第51話 突撃

 ダウンタウンの部屋で気が付いた時、俺は手足を縛られていた。

 どうやら俺が気が付いたとたん、話も聞かずに飛び出すのを阻止するため、クローデルさんが指示した様だ。


「ダーリン、ごめんなさい。

 こうでもしないとあなた王城に特攻しちゃうでしょ……

 あかりさんとかりんの事は、今全力で調べているから、正直……邪魔しないで!」


 家の中は沈痛な面持ちで満たされていた。

 灯はもちろん、エルルゥもメロンも……

 置いてきてしまったものが大きすぎて、嗚咽を上げるばかりで声にもならない。


 プルーンは気を紛らわすかのように、台所でソードの手入れをしていた。

「どっちみち、次王城に入るときは力攻めになるわ。あかりママとかりんの様子が分かったらいつでも殴り込めるようにしておかなきゃ……」


 姫様のところへは、クローデルさんが密かに早馬を飛ばしてくれた様で、また近いうちに何か指示があるかもしれない。だが、そんなの待っていられるか! 

 もう、ゲートなどどうでもよい。二人が無事で帰って来さえすればもういいじゃないか! 

 そうは言っても、あの状況で人間が守備隊につかまって、無事でいられる可能性は高くはないという気持ちもあり、俺は発狂寸前ではあったが、とにかく様子がわかるまではと、懸命に自我を保っているよう努力した。


 そして一週間位して、クローデルさんが王城内の情報を持ってきてくれた。


「生きているわ! あの二人、生きているわよ!」


 その言葉を聞いた俺は、今までお祈りした一生分以上、神に感謝した。

 皆も同じ気持ちの様で、抱き合って喜んでいる。


「……でもね……ちょっと悪いニュースもあるのよ。どうやらあかりさんは、新王の後宮に囲われて、夜な夜な新王の夜伽よとぎをさせられているらしいの……」

「なんですって! なんでまた、あんな人間のおばさんを! 

 いや、ごめん……失言。あかりママはすごく魅力的な人だし……」

 プルーンが自分で自分をフォローする。


「そうだな……アロン王子はてっきりシスコンのロリコンだとばかり思っていたのだが……」

 俺はそう言いながら灯の顔をみたが、灯は複雑な顔をしていた。

 性的虐待なんて事は思い出したくもなかっただろうに。


 新王に凌辱されているのは不本意ではあるが、もう生きてさえいてくれれば何も言うまい。そう心に決めた俺はクローデルさんに問うた。

「それで、これからどうしますか? 王城に殴り込むなら俺も戦います!」

「焦らないでダーリン。あかりさんには申し訳ないけど、気に入られて囲われているのなら、直ぐに命の危険はないでしょう。もう私たちだけで王城に侵入するのは無理です。多分、姫様とライスハイン卿の軍が王城に攻め込むタイミングのギリギリ直前に一発勝負をかける事になるかと思うわ。それで、申し訳ないけどゲートの事は一旦あきらめて。あかりさんとかりんちゃんの救出が最優先よ!」


「仕方ないですね……俺はそれでいいです」

 そう言う俺に、灯とエルルゥも同意してくれた。


「それでは、私はもう王城に行かなくていいかね」

 システンメドルがよそよそしく言った。

「あら、それはダメよ。まあ戦闘の役には立たないでしょうから、ここで待機はしてもらうけど……あきらめるって言っても、姫様が勝利されたあとにゲートが残ってるかもしれないし、またゲートの研究を再開するかもしれない。その時はあなたにも働いてもらわないと……逃がさないわよ!」クローデルさんが強く言った。


 そうだな。今回がダメでも、帰還の希望が全く無くなった訳ではないんだ。

 姫様が王様になれば、システンメドルの研究を再開させてくれるかも知れない。

 とにかく、星さんと花梨を無事に救い出さないと……。

 クローデルさんがこれから姫様と連絡を密にして突入作戦を立案すると言ってくれたので、それに任せる事とし、俺はようやく拘束を解いてもらった。


 ◇◇◇


 ほどなく姫様から連絡が来た。


 どうやらXデーを二週間早めるらしい。

 ということは、イルマンからこちらへ向け進軍が始まっているという事だろう。

 だが農繁期に王都周辺を行軍するのは農家に迷惑がかかるんじゃ……そう思っていたらクローデルさんが解説してくれた。


「姫様は、新しい形の戦争をやろうとされているわ。

 行軍で被害の出る農家には、減税と保障をあわせて個別に理解を求めて回っていて、それがほぼまとまったのよ。

 これでアスナバルが後からのこのこ出てきても絶対に間に合わないわよ! 

