第11話 エクスチェンジャー、慧

 別のエクスチェンジャーが登場して皇子とまさるの魂が交換されたから、川合慧かわいけいに会いに行く必要がなくなった。メッセージを送って帰ろうとしたら、慌てた電話がかかってきて引き止められ、都心で夕食を共にすることになってしまった。



 コースのメイン料理が運ばれてきたころ、宙が突然帰ってきた顛末を伝え終わった。宙とは足を踏み入れたことのないような高級レストランで、皺の無いスーツ姿の見目のいい男性と向き合っていると、それこそ異世界に来た気がする。

「ああ、さっきからケイがこっちに来たいってうるさいんだよね」

 向かいの席で料理にナイフを入れながら、慧が顔をしかめた。

「むしろ無理やりは来ないのね?」

「緊急じゃなければね。向こうも僕の協力が必要なことも多々あったわけで。ああ、うるさいな。枝見さん、あいつが料理を食べつくさないように見張ってて。話は短く頼むよ」

「ふふ。わかったわ」

 慧が目をつむり、すぐにケイがやってきた。


「エミ様。お会いできてよかった」

「私も。でも、話があるなら、エミと交換してくれればよかったのに」

「実は皇子の件が終結いたしまして、エミ様を交換する権限がなくなりました」

「え?結婚相手が決まったの?サラ?」

「いえ。こちらから戻った皇子が、正室は迎えないが側室なら何人でも迎える。子孫は多いほうがいいだろう、と宣言されたそうで…皇宮からの依頼が中止となりました」


 マサルめ。やりおったな。


 なにやらそんな言葉が浮かび、私はくすくすと笑ってしまった。

「皇子と何を話したのですか?」

「私が彼を押し倒しただけ」

 ケイは目を丸くして私を見つめた。はしたない女だと思われてもかまわないし、依頼を果たしたのだから文句を言われる筋合いはない。

「エミ様は佐倉宙氏の肉体であることに躊躇はなかったのですか?」

 そんなふうに言われると、逆にエロいんですけど?

「皇子と宙は魂の波長…?そんなものが同じで、それが私を惹きつけるって、観念したの。それに彼らの魂には妻という存在を許さない何かがある。ふたつのバリエーションを見て、あきらめがついたわ。それで、お別れの記念に皇子のはじめてをいただいちゃった」

 ケイはどう反応していいかわからないという顔で微笑んだ。

「同じ存在の魂には、共通の波長がある。我々エクスチェンジャーはそれを同期して交換する。恋愛感情は波長に惹きつけられるもの…ということでしょうか」

「そうかもしれないわね」

「それで、エミ様に別の男性をご紹介するという話ですが…」

「あ、それ、もういい」

「な、なぜでしょう?」

「皇子とも話したのだけど、別の多元世界で起きたことはしょせん過去でしょう?未来の可能性を自分で見つけたいの」

「ああ…そのとおりですね」

 ケイがエクスチェンジャーとして、マサル皇子の研究を手伝ってくれればいいのに、そんな図々しい身びいきのようなことを思ったけれど、大きなお世話と口をつぐんだ。

「では。エミ様。これでお別れです。ありがとうございました」

「もうこの世界に来ないの?」

「次の仕事次第です」

 なんだかすごく名残惜しくなったけれど、何も言えずに見送った。


「あれ、ぜんぜん減ってない。君との話に夢中だったのかな」

 戻ってきた慧が皿を見て言った。たぶん私はさびしげな顔をしていたのだと思う。慧が僕はここにいるよ、というように、片手をこっちに振って、私は彼の顔に焦点を合わせた。

「あっちと比べて、こっちはあせらなくていいんだけど…」

「え?」

「むこうにエミがいた。あいつに告白されたって、相談された」

「ええっ!?」

「このままだとエミは皇子の側室候補になってしまう。ケイは、まずそれを阻止したかったらしいんだけど、エミは、『本気でしょうか、今回の仕事で呼び出したことで責任を感じているだけではないでしょうか。あなたは私のことどう思いますか』って、君と同じ顔をして僕に聞いてきた」

「ああー、確かにケイは最初、エミは可愛くて明るいって、褒めてたもの。あれはあっちのエミのことよね」

「いや。僕も君に同じことを思うけど?それに頭の回転が速くて臨機応変で気配りができて根が善良で、でもちょっと変わってる。すごく好みだけど…って向こうのエミにも言ってきた」


 ううー、なんだか混乱する。これって告白されてる?


「でも君はまだ離婚するところだし、とりあえず、提案したいんだけど」

 慧は身を乗り出した。

「あいつが僕の体に入って、佐倉宙氏の魂の交換をしただろ?そのせいで僕にエクスチェンジャーの能力が発現してしまったらしいんだ」

 思いもよらない言葉に聞き耳を立てた。

「これからこの能力を使って多元世界を探検したいんだ。そのパートナーになってくれないかな」

「どういうこと?」

「ほら。僕が別の世界に行ったら、こっちに別の僕が来るだろう?彼に多元世界について説明するとか、どんな世界から来たのか話を聞くとか。すごく面白いと思わない?良ければ君を別の世界に送ることもできるし」

「たしかに、すごく面白そう。いつか本に書いたりして…?」

「じゃあ、いい?」


「いいわ」


 私は未来の可能性の中に飛び込んでみることにした。


<完>

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蓼食う虫をもういっぴき 古都瀬しゅう @shuko_seto

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