第48話 王城潜入

「なんだと! 叔父上が国に帰っただと!」

 アロン新王の怒鳴り声が、いつもの様に王城内に響いているが、今日は一段と声が大きい。


「はい。アスカ姫がイルマンに入られたとの事で、公爵は急ぎ国元で兵力を整えてから戻ってくると……」ナスキンポス将軍が事情を説明している。


「ふざけるな! それならもっと早くに動いて然るべきだろ! 

 今から国元へ行って、いつ戻って来られると言うんだ!」

「そうですねー。多分秋口でしょうか……」

「馬鹿野郎! それまでアスカやライスハインが、イルマンで、ぼーっと待ってくれているとでも思っているのか?」

「ですから……落ち着いて聞いて下さい新王。あいつらは王都周辺の刈入れが終わるまで動きません。臣民の不評を買いますからね。動き出すのは早くてもあと二か月後……夏の中ば過ぎでしょう。それに対し、我が王都軍は籠城戦を仕掛けます。それで公爵軍が来る秋口まで耐えられれば、アスカ・ライスハイン側は兵站へいたんも底をつきかけているでしょうし、我が方の圧勝となるでしょう」


「……本当にうまくいくのだろうな」

「もちろんです。ただ公爵の手勢五千がいっしょに領地に帰られましたので、王都内の警備に若干支障が出ています。ですが、すぐに既存の王都軍を再編しますのでご安心下さい」

「くそっ。せめて兵くらい置いていけ……」


 忠誠を誓った諸侯も含めると、数的にはほぼ互角のはずなのに、なぜか周りの動きが鈍い様にも思え、アロン新王はいらだちを隠せない。

 だが、まあ確かに農繁期には仕掛けてこないだろう。

 まだ時間はある。もっと打てる手を打っていかねば……。


 そう考えてはいるものの、自室で酒を飲む時間も長くなった様な気がしていた。


 ◇◇◇


「ですから、今がチャンスなのです! アスナバル公爵が手勢を引き連れて国元に帰還してしまい、王都の守備が混乱しています。いまなら私やシステンメドルでも、なんとかすれば王都に入れるはずですわ」

 クローデルさんが、そう言って王都の状況を教えてくれた。


 そして商会の定期便に協力してもらい、皆で王都に向かったところ、確かに王都の門の警備が人手不足の為かなり混乱しており、入るのも出るのも長蛇の列で、警備の兵も疲弊しきっており、二重底の下に隠れたクローデルさんやシステンメドルなどもまったく気づかれる事なく、王都内に入る事が出来た。


「えっ? お姉ちゃんなの?」

 予期せぬプルーンの帰宅に、メロンも大変驚いていた。

「それにしてもまた、見ないメンツだねえ。また貴族様の避難所になるのかな?」

 エルルゥが、クローデルさんやシステンメドルの顔を眺めながら言った。


 プルーンが説明する。

「この女性は私の近衛の上官、クローデル様。そんでこっちのが、ゆうたが自分の世界に帰る手伝いをしてくれるシステンメドルさん。それから……この子が、ともり。あの……星さんが向こうに置いてきたっていう娘さんよ」

