第44話 合流

 テシルカン男爵のところを出発して約ひと月。もうすっかり年末になっている。

 戴冠式はもう済んでしまったのだろう。

 だがここで慌てる必要はない。

 じっくりと力を集めていけばよい。姫様はそう考えている様だ。


 プルーンも、灯の事情がいろいろ分かってちょっと安心したのか、あれ以降体調を崩す事もなく、程よい緊張を保てている。

 そして道が下りにさしかかり、この山を下り切れば、目指すライスハイン領だ。

 ここまで来れば敵に襲われる心配はほとんどない。


 数日して、ライスハイン卿の館が見えてきた。

 馬車が屋敷の前に横づけされ、姫様が降りようとした時、遠くから声がした。


「ひめさまぁ―――――――!」

 クローデル様だ。ご無事そうでなにより。


「ああ、姫様ぁ。計画通りとはいえ、馬車で二か月も……でもご無事で何よりです。プルーンさん。あなたもご苦労様……で、こちらの方は?」

「ああ、こちらはともりと言って、姫様がコーラル領で雇った人間のメイドです……で、ご内密にお願いしたいのですが、この子、ゆうたの知り合いです」

「まあ、ダーリ……んんっ、ゆうたさんと? それではそちらの方も労わなくては」


 ん? 今、ダーリンって言った? いぶかしがるプルーンの両肩を押しながら、クローデル様が一行を屋敷に招き入れた。

「さあさあ。積る話もございますが、まずはゆっくりおくつろぎになって、それからこれからの事をお話しましょ!」


 そしてプルーンは、ここで初めて風呂というものに入った。姫様はプルーンと一緒に入りたがったが、クローデル様に、ここからは衆目では上下関係にも気を付ける様にと指導され、しぶしぶ、侍女たちを伴ってで入られた。


 プルーンは灯といっしょに風呂に入っているが、シャワーの使い方ひとつ見ても、長い髪を手際よく洗っていたりして、灯のほうが風呂に慣れているように思える。そう言えば、イルマンの宿で、ゆうたがシャワーの使い方教えてくれたっけ。

 あっちの世界ではこういう贅沢が普通なのかしら。

 それにしてもこの寒い時期に、これはやばいわー。

 そう思うと、エルルゥではないが自分もちょっとあっちの世界に行ってみたい気もした。


 その夜は、ゆっくり食事をし睡眠をとった。

 そして数日後、ライスハイン卿も出てこられ、作戦会議となった。近隣の諸侯も来ているようだ。プルーンは諸侯の会話に耳を傾ける。


 戴冠式自体は無事終わった様だが、参加しない諸侯も多く、アロン新王は従わない諸侯への討伐遠征を計画し始めている様だ。しかし、彼の手持ち戦力は王都軍とアスナバル公爵の私軍であり、数こそそれなりだが、王都軍はそもそも王都防衛用の軍であり、遠征には向いていない。公爵軍も領地から駆け付けるのだが、この冬王都に来ていなければ来年の冬までは王都まで来られない。農繁期には兵を集められないのだ。


「それで我々の作戦だが、田植えが過ぎたら、近隣諸侯の連合軍で王都を囲んでしまい、公爵軍と王都軍を分断。そして我ら大規模領主たちが王都軍と雌雄を決する構えで進めば、敵は降伏せざるを得ないと思うのだがどうだろうか?」

 ライスハイン卿の言葉に、諸侯がそれぞれ意見を言っていった。


「概略はそれで問題ないと思います。我らがその形で決起すれば、日和見の諸侯も追従するでしょう」

「しかし、国葬の際、臣従を強制されたものもいます。それらはどうされますか?」

「我々に刃向かってくるなら敵だが、動かないだけなら、すぐさま王子に対する裏切りとはならんだろう。まあ彼らのためには、破戒の呪いが発動する前に王子を抑えるのが安全策かな」

