第43話 流浪

 コーラル伯邸を脱出したアスカ姫とプルーンの馬車は、そのまま北東方面に進んでいた。隣国への最短ルートだ。


「このまま隣国に入れば、さすがのコーラル卿もそうそう追っては来られません。領地侵犯になりますからね。こういう時、小領主制って便利ですよね!」

 なんだか姫様は楽しそうだ。


「ともりさん、お茶を入れて下さらない?」

 姫に言われて、ともりが「おちゃ」と言いながらハーブティーを手渡した。

 こうなる事を予見していたのか、今日、姫様は馬車の御者を民間で手配していた。なるほど、それで灯も無理やり連れてきたんだ。


「姫様。さっきのお話ですけど……今までの私との痴態は、コーラル卿を試しておられたのですか?」

「やだー、ぷるちゃん。私のあなたへの愛情は本物よ。ただ、趣味と実益が合致したというか……まあ、あのお方……コーラル卿はこれで何にも出来ないわ。私とアロン兄様のどっちに札を張ったらいいか、今のあの人では判断出来ないでしょう……。

 それで、ぷるちゃん。当面の目標は、クローデルさんの御実家、ライスハイン伯爵領に逃げ込む事だけど……ここではっきり言っておくわ。

 私の最終目標は、兄達にとって代わって王位を継ぐ事です! 

 そうでないと、この国の屋台骨が揺らいでしまいかねないの。

 だからぷるちゃん、最後まで力を貸して!」

「は、はいっ。それはもちろん!」


 そうは言ったもののプルーンは驚きを隠せない。この姫様、いつからそんな事を考えておられたのか……今思えば、クローデル様はじめ、姫様の支持勢力の人達は、多分そこが目的だったのだろう。


 不安そうな灯に、プルーンが告げた。

「あかり。ゆうた。あう。いく」

「はい!」灯にも目的は伝わったようだ。


 夜中に領地の境界線を越え、隣国に入った。予定経路はすでにクローデル様と姫様で打ち合わせていた様で、各国ごとに逃走の準備もそれなりになされている様だった。

 明け方近く、小さな町の駅逓に到着し、そこで馬車を替え、コーラル伯領から同乗していた使用人たちもここで返した。こうして、馬車を乗り継いでライスハイン領を目指すのだが、全行程二か月ほどの予定だ。

 ただ、アロン王子の檄文が各国にすでに届いていると思われ、当初とは異なる立場をとっている領主もいるかも知れない。護衛はプルーンのみであり、責任は重大だった。


 そんな緊張感の中で旅を続け、ひと月ほどしてプルーンが体調を崩した。


「ひどい熱ね。これは、ちゃんと休養して医師かヒーラーに診てもらわないと……。

 御者さん。この辺はどなたの領地ですか?」姫様の質問に、御者が答えた。

「ここいらは、スーベルト男爵領ですね」

「スーベルト男爵? あまり聞いた事がないような……」

「まあ、ちっこい国ですからね。でも領主様は穏やかな方ですよ」

「そうですか。プルちゃんがこの状態では背に腹は代えられません。

 その御領主様にすがってみましょう。

 危ない様なら、必死で逃げるしかないですがね。

 御者さん。御領主様の所に立ち寄りたいのですが」

「了解しやした。なに、ちっこい国です。お館までここから二時間位でさあ」


 灯がプルーンの額に、濡れタオルを置いてやっている。

「姫様……私のせいで、いらぬリスクを……申し訳ありません」

「大丈夫よ、プルちゃん。

 男爵さん位なら、私に、ははぁって平伏してくれるわよ!」


 男爵邸の近くに着いたが、直ぐに逃げられるよう、馬車をちょっと遠くに止め、姫様一人で館に赴かれた。危なそうなら馬車まで走って逃げてくるおつもりだ。

 プルーンは相変わらず熱で周りがグルグル回っていて、立つ事すらままならない。

 そうしているうちに、姫様が駆け足で戻ってきた。

 ああ、これ、逃げなきゃいけないやつ?


「ぷるちゃん、ぷるちゃん。大丈夫。安心して! 

