誰が為に斧は放たれる

 食事を済ませた後、リボルバーの性能を調べることになった。まずリボルバーを再度穴にしまえるのか試してみる。リボルバーを穴に差し込むと、すんなり中に消えていった。ついでにタオルを入れると、これもしまうことができた。取り出せるのか不安だったが、人差し指と中指を差し込みまさぐると固く冷たいものに当たった。それを挟んで引っ張ると穴から銃身が出てきた。


「あだだだだっ、めちゃくちゃ痛えっ」


 右手が引き裂けるような痛みとともにリボルバーを引きずり出す。穴の直径と取り出す物のサイズが合っていないため、右手が引き裂けるような痛みを感じた。その点タオルはすんなりと取り出すことができた。


 外に出ると日は暮れかかり薄暗くなっていたが、死体の山ははっきりと見えた。改めて見渡すと、石と木で作られた家屋が十数軒と畑が見える。小規模な集落のようだ。しかし畑には大男と女の死体が転がっており、ほとんどの家屋は焼かれて崩落している。


「ここでなにが?」


「略奪だよ。この前西側が東側の集落を襲撃したから、その報復。兵士と男たちはその辺の井戸にでも詰め込まれてるんじゃない?」


「はあ。女もずいぶん死んでるな」


「若すぎたり、逆に年を取りすぎてたんだろうね。何人かは東に連れていかれただろうけど。まあいいじゃんか。とりあえずあれ出してよ。死体の指でもいいのか試してみよう」


 足元に転がっている女の指に銃身を近づけると、舌が小指から薬指と舐めていき、中指に巻き付いた。そのまま中指を銃口にあてがうと銃身がぱっくりと開き、中指に嚙みついた。そしてごりごりという音が聞こえた。


「撃ってみようか?」


 ハルは耳をふさいでいる。ザムザが頷いた。


 引き金を引き弾丸が発射されたが、先程のように肩が外れるくらいの衝撃はなかった。


 その後、他の女や大男の指で試してみると、どうやら中指の持ち主によって威力がかわるようだった。おおむね体格と比例していた。ただ、大男の指でも最初の弾丸程の威力は出なかった。また、装填できるのは最大で五発であること、切り落とした中指でも問題なく弾丸に変えられること、右手でも左手でも大丈夫なことがわかった。


 せっせと死体から中指を切り取り袋につめるザムザとハルを眺めていると、疲れを感じた。俺は今2m以上ある大男と、盲目で顔が腫瘍のような女と手分けして死体から指を切り取っている。そしてそれを弾丸変えようと思っている。誰に撃つのかは知らないが。


考えるに、俺には昔から「で、あるべき」がない。だからこうしていても自分の正気を疑うことはしない。中指を切り落とすことにあらかじめ意味なんてない。切り落としたって切り落とさなくたって同じことなのだ、とまでは言わないが。もっとも、理性は空虚だ、身体感覚だけが実在ではないのか?と考えるのは理性があるからなのだろう。


 そんなことを考えながら黙々と作業をしていると百本ほどの指が集まった。指がつまった袋をザムザが押し付けてきたので、何本か取り出してポケットに入れ袋はまたザムザに返した。


「さあ、すっかり夜だ。帰ろう僕らの家に。足元に気を付けて。この辺りはぬかるんでいるし、木の根が剥き出しになっているから」


 袋を担いだザムザを先頭に歩き始めたとき、遠くに明かりが見えた。いくつかの明かりが二列に並んでこちらに向かってくる。その光は馬上で掲げられているランプだった。騎乗した集団は我々の前で行進をやめた。


 10数名の集団は灰色をした頑丈そうな服を着て、それぞれがランプを持っていた。ランプの光がちらちらと揺れてはっきりとしないが、鱗のような模様が見える。縁はケロイドになっている。まさかと思いザムザに耳打ちして尋ねると、殺した大男から剥ぎ取った皮膚を加工して作られた防具とのことだった。無表情でそれを伝えるザムザの腕には、そういえば刺青がないことに気がついた。


 馬の顔の側面がランプの光で照らされている。馬が身震いしていななくと、騎乗者が馬の首を叩きながら「どう、どう」と声をかけた。落ち着いた女の声だった。


 その女は馬を進めると背中に担いでいた細身の剣を抜き、ザムザの喉に切っ先をあてがった。


「貴様これはどういうことだ?」


「どうって?」


「大勢死んでいるじゃないか。女を見殺しにしたんだな?」


「見殺しになんかしてないよ!」


 ハルが突然叫んだ。馬上の女がハルの方を向く。が、すぐに顔を背けた。


「あの女たちは私を憎んだんだ!これまで会ったこともないのに。私がただそこにいるってだけで、私を憎んで侮辱したんだ!東の者に頭を潰される寸前だったのに、自分の生よりも私の死を願ってた。きっと燃えるような目で私を見ちゃったんだ。だから死んだんだ。霧に飲まれてね」




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