「では、その方向で協力の説得を……」

 ………


「それでは、来年の夏。前線基地は……ミハイルさんのところだな。遠征軍が出るとなると最初に狙われるのもあそこだが……そうならんように、王都の周辺諸侯にも援軍などの協力を要請しよう。皆、準備を怠らない様に」


 作戦会議がまとまり、ライスハイン卿の音頭で、参加した諸侯が歓声をあげた。

「王国とアスカ女王の未来に!」

「おおーーーーーーーーーー!」


 ◇◇◇


「ああ……とうとう御神輿おみこしに乗っちゃいましたね。ぷるちゃんとも今までみたいにベタベタ出来ないのがちょっと残念。でも、これは私が最初から背負った宿命のようなものですから、覚悟は出来ています」姫様が寂しそうに言う。

「姫様。ご安心下さい。私はどこにも参りません。最後までお側におります!」

「ありがと、ぷるちゃん。でもね、ここはちょっと間をおきましょ。まだ進軍まで数か月あるし、私もライスハイン卿に付いてもう少し、王としての勉強をしないとなりません。

 ですから、ぷるちゃん。あなたはともりを連れてゆうたさんのところに行って下さい。これは命令です。そして来年の田植え時期にイルマンで会いましょう」


 しばらく考えた後、プルーンが答えた。

「姫様……ありがとうございます……私、必ずイルマンに参ります」

「うん! その時はこっそりゆうたさんも連れてきてね!」

「へっ?」

「あれー、約束忘れちゃった? 王様になる前に、ちゃんと男女の行為も復習しておかないと……って、はは、冗談、冗談……」

「冗談に聞こえなかったです……」


 今回の作戦会議の内容をミハイル卿に伝えるための馬車がイルマンまで出るということだったので、プルーンと灯はそれに乗せてもらう事になった。イルマンから王都までは、上屋敷への定期便でも商会の便でも何でもあるだろう。

 こうしてプルーンと灯は、雄太と星に会うためイルマンへ向かった。


 ◇◇◇


「なんだと! アスカが王位継承を旗印に決起しただと!」

 アロン新王の怒声が王城に響き渡った。


 昨年末、戴冠式をつつがなく済ませ、新王になった最初の新年の祝辞をこれから述べようかというタイミングでの一報だった。


「どういう事だ。コーラル卿はこちらに内通していたのではないのか! 

 しかも、単に逃げているだけではなく、私に刃向かおうというのか……。

 誰が後押ししている?」

「どうやらコーラル卿は姫を取り逃がしてしまった様です。多分今頃はこの決起の首謀格の一人、ライスハイン卿のところかと……」ナスキンポス将軍が説明する。

「ライスハインだと! ナスキンポス将軍。すぐにライスハイン領へ追討軍を送れ! これは明らかな反逆だぞ!」新王はますます激高していく。


「新王……すぐは無理です。まずは友軍を集めなければ……王都を空にするわけにも参りませんし……」

「ふざけるな! では、叔父上の軍を至急寄こして下さい!」

 新王がアスナバル公爵に詰め寄る。


「まてまて新王様。我が軍も王都までそれなりに日にちがかかります。今兵を動かしても直ぐという訳には……」

「くそ、どいつもこいつも……それでは、至急周辺の領主から兵を集めよ。従わなければそいつも反逆者とする!」

「はっ、至急手配いたします」そう言って公爵と将軍は下がっていった。


 新王は椅子に腰かけ、瞑想を始める。


 俺が嫌で逃げ回っているだけだと思っていたが、まさかそんなとんでもない事を考えていたとは……日々肉欲に溺れてというのも、そんな想像をさせないための偽装だったのかとも思える。俺はアスカに対する認識を改めねばならんな。


 それにしても、どうする? 俺でさえ想像していなかったこの事態をあのボンクラ叔父と将軍が予想していたとは考えにくい。どうせロクな準備もないのだろう。幸いな事にヨウモ兄様の命は奪っていない。いっそ兄様と和解するか? 