「えっ?」メロンもエルルゥも絶句した。


 そして俺はこれまでの事情を二人に説明し、王城内のゲートに向かうまでの間、協力してくれるよう頼んだ。


「それじゃ、いよいよ私もゆうたの世界に行けるのね!」

 エルルゥが興奮している。

「ああ。だが、くれぐれも友人とかにはしゃべるなよ。

 事前に計画が発覚したらアウトだ」

「わかってるって。私もそれほど馬鹿じゃないしー。でも……そっか。

 私、突然、ダチ達の前から消えるんだ……それちょっとブルー」

「それじゃあ、ゆうたもあかりママも花梨もいなくなっちゃうんだ……。

 わかっていた事だけど……やっぱりさみしいなー」

 メロンが半泣きで言う。プルーンも黙っている。


「まあ、それぞれいろいろ思いはあると思うけど、もう待ったなしですわよ。

 私とプルーンは大至急、支援者達とのチャンネルを復旧して王城潜入計画を具体化するから、あとの人たちは準備方々名残を惜しんでいて頂戴。

 大丈夫よ。私たちも毎日夜には一度、必ずここに戻るようにするから」

 クローデルさんがそう言って立ち上がり、プルーンを連れて部屋を出て行った。


 そして、星さんと花梨は、メロンとエルルゥの部屋に置いてもらう事とし、俺と灯とシステンメドルが、下のもともとの俺の部屋に移動した。


「あかりママ。ともりとはちゃんと話出来たの?」メロンが心配そうに尋ねる。

「うん。事情は全部話しした。花梨がゆうくんの子供だって事も……頭では理解してくれているっぽいんだけど、でも、やっぱり気持ちでは許してもらえてないみたいでね……」

「そっか……それでゆうたと下に……でも、あかりママ。いっしょに帰れるならよかったんだよね」

「そうよね。ほんとそう……」

 目に涙を浮かべる星さんをメロンが優しく抱きしめた。


 ◇◇◇


「ふっ、まさかこんな形でまたお前に会う事になるとはな」

 システンメドルが念話で灯に話しかけたが、灯は無視を決め込んでいる。

 奴といっしょが嫌なら、星さん達の部屋に行くかと聞いたが、ここでいいと灯は言った。システンメドルは構わず念話を続ける。


「まあ、お前にとって私は恨んでも恨み切れない存在だろうが、正直、私もお前にした仕打ちが悪い事だったなどと考えた事もない。ただの人間だしな。だが、ゆうたはどうやら私の考えていた人間とはちょっと違った様だ。

 身一つでこちらに飛ばされ、いくつか幸運があったとは言え、五年かそこらでここまでたどり着いたのだ。私でも敬服せざるをえない。もし、もっと早くから、人間にもこんなに骨のある者がいる事を知っていたなら、私は『侵略』ではなく『親善』を旗印に、ゲートの研究をしていたかもしれない」


「そうよ! 雄太は私の自慢の彼氏なの! あんたがいまさら何言おうが知ったこっちゃないけど……ゆうくんは、おかあさんを守ってくれながら、それで帰還の方法までたどりついて……それにこの世界にあんなに仲間や友人がいて……」

「灯、落ち着け。無理に奴と話さんでいい」

 俺はそう言ってキッチンの椅子にシステンメドルを座らせ、灯は奥のベッドに座らせ距離を置かせた。


「まあ、あんたも退屈だろうが今少し辛抱してくれ。外に出て軍に見つかったら、あんたもおしまいなんだし……もう少し仲良くやろうや」

「ふっ、すまん。灯にはあまりかかわらないようにしよう。だが、お前に敬服したのは本当だぞ」仇敵にそういわれるのは何か面映おもはゆいが、とにかく今は、クローデルさん達の首尾を期待するしかなさそうだ。


 その後、クローデルさんとプルーンは毎夜戻って来て進捗を報告してくれた。

 この期に及んで隠し立てするにも及ばないだろうと、支援者の中心人物が元老院のワックベイガー議長である事も教えてくれた。元老院議員なら王城内を自由に動けるし裏切っても呪われる呪詛はかけられていない。まさに最適な味方だろう。


 そして姫様が宣言した王城攻略のXデーまであと二ヵ月あまりとなったところで、王城への侵入作戦がまとまった。クローデルさんが王城内の図面を広げて説明を始める。


「私たちはこの、姫様に教えていただいた侵入ルート候補の三番を使用して城内に入ります。そしてここから一階のメイン通路まで議長の配下の人が案内してくれます。この一階メイン通路が一番厄介ですが警備の隙をついてなんとかこの五十m位を突破し、また地下に入ります。後は、ほぼ警備にとがめられる事もなく、ゲートの部屋までは行けるはずです」


 システンメドルが質問する。

「うむ。一階通路に出られれば、後の経路は私でもわかる。だが、ゆうたたちを送り出してその後、私はどうすればいい。置き去りはひどいと思うが……」

「ご心配なく。私とプルーンも同行します。二人で近衛の恰好でいれば、まあ、少しは周りからの警戒も緩むでしょうし……そして帰り道はこっち」

 王城内の図面を指し示しながらクローデルさんが説明を進める。


「ゲートの部屋のひとつ筋違いに、姫様から教えていただいた通路九番があります。

 これは脱出専用とおっしゃっていたのですが、まあ今回の離脱にうってつけではないかと。昨日の時点で、この三番と九番が使えることは確認済です……。

 それでは、決行は明後日夜です。皆さん、準備万端宜しくお願い致します!」


「おお!」みんなから歓声が上がった。


 ◇◇◇


 残り二日は、なるべくみんなでいっしょに過ごそうという事になり、翌日、俺は星さんと花梨、プルーンとメロン、エルルゥといっしょに中央公園にミニピクニックとしゃれこんだ。