 それで、いまから一週間後、王城の包囲陣形が完成するわ。そうなれば王城内の守備兵も城壁内外の守備に駆り出されるでしょ。そこで私たちは王城に殴り込みをかけます! もう、姫様の遣わされた助っ人たちも密かに城下に入っているそうよ」


 くそ、アスカ姫は何もかもお見通しなのか? 

 こりゃもう、姫というより軍師だよな。


 三日後、俺とプルーンは、クローデルさんの指示で、ユーレール商会が管理している倉庫の一つに向かった。今回突入組の助っ人がここに集まる手はずになっているのだ。


 そこで俺は、シャーリンさんに会った。

 ははっ、あの無敵のシャーリンさんだぞ!

 

「ゆうた。元気だったか。いよいよ本当にお前の役に立てそうだ。

 つがい殿も花梨も、絶対私が助けてやる。大船に乗ったつもりで任せろ!」

「あらー、シャーリンちゃん。今度は私にもおいしいところ残しておいてよね!」

 えっ? ビヨンド様? なんで貴族の奥方様が突入組に?


「ふふ、不思議そうな顔ね、ゆうたさん。いえ、王城にかちこみかけられるなんて、長いエルフ人生でも一回あるかどうかじゃない? 

 もう冒険者の血が騒いじゃって騒いじゃって……」

「何を言われる奥方様。前回もおいしいところは奥方様が持っていってしまわれたではないですか!」そう言いながらシャーリンさんもうれしそうだ。


 プルーンもここで懐かしい人達にあった。


「あの……クルスさん?」プルーンが恐る恐る話かける。

「そうですわよ! プルーンさん。あなたのご活躍は遠い空の下で聞いておりました。私も姫様の影武者ではるか遠くまでいって今日まで雌伏していたのです。

 今回、当時の姫様付の近衛で、参加出来るものは皆、姫様に呼ばれてここにおりますわ!」


 ああ、なんと言う事だろう。本当に俺は、いや俺達は幸せものだ。まあ姫様の命令という事はあるにせよ、俺達のために危険を顧みず、いっしょに王城に突撃してくれると言う仲間がこんなにいるのだ。


 そして数日後、姫様とライスハイン卿の軍を主力とした地方領主連合軍が王都を取り囲み、それに合わせるかのように王都の各門も閉じられ、王都軍は王城からその守備に分散していった。

 もちろん最初から籠城の構えだ。アスナバル公爵の軍が到着するまで持ちこたえれば王都軍にも勝ち目はあるだろう。だが、アスナバル卿の軍が出発したという情報は今のところない。


「それでは皆様。参りますわよ!」

 クローデルさんを総司令官に、王城突入組が進撃を開始した。


 ◇◇◇


「おーい将軍。いまさら何をあわてている? アスカの軍が王都を囲むのは予定のうちなんだろ? それが予定より二週間早まった位で何を慌てふためいているのだ」

 新王が半分からかうようにナスキンポス将軍に話かける。


「新王様。もっと危機感を持って下さいませ。籠城戦が早まったという事はそれだけ食料の備蓄が余計にいるという事です。アスナバル公爵がこちらに到着される予定も早めていただかないと……」

「なるほどな。でも奴をせっついても本当に来るのか? 

 まあ、せいぜい皆で食料の節約を徹底するんだな」


(くそ、お前など、人間のメスの乳だけ飲んでろ!)

