもか…」

「ここもか…?」

「ここまでも…!?」


人々は皆、雲地出田うんちでたの語りを待ち侘びている。ここで自分の弾き語りをしたところで嘲笑され、食事中の話題になるに違いない。


いつしか尾奈良空斎おならくーさいは自分の語りに自信をなくし、雲地出田うんちでたのことを心底疎ましく思うのであった。


そんなある日のこと、尾奈良空斎が新しい弾き語りを考案していると雲地出田の声がした。


尾奈良空斎は目が悪く、前がよく見えない。

けれども、そこには確実に近づいてくる雲地出田の気配があり、尾奈良空斎は咄嗟に逃げた。


雨が降って地面がぬかるんでいる山道を、川の流れる音を頼りに進み、人里離れた土地を目指した。


雲地出田の身にも、必ずや盛者必衰の時がくる!

再び琵琶法師として返り咲こう!


そう決意した尾奈良空斎は、地面のぬかるみに足を掬われ、川底へと投げ飛ばされたのであった。

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