 クローデルさんとシステンメドルは日中表を歩く事自体危険なため、当然来られないとして、灯が一緒に来てくれなかったのは少し寂しいが仕方ない。


 夏の盛りでかなり暑いが、風が結構あって木陰は涼しかった。


「ほんと……いろんな事があったよな……」

 俺の言葉に一同感慨深げにうなずく。


「それでプルーン、メロン。お前たちさえ良ければなんだが……お前達も一緒に来ないか?」俺の言葉に星さんもうなずいた。

「うん。それ、昨日の晩、メロンとも話したんだけど……。

 やっぱり、私たちはここに残るわ。

 ううん。もちろん私もメロンもあんたの事が大好きだし、あかりママや花梨ともずっといっしょに居たいし……で、最初はかなり驚いたけど、メロンもあんたのつがいでいいとか言い出すしさ。

 でもね、私はやっぱ、もう少し姫様のそばに居たいなって思うの。

 姫様が王様になったらそれで終わり……じゃなくて、いろいろな面倒事の始まりだと思うんだよね。

 だから、出来るなら私はもう少し姫様に付き従ってお手伝いしたいのよ。

 それで、私が行かないならメロンも残るって……。

 この子、もうすぐ魔導士見習いの試験受けられるところまで来てるのよね。

 それなら将来、姉妹で姫様のお役に立てるかも知れないし……」


「そうか。そうだな……それならばもう何も言わないよ。お前たちも頑張れよ!」

 ぽろぽろ泣いているメロンに、エルルゥもちょっと鼻にかかった声で話かける。

「確かにさびしーけどー。

 別れるってのはさ、それぞれが自分の道を行くって事じゃん?

 だからこれから自分の道を行く友人に、ちゃんと頑張れって言ってあげないとさ! 

 はは……でもさー、こっちから向こう行くのは大変っぽいけど、あっちから戻ってくるのは簡単なんでしょ? だからー。万一私が挫折して戻って来てもそん時はよろぴく!」


「ははは、エルルゥ。あんたもたまにはいいこと言うわね」

 プルーンがそう言うとエルルゥが返した。

「たまには……じゃなくて、い・つ・も……でしょ?」

 その場にいた者たちが大声で笑った。


 その後、みんなでユーレール商会に行った。もうトクラ村からあごひげさんやシャーリンさんが戻って来ている頃だと思ったのだが、フマリさんが言うにはイルマンが軍事要塞化していて通過に手間取り、いつもより到着が遅れているらしい。


 是非ご挨拶をしたかったのだが……仕方ないので、トクラ村のみんなにあてた俺の手紙を、フマリさんに預かってもらった。


 そして、その夜。置いてきぼりだったクローデルさんがとってもすねていたため、仕方なくデート喫茶でデートした。


 ◇◇◇


 翌日。いよいよ今夜、ゲートに向けた王城侵入作戦が実行される。


 身の回りの物を整理していたら……ああ、そうだ、これ……。

 そう思ってプルーンを呼んだ。


「何?」プルーンが寄ってくる。


「いや、これ! バルアのソード。

 軍もやめちゃったし、王都に入ってからは、ついぞ使う機会がなかったなーって。

 ……あっちに持っていく訳にもいかんし、お前が貰ってくれないか? 

 今のお前の腕前なら問題なく使いこなせるだろ。なに、俺はこのグレゴリーナイフを持っていくから、王城で万一戦闘になってもなんとかなるさ」


 プルーンがバルアのソードを手に取り、軽く振ってみる。

「うん。すごくしっくりくる。やっぱこれ、イメンジが私のために注文してくれたのかなって思えるくらい……ありがと。大事にするね」

 そうして俺達は準備万端、夜を待った。



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