第45話 会話

 俺達が家の前まで来た時、家の周りには結構雪が積もっていたが、天気は良かったせいか、星さんが洗濯物を干していた。花梨がその脇で雪遊びをしている。


「あれ? ゆうくん、早かったねー。エルフさんとお話は出来たのー」

「あ、いや。星さん。それどころじゃなくて……」


「お母さん!」灯が前に出て大声で星さんを呼んだ。

「えっ?」それを見た星さんがフリーズする。


 …………


「おかあさん! おかあさん! おかあさーん!」

 灯がためらわずに星さんに飛びついた。

「あっ、あっ……灯なの? ほんとに灯なの!」

「うん! 本物! お母さんもゆうちゃんも、あの穴に落っこちて死んじゃったって聞かされていたの……もう、夢みたい! よかった……本当に良かった……」

「うん、うん。灯だ! 本当に灯だ!」


 二人は抱き合ってわんわん泣いている。親子の感動の再会だ。

 俺もプルーンも、もらい泣きしながら見守っていた。


 すると、脇で遊んでいた花梨がとっとっとっと星さんに歩みより、心配そうに声をかけた。

「まんま。どっかいたいの? だいじょーぶ?」

「あー花梨ちゃん。ママは大丈夫だから……お姉ちゃんと遊ぼうねー」

 プルーンがそう言って花梨を抱き上げた。

「でもまんまないてるよ。どっかいたいの?」

「違うの。ともりおねーちゃんとあえてうれしくて泣いているの。

 だから大丈夫だよ」

 花梨をあやすプルーンを灯が怪訝けげんそうに見ている。


「おかあさん。この子は?」

「…………」


 いかん。星さんが言葉に詰まっている。俺が言わないと……

「あのな灯……」

「ゆうくんは黙ってて! これは私の責任だから!」

 しゃべりかけた俺は星さんにぴしゃりと制された。

「おかあさん?」灯が不安そうに星さんの顔を見た。


「あのね……灯。ううん、言い訳はしないわ。

 この子はね……私とゆうくんの子供なの!」


「!」その瞬間、今度は灯がフリーズした様だった。


 そんなに長い時間ではなかったと思うが、じりじりとした静寂が時を刻んだ。

 そして一瞬間をおいて、灯が立ち上がって叫んだ。


「何よそれ!」

「灯……言い訳はしない。許しも請わない。

 でも信じて! 私とゆうくんは本気で愛し合ったの。

 男と女として本気で好きになったの……」

「……ふ、ふざけないでよ! あんた母親でしょ! 何、娘の彼氏寝取ってるのよ! 信じられない……」


「灯、まずは落ち着いてくれ……な!」俺もたまらず声をかける。

「うるさい、ゆうたの馬鹿! あんたも同罪よ! 何、人の母親に手を出してるのよ……人間として恥ずかしくないの? もう、何よこれ。なんで私今まで生きてきたんだろ……。

 これじゃ、あのまま盗賊のおもちゃにされてたほうがマシだったんじゃない? 

