土埃
意識が戻ると地面に転がっていた。脳震盪を起こしていたようだ。少し吐き気がした。日が落ちてきている。鳥が何羽か飛んで行った。血の味がする。口の中がひどく切れているようだ。歯を噛みしめてみたが、折れている歯はなさそうだった。
弾丸はザムザには当たらず、はるか遠くに着弾し土煙を上げていた。発射の衝撃はすさまじく、破裂音とともに肩が抜けそうになった。右肩に気を取られザムザから視線を切ったのはほんのわずかな時間だったと思うが、すでに目の前までザムザは来ていた。そして地面に叩きつけられ意識を失ったのだった。
「あ、起きたね」
ザムザが俺の顔を覗き込んできた。唇が無いせいで唾液が顔に降ってくる。右手の穴からタオルを取り出して顔を拭いた。
「あっ、またなんか出した!」
「え、なんか出しちゃってた俺?」
いつの間にか左手にタオルが握られていた。驚いたことに、子どものころ母に持たされていた、双頭の蛇が虎に巻き付き喉に食らいついている柄のタオルだった。苦悶の表情を浮かべる虎の胴体に絡みつく緑色の蛇は、母のお気に入りの意匠だった。失くしてしまったと思っていたが、こんなところで見つかるとは。
「やっぱり君はシャーマンなんだね。明らかに君はカミと繋がっている。その布はまだしも、さっきの武器はこの世界の技術を超越している」
声を上ずらせながらザムザは興奮しているようだった。
「そうなの?すごいじゃん」
ハルが空中に向かって親指を立てる。
「俺はそこにいねえぞ。目だけじゃなくて耳も腐ってんのか?」
ハルは俺の顔に唾を吐いてどこかに歩き出した。ザムザは俺を担ぎ上げ、ハルの後ろをついていく。
「君は最後のピースになり得る。やっと歯車が回り出しそうだ。正直な話、僕もハルも消耗してきていたんだ。もはや議論は空回りしていて、僕らが異邦人であることは覆せそうにない。そこに『なぜ』はないんだ。彼らには、知覚と同じ強度でイデオロギーが刻み込まれているからね。でも、知覚さえその根拠を疑うことができる。根拠の根拠の根拠の根拠には根拠がないってことを元老院の馬鹿の身体感覚に刻み込まなきゃいけないんだ。そして・・・」
気がついた時には木製の椅子に腰かけコップの淵に口を当てていた。コップの中の液体はアルコールだった。ビールとよく似た飲み物だった。
目の前のテーブルには食べかけの料理が並んでいる。握っていたフォークに刺さっている塊を口に入れる。よくわからない汁がかけられた、よくわからない肉料理だった。美味くも不味くもないが、若干美味いよりだろうか。
ザムザの演説中にトランス状態に入ってしまったのだろう。相槌にとどまらず、飲食まで意識不明のまま実践できてしまうレベルに達してしまったらしい。
ザムザもテーブルについている。ハルの姿は見えない。周りを見渡すと石と木でできた住居らしかったが、棚は倒され食器類も床に散乱し大半は割れてしまっている。奥のほうからハルの歌声と何かが焼ける音が聞こえた。
「ここはどこ?」
「さあ。誰かの家だよ。家主はたぶん帰ってこないけど」
荒れ果てているものの埃や蜘蛛の巣があるわけでもなく、風化した様子はない。最近まで誰か住んでいたのだろうか。
「でも、よかったよ。ぽむ君が僕を理解してくれて。君の頭の中には新鮮な脳みそがぎっしり詰まってるみたいだね。ハルも気にしてないみたいだし、ハラスメントの件は水に流そう。これから忙しくなるぞ!今日は『村』を案内するよ。ニュービレッジって名前さ。それから明日は宮殿に行こうね。そして元老院の馬鹿を何人か捕まえてミーティングをしよう」
「ああ、そう。へー。村に宮殿です、か。こっちでも左右対称に作ってあるのかな」
『村』だの宮殿だの元老院だの、わけがわからない。もう一度最初から話すよう頼もうか。しかし、逆鱗に触れる可能性がある上にそれほど興味がない。ひとまず流れに身を任せることにした。
「次はぽむ君のことを教えて」
「教えてって、さっき説明しただろ。人の話を聞けよ。ぼんくら」
「聞いてたよ。もちろん。でも全く不明瞭だったから、改めて教えて欲しい」
「あーはん?舐めてんのはどっちだって話よ。まあいいや。で、何が聞きたいわけ?」
「何もかもすべて。ぽむ君はどこから来たの?その右手の穴は何?」
「どこって言われてもね。ここではない世界としか。右手の穴は正直わからない。光が話しかけてきて、いつの間にかあそこに立っていて、ついでに穴も開いてた。俺も状況が理解できてないんだよ実際」
「その割に落ち着いてるね」
「まあ大体のことはなるようになるんだよ。ならなかったらほっとけばいい。そのうちなんとかなるからな」
「よくわからないな。でもひとまず君を信じることから始めよう。君は西からも東からも来ていないんだね?」
「いえす!」
「光っていうのは?それはカミ?君はセーフ過程を経てムヌシリになったの?カミダーリは経験した?」
「全然意味がわからない。一つも理解できる単語がない。恐いっ!」
「そうか・・・まあ詳しい話は『村』でゆっくりしよう。まずは食事を済ませよう。ハルがこの家に残っていた食材を使って料理してくれたんだ」
「へいっ、お待ちいっ」
奥からハルが現れ、湯気が立っている大皿をテーブルに置いた。今度は肉かどうかもわからない塊だった。フォークで崩して一口食べてみると、味が薄かったが不味いというほどでもなかった。
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