第47話 逢瀬

「でも王城の中なんて、近衛の私でも入った事ないんだよ。

 ましてやあんな大きい建物。どこにゲートがあるんだか」

 プルーンも困惑気味だ。

「いや、王城内のゲートの位置はシステンメドルが分かるらしいんだ。

 だからどうやって入るのかが当面の問題なのさ」


 仕方がないので、ミハイル様に相談してみた。

「ああ、妻から大体聞いているよ。ただ、姫様が王になる前に王城に侵入となると私でも難しいかな。今頃、王城内は王都軍がひしめいているだろうしね。

 だれか新王側の者を味方につけるとかしないと……」


「こう……王城って結構、隠し通路とかあったりしないんですかね? 

 それで、ゲートのすぐ脇にとか……」

「そう物語の様には……でも、姫様ならそう言う通路を多少は知っているかも知れないね。どこから出たのかは知らないが、実際に一度脱出されてるし……」


「それじゃ私が聞いてきましょうか?」プルーンが意気込む。

「いやいや、プルーンさん。今から行っても入れ違いです。ライスハイン卿はすでに進軍を開始していると思いますが、経路は極秘ですし。いっそ姫様がここに入られるのを待ってご相談されてはいかがですか?」とミハイル様が言った。


「それで間に合いますかね?」俺の質問にミハイル様が答えた。

「なーに。姫様がここにご着陣されたと言ったって、すぐに王都に出陣する訳じゃありません。姫様は旗印なので、一ヵ月以上ここにおられて、味方する諸侯が参陣するのを待ちますので」


 なるほど。その間に王城に潜入出来るよう計画を練るのか。

 だとしたらちょっと危険ではあるが、侵入方法が決まる前に、みんなで王都に行って待機していないといけないかな。まあ、ダウンタウンのあの部屋は家賃前払いで借りっぱなしなので問題はないだろうが……それにメロンやエルルゥとも合流しないとならない。エルルゥもゲートまで連れて行ってやらないと。


 あっ、そうか。システンメドルも連れて行かなければいけないのか。

 あいつは軍のお尋ね者だし、家族よりリスク高そうだな……。


 こうして、俺は姫様のイルマン到着を待って、王城潜入の相談をする事とした。


 ◇◇◇


 あの日から、灯は毎夜俺の納屋に来るようになった。

 俺と灯の関係は大分良くなった様に思えるが、星さんはそれを見て見ぬ振りをしていて、灯との親子関係はいまだにぎくしゃくしているように思える。

 肉親ほど壊れた関係の修復は難しいと聞いた事もあるが……俺は思い余って星さんに、これでいいのか、こっそり聞いてみた。


「あの子、この世界にいるうちは……って言ったんでしょう。多分、私のゆうくんへの気持ちをちゃんとわかってくれているんだとは思うの。でもそんなの理屈じゃ割り切れないよね……だから、ゆうくんがあの子を嫌いでないのなら、ここはあの子の好きにさせてあげて。

 この世界であの子に何もしてあげられなかった母親のせめてもの贖罪しょくざいって訳じゃないけどさ……そうじゃなかったら、あの子……。

 この世界で独りぼっちのままだし……」


「星さん……」俺は、星さんの両肩に手をやって、軽くキスをした。

 そして、ただ灯のそばにいてやるだけではなく、俺達二人がこの世界で何をしてきたのか、ちゃんと順を追って説明していこうと思った。


 ◇◇◇


 やがて近隣の田んぼに稲が植えられ初夏が間近に感じれれる頃、アスカ王女がライスハイン卿の大軍勢に先立ってイルマンに入られた。

 クローデルさんもいっしょだった。


「ああ、ダーリン。お会いしたかったですわ! 

 プルーンさんもお元気そうでなにより」

 クローデルさんは、ついにダーリンを公言してはばからなくなった様だ。

 まあ、御父上もあんな感じだったし、仕方ないか……でも、プルーンは険しい顔をしているな……。


 例のホテルが姫様の宿所として接収されており、その周辺に急ごしらえだが、いくつもの軍事用建物が造られていて、このあたり一体が今回の作戦本部として機能するのだ。到着されてからの数日は御忙しい様だったが、一週間くらいしてお時間が出来たとの事で、ようやく姫様にお目通りがかない、俺は姫様に今までの経緯を説明した。


「うーん。王城の中にそんなものが……あそこ広すぎて、私でもよくわかんない所だらけなんですよね。でも、中に入りさえすればという事なら……いくつか裏口はあるけど、今使えるのかな?」


 とりあえず、姫様の記憶を頼りにいくつかの侵入経路を教えてもらった。


「それでね、ゆうたさん。これはまだ内密にしてほしいんですけど……私たちは、お父様の国葬一周忌の日を、王城奪取作戦の期限とする計画を立てています。ですからその日がゲートを使用するリミットになる可能性が高いかと思います。

 まあ、それより先に壊されちゃう可能性も高いかもですが……」


「わかりました。

 姫様にいただいた情報を元に、なるべく早く王城への潜入を試みます」

「そうですね。頑張って下さい……とは言っても……ゆうたさん達だけで王城に潜入するのはちょっと大変ですよね? 

