これが僕のチート能力だ!

 地面にへたり込んだ女の目は白濁していた。口をおさえ肩を震わせている。膿と涙が女の手の甲からひじにかけて流れていく。胸を触られたのがよほどのことだったようで、ひっ、ひっ、と嗚咽している。


 女は綺麗だった。太ももは汚れていてもなお陶器のようになめらかで、ほっそりとした指先は官能的にさえ感じられた。汚れたワンピースからのぞく白い肩に、顔から流れる膿が落ちている。もともとの顔は想像もできない。顔全体がおおきな腫瘍のように見える。あるいは死んだらんちゅう。死んだらんちゅうの眼球は白濁するだろう。


悪臭も加わって少し吐き気がしたが、少し目線を下げると、嗚咽のたびに震える胸と谷間が素敵だった。


 無意識のうちに指を差し込もうとしていると、背後に気配がした。


「お前は誰?なにをしているの?」


 振り返ると大男が立っていた。灰色の顔にむき出しの歯茎。倒れている大男と同類に見えるが、さらに大きかった。服を着ているが、首や腕が異常に太いことは見て取れた。女と同様に垢や油がしみ込んだシャツの上に暗い赤色をしたジャケットを羽織っている。ゆったりとしたズボンのすそはどす黒いものがこびりついている。靴は履いていない。右目はないようで、眼窩には何かがつまっている。腐敗してしなびたリンゴのように見えるが、そんなわけはないだろう。


「こ、この狂人が、あたしの・・・」


 女は答えようとするが上手く言葉にならないようだった。大男は女のもとに駆け寄ると肩にジャケットをかけ、やさしく頭を撫でたあと、額にキスをした。顔が離れると唾液と膿が糸を引いた。


「ハルたんはぁ、なーんにも答えなくていいんだよぉ?僕はぁ、こっちの男に聞いているんだから。ねぇハルたん、もう泣かないで?よちよち」


 しばらく鼻水をすすっていたが、ハルたんは泣き止んだようだった。大男が俺の前に立つ。こちらを見下ろす目は恐ろしく冷たい。剝き出しの歯に前歯や犬歯はなく、大量の奥歯がみっちりと口内に並んでいた。


「こ、こんにちは」


「こんにちは!僕はザムザ!」


「こんにちはザムザ」


「で、お前は何者?東出身には見えないね。小さすぎるし肌の色も違う。風体は西の者に近いけど、ここら辺の兵士は先週の襲撃で全員死んだはず。東が殺さないのは子を産める西の女だけだ」


「なんなんです?東とか西とか?」


「なにそれ。舐めてるの?はあ、舐められちゃったよ。なめっ、られっ、てっ、たまるかっ」


 ザムザは足元に倒れている大男の背中に足を置き体重をかけた。ぱきぱきと木の枝が折れるような音がする。あばら骨が折れているのだろう。しばらく背中を踏み続けた後、ザムザは大男の死体を足先であおむけにひっくり返し、思い切り腰の辺りを蹴り上げた。ぼきっという音とともに、大男は空中で二つに折りたたまれた。どさりと落ちた大男の頭をザムザが右手で掴む。そしてそのまま引き抜いた。引き千切られた頭部には脊髄がつながっている。先程行っていたのは、綺麗に引き抜くための下処理だったようだ。


 ザムザは脊髄の端を掴み頭部を振り回し始めた。物凄い速さで頭部は回転し血をまき散らしている。風切り音が聞こえる。なにがしたいのか理解できず、しばらく様子を見ていた。どうやら「頭部を引き千切って脊髄ごとぶち抜いて振り回すさま」を俺に見せつけることが目的のようだった。


「ひいっ、威嚇されてるっ」


「さあさあさあ、早く答えてよ。お前は何者なの?」


「何者って言われても・・・普段は日雇い労働をしていて、荷揚げっていうんですけど。これがなかなか厳しい仕事でして・・・でもギャンブルで借金が400万あるんすよ。えへっ。あ、大卒です。八年通って一昨年やっと卒業しました。さっきまではアパートにいたんすけどね。どうも俺は世界にいらない人間だったみたいで、それで・・・んん?なんで俺はここにいるんだっけ」


 必死にまくしたてていたが、そもそも何故俺はこの地に舞い降りたのだろうか。金貸しゴリラに殺されたのは覚えている。その後高次元の存在がなにか言っていたが、なにしろパッシブスキルの「自動筆記」が発動している間は意識が混濁しトランス状態になるため、内容は全く把握できていない。


「なに言ってるの?意味がわからない。まあいいやハルの前に立って生きてるってことは敵じゃないみたいだし。そういえば名前は?」


「ぽむぽむゴリラゴリラプティングチェンソーです」


「え?」


「ぽむぽむゴリラゴリラプティングチェンソーです」


「変わった名前だね」


「よく言われます」


 個人情報の開示に慎重になる持ち前の情報リテラシーが暴走し、わけのわからない偽名を口走ってしまったが、幸い受け入れられたようだった。


「さてぽむ君。正直に答えて欲しいんだけど、ハルはどうして泣いていたの?」


「胸を揉まれたのっ」


 ハルが金切り声をあげると、ザムザは大きく目を見開いて後ずさりをした。右の眼窩に詰め込まれていたものが地面に転がり落ちる。どう見ても腐敗したリンゴにしかみえない。


「あ、腐敗したリンゴ落としちゃった」


 腐敗したリンゴだった。


「許せないね。ハルは僕の恋人なんだ。フィアンセ。我が罪であり、我が腰の炎ってわけ。この目だってハルの為にえぐり出したんだ。焼かれた顔を見られたくないだろうと思ったから・・・でも彼女は僕にこう言ってくれたんだ!『いや、別に』ってね!」


「だってあなた痛いの嫌いでしょ?痛いのが嫌いなのに痛い思いをしてほしくなかったの。あなたのことを愛しているから」


「素敵だよハニー。ちゅっ。さあ、死ぬ覚悟はできたかい?」


「死ぬの?胸を揉んだから?」


「そうだよ。今から君の顔をおもいっきりぶん殴る。多分後頭部が背中にめり込むんじゃないかな。それか拳が貫通して脳みそからなにから全部ぶちまけられるかもね」


 ザムザがこちらに歩いてくる。


 胸倉をつかまれると、全く身動きが取れなくなった。目の前にザムザの胸板がある。シャツにはべっとりと血がついている。新鮮なものから変色したものまで幾重にも血が塗りこめられている。


 死にたいか死にたくないかで言えば死にたくはない。どうすればいい。


 ふいに右手の穴が痛み出した。


「いだだだだっ」


 痛みは大きくなり耐えられないほどの激痛に変わっていった。


 穴から銀色の短い棒がはみ出している。つまんで引っ張り出すと、リボルバーだった。


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