 いや、それはだめだ。自分は意地でも王であり続けねばならないのだ。

 結果はどうあれ王として反抗勢力と対峙しなければだめだ。

 ライスハインが攻めてくるとしても、王都近郊なら王都軍をそのまま使えるだろうし、それに出来うる限りの兵力を集めてぶつかれば、活路はあるのではないか。


 そこまで考えをまとめて新王は椅子から立ち上がった。

「それでは、これから新年の祝辞を述べるとしよう」


 ◇◇◇


 新王の前から下がったアスナバル公爵とナスキンポス将軍は、別の部屋で相談をしていた。


「将軍! ライスハインを打ち破れば我々の完全勝利だ。

 王都軍には死力を尽くしていただきたい」

「公爵様。それはもちろん。ですが、王都近郊ならいざ知らず、ライスハインのところや他の諸侯まで制圧するとなると、公爵様の私軍無しでは立ちゆきません」


「ふーーーーーー」二人で同時にため息をついた。


「で、どうなのだ将軍。実際勝てる見込みはあるのか?」

「いや、今の時点でははっきり負けた訳では……しかし、負けた時の準備もしておかないとと言うところでしょうか……」

「逃げる先という意味かな?」

「いやいや公爵。私も軍人の端くれですから逃げる前提でのお話は……でもまあ、例のプロジェクトクト絡みで帝国側にもいくつかチャンネルがございますので、いろいろ利用は出来るかと。あっ、もちろん。公爵様も帝国側においでいただく事になんの支障もございません」

「くそっ。しかし何にせよ帝国の力を借りるとなると、例のプロジェクトの事は表に出ない様にしないとまずいのではないか」

「そうですね。万一、新王が失脚した後で全容が表に出たら、帝国側も怒るでしょうね。それで、公爵様。そのプロジェクトの事なんですが……」

「なんだ、まさか人間の世界に亡命するとか言い出すなよ」

「いえいえ違います。あとくされのないように関係者全員始末してしまったほうが……」

「ああ。それはそうだな。それは将軍にお任せしよう」


 そうして二人は、自分たちの身内や財産を早めに帝国に移す算段を始めた。


 ◇◇◇


 俺は結局、トクラ村に向かうあごひげさんのキャラバンといっしょに、年が明けてからイルマンに着いた。

 そこでシャーリンさんにも会え、王都脱出時の自慢話をさんざん聞かされたが、数日して、シャーリンさんはキャラバンと一緒にトクラ村へ向かっていった。


 そして俺は、ミハイル様から、姫様が王位継承を目標にライスハイン卿の後ろ盾で決起したことを教えてもらった。クローデルさんが言っていた事が実現したのだ。

 ゲートの事やシステンメドルの事もお伝えしたのだが、申し訳ないが姫様の件が優先でと、対応を先送りにされた。


 俺は、ミハイル様にイルマン郊外の小さな一戸建てをあてがってもらい、そこで家族と生活している。


「えー、それじゃ。今年の夏くらいに戦争になるかもしれないの? 

 ここ大丈夫かしら」星さんが不安そうに俺に言う。

「いや、どうなるかミハイル様もまだよくわからないらしいんだ。近いうちにライスハイン卿の軍事使節が来るだろうとは言ってたから、いろいろわかるのはそれからだな」

「そっかー。でも王都も危ないよねー。メロンちゃんとエルルゥちゃんもこっちに疎開してもらおうか? いっそ、あごひげさんのキャラバンでトクラ村に避難したほうがよかったかもね」

 確かに、星さんと花梨はそうしたほうが良かったかもしれないが、いまさらだな。


 特に決まった仕事もせず、たまにミハイル様の用事で使い走りをしたり、狩りに付き合ったりして過ごして、しばらくたった頃だった。

 ミハイル様からすぐに館に来いと夜中、至急の呼び出しがあった。

 館について案内された部屋に入ったら、見知らぬエルフ男性がいた。


 いや! 見知らぬ……ではない。俺はこいつをよく知っている!