 クローデルさん、あなたもお手伝い差し上げていただけますか? 

 あなたの王都内の情報網が今どのくらい機能しているかは分かりかねますが、無いよりはマシでしょう? 

 あと、プルーンさんもいっしょにお行きなさい」


「でも、姫様。私は姫様のおそばで……」プルーンが言葉を返す。

「ううん。ここまで来ちゃったら私の護衛は問題ないし……。

 あなたはあなたの大切な人のために働いたほうがいいわ。

 だって、ゆうたさん……帰っちゃうのよ!」

「あっ! ……そうですね……ご命令に従います……」

 プルーンが姫様に敬礼した。


「あの姫様。私のような一個人に、ここまで良くしていただいて、何と感謝を申し上げればよいのか分かりません。自分の世界に戻れても戻れなくても、この御恩は一生涯忘れません」俺は、素直に感謝の言葉を述べた。


「いいえ、ゆうたさん。あの時、あなたがダウンタウンのご自宅に私をかくまって下さらなかったら、私は今こうしてここには居られませんでした。ですので御恩という意味では、私のほうが、あなたから受けた御恩は大きいのです」

 そう言いながら、姫様が俺を手招きして、俺の耳元でこう囁いた。


「それでも恩に着て戴けるのであれば、今夜、デートしていただけませんか?」

 そばに立っていたプルーンにも聞こえた様で「姫様!」と身を乗り出してきたが、姫がそれを制した。

「いいじゃない。一回だけです。ゆうたさんとはもうお会い出来ないのでしょうし……ぷるちゃん。約束だったよね?」

「姫様……わかりました。約束は守ります。今日だけはゆうたをお譲りします!」

「ちょっとちょっと。プルーンさん……それはどういう事ですの?」

 クローデルさんが状況を理解出来ずにプルーンに喰ってかかっていた。


 その夜、俺は例のホテルの貴族専用室を訪れた……というより忍び込んだというのが近いだろう。もちろん作為的ではあるのだが、俺が侵入するのを目撃する人がいないよう警備等が配置されていて、予め指定された時刻・経路に従い部屋を目指した。


 まさか、王女様に夜這いをかける日が来ようとは……ここの貴族専用室に二回も夜這いかけた奴って、多分俺だけだろうな。


 部屋に入ると、姫様が普段着のまま椅子に腰かけておられた。このイルマンのあたりは、俺がいた東京なんかよりかなり涼しく湿度も低いため、夏でも夜は肌寒い位な事が多いが、今日は風もあまりなく、ちょっと蒸し暑く感じる。


「ゆうたさん。来て下さってありがとう。ダウンタウンで結ばれた時は事故みたいなもので、せっかくの初体験だったのに何にも覚えていないんですよ。

 ですからどうしてももう一度、ちゃんとあなたと結ばれたかったの」


 そして俺と姫様は裸になってベッドに行き、夜通し愛し合った。


 やがて空が白んできた。もうすぐ夜が明けるのだろう。

 夜這い者は退散しなくてはいけない頃合いだ。


 姫様が俺の腕にしがみつきながら言った。

「ゆうたさん……帰られちゃうんですよね。これで最後なのが残念です……」

「それを言われると辛いです。ですが、姫様。私は姫様の事を絶対忘れません」

「……ゆうたさん。帰るのをやめて、私の側近として王宮に仕えてくれたりはしませんか?」

「……お気持ちは大変うれしいです。ですが、仮に帰還がかなわなかったとしても俺は、今の家族……星さんや花梨、プルーンや灯達を大切にしてやりたいんです。

 ですから姫様のご期待には沿えないかと……」

「そっかー。やっぱりだめかー。それじゃあゆうたさん。もしこのままこの国にいる事になったら、年に一回でいいから、ここで私と不倫して下さいますか?」

「えー? そんな……姫様……」

「ふふっ、冗談です……それじゃあ、これで最後ね……もう一回……」


 そう言いながら俺と姫様は唇を重ね合った。


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