 いいわよもう……私これからも一人で生きていくから!」

 そう言って灯は走り出して行ってしまった。


 俺が追いかけようとしたが、プルーンがそれを止めた。

「どんな会話だったかは大体想像がつくわ。ここはあんたじゃだめよ。私が行ってくる」そう言ってプルーンは、灯を追いかけて林の中へ入っていった。


 星さんは脱力して地面にぺったりと座り込んでしまっている。

 俺はかける言葉もなく、後ろから優しく抱きしめた。


「ゆうくん……私たち、やっぱり間違ってたのかなー……」

 今にも消えてしまいそうな声の星さんに向かって俺は言った。

「いいえ。間違ってはいなかったと思います。

 花梨を見てやって下さい。あの子の存在は間違いですか?」

「ううん、違う……絶対違う!」

「俺もそう思います。なので時間はかかるかも知れないけど、今までの事をちゃんと灯に話していきましょう。まあ、許してくれるかどうかは置いておいて……」

「……そうだね……」


「それに、もうすぐ帰還の道が開けるかもしれないってところで、灯まで現れたんです。これが神様の祝福じゃなければ、なんだってんですか!」

「はは、そうだね! なんか、ちょっと元気出てきた。プルーンちゃんの事だから引きずってでも灯捕まえてくるだろうし、晩御飯の支度しなくちゃね」

 そう言って星さんは、花梨を抱えて家の中に入っていった。


 ◇◇◇


 星さんの見立て通り、プルーンは灯を引きずって戻ってきた。

 だが、灯はすっかり自暴自棄になっている様で、こっちの顔を見ることもしなければ、何も話さない、食事もとらないといった状況で、まあハンスト状態だ。

 だが、原因は俺にある。現実とちゃんと向きあわなければと、反応のない灯に声をかけ続けた。

「灯。とにかく何か食べなさい。何をするにしても何かお腹に入れなきゃ」

 星さんも声をかけるが反応がない。


「ふう」プルーンがやれやれと言う感じで立ち上がったかと思ったら、灯の顔をいきなりグーで殴った。

「おい、プルーンいきなり何を……」

 俺が駆け寄るが灯はそのまま横倒しになっている。

「ゆうた。この駄々っ子に言ってやって。甘えんな。苦しかったのはお前だけじゃないって」

「いや、それ俺が言ったら……」

「馬鹿! 通訳しますって先に宣言しろ!」おお、プルーンも戦闘モードだ。

 俺はプルーンの言うまま、灯に話を伝えた。


「うるさい。お前だっていい人ぶって私を助けて、実際おかあさんとゆうたがくっついていること内緒にしてたでしょ。ふざけんな」

 それをそのままプルーンに通訳した。


「だから自分だけ被害者面するなって。あんただって今まであかりママとゆうたがどれだけ苦労して来たか知らないじゃない! はたから見てても、あれで愛が生まれない方がおかしいくらい、二人で必死に努力してたのよ!」


「…………でも、おかあさんとゆうたは二人いっしょだったのに、私は最初からひとりぼっち……」

「まあ確かに二人いる事でお互いに支え合えたのはあったかもね。

 でもゆうたは仮に一人だったとしてもちゃんと頑張ったと私は思ってる」

「なによそれ」

「だから、あんたは何か努力をしたの? 現状をなんとかしようとか、言葉を覚えようとか」

「そんなこと出来るわけないじゃない! 生きるので精いっぱいだったのよ!」


「プルーンちゃん、もうやめて!」

 星さんが灯とプルーンの間に割って入った。


「私が悪かったの。灯がそんな事になってるなんて全く想像出来なくて……こっちでゆうくんと必死にやってたら、少しはいい思いしていいかなって……ほんと、母親失格だよね」

 そう言って、星さんはポロポロ涙を流した。


「灯。俺も何か言える立場じゃないが……もうすぐ元の世界に戻る算段がつくかもしれないんだ。そうしたらお前も一緒に帰ってくれよな。元の世界ならお前も普通に生活できる。

 俺は許してもらえんでもいい。

 お前の眼の前からいなくなるから、星さんとは仲良くしてほしい」


 それから灯は、まただんまりになったが、翌朝の食事はちゃんと取ってくれた。


 ◇◇◇


「それじゃ、私は軍事使節の人達と打ち合わせしなくちゃならないから行くね。何かあったらミハイル様の館に呼びに来て。

 まあ、あの様子だと時間はかかりそうだけど、そのうちまた口きいてくれるようになるんじゃないかな。でも当面あんたがあんまりそばにいないほうがいいかも。

 親子の絆は多分男女の絆より強い?」

 プルーンが俺を叱咤する。

「ああ、そうだな。それに、この騒ぎですっ飛んでいたが、俺も早くシステンメドルと話をしないとな」


 その後、とりあえず二三日様子を見ていたが、灯が暴れたり逃げ出したりする気配はなく、いつも部屋の隅でぼーっとしてはいるが、三食はちゃんと食べるし、たまに花梨にちょっかい出したりしている様なので、大丈夫だろうと判断し、俺はいよいよシステンメドルとの面談に臨む事にした。

 面談は、ミハイル邸の一室で行われ、ビヨンド様が立ちあってくれた。


 システンメドルがゲートの仕組みについて説明を始めた。


「ゲートはもともと自然発生する。人間がそれに落ちてこちらに来る事象はかなり昔から知られていた。私は学問的興味からそのゲートを人工的に生成できないかの研究を始めたが、ゲート自体の生成にはものすごく大量のマナエネルギーが必要な事が分かった。それでゲートそのものを作るのではなく、自然に出来たゲートを利用しようという考えに至った」


「それが実現したと……」

「そうだ。最初成功したのは、確か……ソンツーとかいう人間の時か。その時初めて実験的にゲートの固定に成功し、私があちらの世界を往復し、彼をこちらに連れてくる事が出来た」