「システンメドル!」


 そう、そこにはあのゲートのエルフ。システンメドルがいたのだ。


 一瞬頭の中が真っ白になり、俺は思わずとびかかりそうになったが、ビヨンド様が羽交い絞めにして俺を止めた。


「ゆうたさん。落ち着きなさい。この人はもう逃げも隠れもしないわ!」

 そう言われて俺も正気に返った。

「ですが、ビヨンド様。どうしてこいつがここに!」

「まあまあ、まずは座りなさい。ゆうたさん」ミハイル様が部屋に入ってきた。


「彼はここへ逃げ込んできたんです。

 どうやら軍はゲート研究の関係者の口封じを始めたらしい。

 それで彼は命の危険を感じ、ここへ助けを求めて逃げてきたという訳です」

「あ……」確かに、顔も髪も服もぐしゃぐしゃだ。

 必死に逃げ込んだのは間違いなさそうだ。


窮鳥懐きゅうちょうふところに入らずんば……とも言いますし、ゆうたさん、ここは一旦、彼を保護しましょう。そして、彼も君も、気持ちが落ち着いたところで話し合われてはいかがでしょうか?」ミハイル様の言葉に、俺も多少落ち着きを取り戻した。


「システンメドルさん。この人間はゆうたさんと言います。

 なぜこの人があなたの名前を知っているのか。

 それを聞いたらあなた、ビックリすると思いますよ」

 そう言いながら、ミハイル様はシステンメドルを奥の部屋へ連れていった。


 ミノワさんがお茶を持ってきてくれたが、俺はそこでしばらく呆然としていた。

 ビヨンド様が話掛けてきた。

「ビックリしたと思うけど、これはあなたにとってラッキーだと思うわ。うちの旦那も姫様の事で手が回らなかったのに、向こうからやってきたのよ。

 これはもう神様があなたに味方していると考えた方がいいわ」

「そうですね……」


 家に帰りその事を星さんに話したら、星さんもビックリしたのだが、ビヨンド様と同じ様な事を言った。

「よかったんだよ、ゆうくん。軍事研究所なんて全然手の届かないところの人が、目の前に出てきちゃったんだから。いい方に考えようよ!」


 そうだよな。俺はなにを呆然としているのだろう。長年の苦労が報われ様としているんじゃないか。そしてその夜、俺はなにかモヤモヤしたものを払拭するかのように星さんと何度も何度も愛しあった。


 二日後、システンメドルの体調も精神状態も安定したので、館で話し合ってはどうかとミハイル様が使いをよこした。


 俺はすぐに館に赴き、途中、話す順番を整理しながらいろいろ考えていたが、館に着いたら、館の前でなにか人だかりがしていた。

 大型の馬車のようだ。誰かお客様でも来たのだろうか。

 そう思いながら玄関に近づいていったら、後ろから声がした。


「ゆうた!」


 振り返ってみると……そこにはプルーンが立っている!


「えっ? プルーン? お前どうしてここに……あ、そうか。ライスハイン卿の軍事使節か! 姫様もいっしょなのか?」

「ううん。姫様はライスハイン卿のところよ。

 それでね。私はこの人と来たの……」

 プルーンに導かれて、メイド姿の女性が前に出てきた。


「え?」その顔を見ても俺は、一瞬誰かは判らなかった。


「……ゆ・う・ち・ゃ・ん? …………ゆうちゃーん!」

「えっ、えっ? 灯? 灯なのか!」

「うわー、よかったー。ようやく会えたー!」

 そう言って灯が俺に飛びついてきた。


「灯って……プルーンこれは一体……」

「ああ、手紙見てないんだ。そうか、私、王都に出しちゃったから……あんた、ずっとこっちだったの? 以前手紙に書いた、山にいた人間って……灯だったんだよ!」


 ああ、そうか。灯……こっちに来てしまっていたんだ。でもまさかプルーンに助けてもらっていたとは……そうだ! 星さんにも早く知らせないと! 俺はシステンメドルの事などすっかり吹っ飛んで、灯とプルーンを急いで俺の家に連れて帰った。




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