 将軍は、のどまで出かかった言葉を心にしまった。


 あの日以来、新王は毎日のように星の所に通い、母乳を吸うのが日課になっていた。そもそもアスカ姫を正妻にするまではと、他に囲っている側室もいなかったため実際のところ後宮には星しかいない。しかし、性交などはまったく求めず、ただひたすら子供のようにおっぱいに吸い付いている。

 そして日に日に、性格も子供のように穏やかになってきているように感じられる。


(王様、おかあさんの愛情が足りない人だったのかしら……)

 星もそう考えていたが、怖いので聞けないでいた。


 星に寄りかかりながら、新王が言った。


「あかり。いよいよアスカの軍が王都を包囲したようだ」

「それでは、王様も撃って出られるのですか?」

「いや、世は何もせん。というか王都軍も籠城で敵の攻撃を耐えながらアスナバルの軍をただ三か月くらい待つだけだ。ずっと退屈なままだ……。

 だが、世はちょっと期待しているんだ。もし世が、お前のつがいのゆうたなら、この機に乗じて王城に殴り込みをかけるかなって。

 周辺の守備に回してしまって、王城内の警備はいまだかつてないくらい手薄だしな」

「それじゃ、王様。もしかして、わざとゆうくんを待っておられるのですか? 

 でしたらお願いです。私はこのまま王様の奴隷で構いません。

 ゆうくんや灯は見逃して下さい!」

「だめだ。世はゆうたと直接話をしなければならないのだ……」

 そう言って新王は、星の乳首にむしゃぶりついて母乳を吸いだし、やがて疲れたのか眠ってしまった。


「……ははうえ……」

 寝言だろうか。星は、新王がそう言いながら少し泣いていたのに気が付いた。


 ◇◇◇


 俺と、クローデルさんが指揮する突入組は夜半、王城の正門前に集合した。


「でも、これ、ぶち破れるんですか?」俺の質問にクローデルさんが答えた。

「あらダーリン。そんな必要なくてよ」クローデルさんがそう言って城門を指さすと、なんと城門が開きだし、そしてそこには小柄な老人のエルフが立っていた。


「クローデル・ライスハイン嬢。お待ちしておりました」

「ワックベイガー議長。ありがとう。長い事世話をかけましたね。この国はもうすぐ生まれ変わりますよ……それでは、傭兵隊突入! 一階から順に守備の王都軍をせん滅しなさい。近衛隊は私とプルーンに続け! 一気に後宮に駆け上がる!」


 シャーリンさんとビヨンド様が先陣を切り、王城内の守備兵に切りかかっていき、守備兵がまるで稲でも刈るかのように倒れていく。やはり、あの二人は敵に回したくないな。

 傭兵隊が中央階段まで斬り進んだのを確認し、クローデルさんと近衛隊が一気に駆け上がった。俺もそれについていく。


 先頭で、クローデルさんとプルーンが、向かってくる敵を無造作に斬り払っていくのが見える。ああ、もう俺ではプルーンにはかなわないな……バルアもプルーンと一緒に戦ってくれている様に見えた。


 今回の俺達の狙いはあくまでも星さんと花梨の奪還だ。

 なので本丸を避け、迂回して後宮に向かう。

 さすがに本丸を落とすのは、この戦力では無理だろう。


 だが、下の守備兵が片付いたら、傭兵隊はそのまま王城を出て、王都の門を守備する一隊を後ろから攻撃する事になっている。

 そうなれば、籠城なんて悠長な事は言っていられない。

 そこから姫の軍が王都に突入してくるはずだ。


 結局、王城への一番槍は俺達であり、まったく、姫様の策略にまんまと乗せられているようにも思うが、こんな乗せられ方なら大歓迎だ。


 やがて近衛隊は後宮の裏口に到着したが、そこで近衛隊の足が止まった。

 残存の兵力はほとんど本丸に詰めている様で、ここの守りはせん滅したのだが、後宮の門が開かないのだ。


「だめね。これオリハルコンの錠前とドアよね。

 なんでこんなところ厳重に守ってるのかしら?」

 クローデルさんの言葉に、クルスさんが返した。

「そりゃ、女性は大事にしないと……」

 近衛のみんなが爆笑した。


 そしてプルーンが俺を呼んだ。

「ゆうた。あれはだめかな?」

「あれ? ああそうか!」


 俺は背負っていたバッグからグレゴリーナイフを取り出した。

 ファンタジー世界が誇るオリハルコンと現代科学の粋のセラミック合金。

 どっちが強いのか! 

 

 俺は思い切りナイフで錠前に切りつけた。

 パキンと音がして、結果は現代科学の圧勝だった。

 グレゴリーさん。また助けられたよ。


「よし行くわよ!」クローデルさんと近衛部隊は後宮に突入した。












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