「それでゲートを軍事利用しようとして俺の家の近くにゲートを固定したんだ……

 あの時の地震ってそのためだったのか?」

「ゲートを固定する過程で、空間から無理やりマナを凝集させるからな。それで次元振動が発生するが一過性だ。もともと軍事利用は私の考えではなかった。

 ちょっと前、一部で人間の能力や技術をもっと活用すべきという意見が具申され、軍がそれを受け取った。最初はまったく相手にされていなかったが、私の実験が成功したことで流れが変わり、軍からの資金援助を受け、人間界の技術や兵器その他の蒐集、鹵獲ろかくそして最終的には支配下に置こうというのが軍の目論見


という事は、うまくいかなかった?」

「ゲートの固定には成功している。あちらの世界との往復は可能だ」

「それじゃあ! 俺達は元の世界に帰れるのか?」

「その答えはイエスでありノーだ」

「何だよそれ。わかるように説明してくれ」


「人数が限られる……軍事利用にたどり着いていないのもそれが理由だ。

 お前たちの世界では、大気中のマナが圧倒的に少ないのだ。ゲートをくぐった先で魂から肉体を実体化するには、多量のマナが必要になる。ゲートが開いてすぐなら、周りのマナが、まあそれなりにあるので何十人かはこちらから行けるだろう。だが、行き来を繰り返しているとそれがだんだん枯渇して、最終的にはこちらから行けなくなるのだ。そうなると、あちら側にマナが溜まるのを待つか、別のゲートを固定するかという話になる」


「魂の実体化? それって一回死んじゃうって事か? 

 それに俺がくぐったゲートはもう打ち止めの可能性もあるって事なのか?」

「死ぬというのとはちょっと違う。魂自体は無くならないからな。物質としての肉体だけが再構成されると思った方がいい。魂に依存しない物質はそのまま通過するが……だからタグ無してゲートに飛び込んだお前がこちらの世界で正しく実体化された事自体、少々驚いている。まあ自然現象での転移のような機序をとったならありうるが。

 それと使用回数の件だが、こればかりは実際にゲートにいって、計測器で見ないとわからない。こちら側のゲートは王城内にあるが、今の私は近寄れない」


「最後にいいかな? 仮に回数打ち止めだったとして、どのくらい寝かせれば、そのマナは溜まるんですか?」

「そこはまだデータが少ないのだが、一人送るのに数年と言ったぐらいか……だから急ぐのなら新しいゲートを探した方が早いかも知れない。だとしてもゲートの固定に莫大なエネルギーと費用が必要になるがな」


 なるほど、大体わかったぞ。要は王城にあるゲートまで行ってみて、残り回数があればOKということだ。逆にあっちからこっちに来るのはあんまり問題なさそうだ。

 だが、どっちにしろ王城内となると……姫様に王様にでもなってもらわないと、入れないだろう。


「あと、老婆心ながら言っておく。私を消そうとした連中は、ゲートも破壊するかも知れんぞ。私以外の研究員もどうなったか分からないし……そうなったら帰還は不可能だろう」

 なんてこった。そんなに悠長に構えてもいられないってか。もしかしてもう壊されちゃったかもしれない。そんな俺の慌てた顔を見ながら、システンメドルがわずかにほほ笑む。


「ふっ、だが多分まだ大丈夫だ。上の連中は、いざという時の亡命用にゲートを確保するだろう。そのように私が仕向けてきたからな……それで私がいなければゲートが使えないぞという保身の予定だったのだが、何をとち狂ったのか、連中私まで狙って来たのだ。だから、ゆうた。これは取引だ。王室や政権がどっちに転んでも私の身の安全を保障しろ。その代わり私は、もしお前がゲートの前にたどり着けたなら、その操作を責任もってしてやろう」

「……ビヨンド様、こう言ってますが、これ俺が返事するところじゃないですよね」

「いいんじゃない? 主人には私が話通しておくから……」


「それじゃ、システンメドル……さん。過去の遺恨はあるけどここで一時休戦だ。

 なんとかゲートのところまでたどり着けるよう頑張るんで、その時は宜しくお願いします」


 これで俺の目標は定まった。


 元の世界に帰りたいもの達を、システンメドルといっしょに王城内のゲートまで連れていく事。これは結構姫様頼りなのだが、姫様の勝利が確定してしまうと敵は亡命してゲートを破壊してしまうかもしれない。

 結構ムリゲーぽいが、今までもみんなで力を合わせて何とかして来たし……。


 そうだな。まずはプルーンに相談だ。





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