赤ちゃん溶けちゃった・・・

「なにそれ気持ちわる」


 右手の穴からリボルバーが出てきて、「あ、リボルバーが出てきた」と思った瞬間、物凄い力で放り投げられた。


背中を打ち息が止まる。なんとかリボルバーは握りしめていられた。四つん這いになり呼吸を整える。顔を上げるとザムザはハルを守るように立ちこちらの様子をうかがっていた。ハルは状況がわからないようで、「どんな感じ?どのような感じ?」と言いながらザムザの腕をつかみ、斜め上を向いて左右に顔を振っている。


「いきなり痛えな・・・」


「どうやって出した?あきらかに君の手より大きいよねそれ」


「知らねえよ。魔法だよ魔法。つうかそこの女だって呪いみたいなの出してただろうが」


「まさか君はカミダーリを?いやでもそんな・・・」


「ごちゃごちゃ何言ってんの?まず謝れよっ。背中痛くない?ごめんねっ、て、謝れっ」


 銃口をザムザに向け倫理を説いたが、ザムザは口に手を当てなにかつぶやいている。


「びびってんのか?あ?今からその頭ぶち抜いてタンポポ植えてやるからな?覚悟せいやおんどりゃ!」


「それ武器なの?」


「っかー、これだから無知蒙昧な蛮族は。これはぁ、リヴォールヴァっちゅう道具や。この距離からでもなあ、おどれの頭ぐちゃぐちゃにでけるようなごっつい威力なんやで」


「ふうん」


 ザムザはじっと俺の目を見ている。向けられた銃口にはほとんど視線を送らない。


 日差しが強い。


 引き金を引けば弾は発射されるのだろうか。弾は何発入っているのか。2,3メートルの距離だが素人でも頭に当てられるものなのだろうか。そもそも俺は引き金を引くことができるのだろうか。殺されないために殺す、というのは案外難しいことのように感じた。


「な、なんか言えや。こっちゃいつはじいてもかめへんのやぞ!?」


 ひどく喉が渇いている。呼吸が浅い。ハルはくすくす笑っている。眉の上に汗が溜まっていくのがわかる。


 眉から流れた汗が目に入り。一瞬前が見えなくなった。


 カチッ


「うおおおおおおおおおおおおおおっ、撃っちゃったああああああああああっ、やだやだやだあああああああああああっ・・・?お?」


「ん?なになに?」


「いや。何でもない」


 不発だったようだ。弾が入っていなかったのだろうか。それとも使い方が違うのだろうか。リボルバーを眺めてみる。銃口から毛がはみ出していた。


 毛は少しずつ伸びていき、そのまま肌色のゼリーが流れ出てきた。血液を薄めたような粘膜に覆われている。地面にぼたっとゼリーは落ちた。やがてゼリーは赤ちゃんになり立ち上がった。


 ぷりっとしたお尻についた泥を払い落としながら、赤ちゃんが俺の方を見る。


「や、初めまして。私はガイエル。厳密にはその残りかす。私は自我を破壊されミキサーにかけられた後エネルギーに変換されて君の右手の穴に充填されているから、もう存在しません。しかし、最後の役目のために若干の思念が保存されていました。あなたが何を生み出したのか。それを説明していよいよ完全に消滅することになります」


 ザムザはあっけにとられた表情で赤ちゃんと俺を交互に見ている。俺は首を振って見せた。


「銃口を見てください。文字通り口があります」


「え?ああ」


 赤ちゃんに促され銃口をのぞき込むと、確かに小さな歯が生えていた。その奥には赤い舌が見える。リボルバーはか細い声で「ふぁっきゅ」と鳴いて歯でかちかちと音をたてた。


「それはあなたから生まれたもの。あなたが望んでいたもの。状況を打開するために、願いをかなえるために、あなたが必要としたもの。あなたに最適なもの」


「これが?」


「はい。我々のエネルギーは、あなたの願望を再現し固定化されます」


「いや、こんなの頼んでねえよ」


「低次元のあなたに意識されうるのは言語化できる領域だけです。でもそれは水面上に露出している氷山の一角に過ぎません。高次元の我々は水面下の塊まで抽出し形にすることができます。あなたは、あなたが望むものを、思い描くことは、できないのです」


「あっそ。で、どうやって撃つの?」


「・・・これを使います」


 そう言って赤ちゃんは中指を立ててきた。


「頭割られたいのか?」


「違います。中指が弾丸になるということです。ちょっとそれ貸してください」


 赤ちゃんが手を出してきたので、リボルバーを渡した。ぷくぷくの手でそれを受け取ると、赤ちゃんは左手で銃身を掴み右手の中指を銃口に近づけた。すると、舌が伸びて赤ちゃんの指を舐め始めた。その舌に誘われるようにして中指が銃口に飲み込まれていく。そして、「ごりごり」という音とともに銃口から血が溢れ出した。


「ふ、ふぐう・・・痛いぃ・・・意識が遠のくぅ・・・これ・・・返しますね」


 膝をついた赤ちゃんの手から血塗れのリボルバーを受け取る。中指が根元からなくなっており、そこから血が噴き出していた。


「大丈夫?」


「すっごく痛いぃ・・・でもこれで弾丸は補充されました・・・中指一本で弾丸は一発・・・あとは引き金を引くだけ・・・それでは・・・お元気で・・・サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・」


 赤ちゃんの体が少しずつ緩み始めた。頬や瞼が垂れ下がり、溶解している。溶解した部分は液状になって地面にしみを作っていく。


「あっ、ちょっと待って。あなたはカミ?この男は何者なの?」


 ザムザがずるずるになった赤ちゃんにかけより尋ねる。赤ちゃんは答えない。もはや口だったであろう穴がわずかに残っているだけだった。


 我々はなすすべもなく、赤ちゃんの体がすべて地面に染み込んでいくのをただ立って見ていた。時折ザムザがハルに耳打ちして状況を伝えている。ハルはそのたびにニヤニヤしたり唾を吐いたりしている。


 赤ちゃんの体が全てしみに変わり、最後に地面にへばりついていた髪の毛も解けてしまった後、ザムザがこちらに近づいてきた。


「いまのは何?君は何者なの?」


「そんなのこっちが聞きてえよ。止まれ。近づいてくんな。撃ち殺すぞ?」


 ザムザは歩みを止めない。手が届いてしまう。俺は引き金を引いた。






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