 ここの御領主様、あなたがよく知ってる人よ!」

 えっ、男爵に知り合いなんかいないけど……だが、屋敷について合点がいった。

 スーベルト男爵領の御領主様はあのテシルカンさんだったのだ。

 プルーンはお会いした事が無いが、ゆうたが必死に探していた人だ。

 王都で一緒に住所尋ねったっけなー。

 安心したら気が緩んだのか、プルーンはそのまま気を失った。


 次に気が付いたとき、プルーンは暖かなベッドの中だった。

 そばで灯が看病してくれていたのだろう、濡れタオルを手に持ったまま、うたたねしているようだ。どうやら熱も下がっている。なにか治療をして下さったのだろう。

 ベッドの中でしばらくうとうとしていたら、姫様が部屋に入ってきた。

「ああ、プルちゃん。よかった! 熱も下がったみたいだね」

「ああ、姫様。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした」

「いいって、いいって。それでね……テシルカンさんともいろいろお話したよ。

 ゆうたさんとも会えたみたい」

「ああ、それじゃ……」


「……だからね……ゆうたさんとあかりさんとともりの関係については触れないでくれって、予め頼んどいた」姫が小声でささやいた。

「あの人、念話が使えるのよね。これで灯の事いろいろわかると思うよ。

 私も先を急ぎたい身ではあるけど、また無理してプルちゃんに熱出されても困るし

……テシルカンさんはミハイル卿とも通じている様なんで安心だし……少しここでゆっくりしよ!」


 二日後、プルーンは全快し、姫様や灯とともに、テシルカン様と夕食を共にする事になった。


「まさか、ここで姫様にお目通りがかなうとは思っておりませんでした。これも神のお導きでしょう。私もこんな小国の若輩領主ではありますが、今ここで王権をしっかりしないと国が危ういと憂慮するものの一人です」

「スーベルト卿。この度は突然の申し出に手を差し伸べていただき大変感謝しております。今しばらくご厄介になりますがご容赦を」

「テシルカンでいいですよ。家の名前は堅苦しくていけない。もともと貴族の三男で領地を継ぐ予定はなかったため、以前は王都で勤務していたのですが、兄達が続けて病死してしまい、ここの領主に収まった次第です」


 その後、今回の王位継承問題などの情報交換を一通り終え、いよいよ灯の話になった。テシルカンが念話で灯と会話したところによると、灯は、雄太と星がゲートに落ちてから余り時を置かずに、こちらに連れて来られたらしい。

 首謀者と思われるエルフの名前は確か……システンメドルだったと思うとの事だ。


 そのシステンメドルにこちらの世界に連れて来られ、牢獄につながれ、人間社会の色々な事を尋問され、一通りの尋問が終わったのち奴隷商人に売られ、何回か主人が変わったりして、最後は役立たずとして放逐され、山野をさまよっていたところを、あのバーナム一味に拾われたらしい。そしてそこでも奴隷扱いだったのだ。


 あまりに哀れな境遇で、プルーンは眼に涙を浮かべながら灯を強く抱きしめた。

 ただ、母親と雄太はゲートに落ちて死んだと聞かされていたのに、それがこちらの世界で生きている事を知り、とてもうれしいし、早く会いたいとの事だった。

 また、雄太が懸命に自分の世界に帰還する方法を探っている事も、灯には頼もしく思えている様だ。


「ゆうた m&rd◇s=¥2!/4」

「テシルカン様、灯は今なんと?」プルーンが質問した。

 テシルカンは、ちょっと言いづらそうに間を開けてからこう言った。

「ゆうたは、私と将来を誓い合った仲なのです……と」

 姫様とプルーンはお互いの顔を見合わせ、ちょっと下を向いてしまった。


 灯には、テシルカンに姫様の今の状況と当面の予定を伝えてもらい、まっすぐにあかりとゆうたのところへは行けないが、必ず再会させると約束し、彼女も納得してくれたようだった。


 テシルカンは、アロン王子の事前工作で王都に呼ばれた際、適当にあしらって戻って来ているため、当分王都に行くのは危険で、自領にとどまって備えを固めるおつもりだが、明確に姫様支持を表明してくれた。


 こうして姫様とプルーン、灯らは、スーベルト領を後にし、一路、ライスハイン領を目指し出発した。


 ◇◇◇


 あの日以来、妙にメロンがべたべたと馴れ馴れしい。それって、一発ヤっちゃった女に男が取る態度では……などとも思ってしまうが、まあ、その逆もあるか……いやいや、ヤってはいないからな。


「だから、メロン。俺にべたべたくっついてくるのはやめてくれ!」

「えー、だって気持ちいいもん」

 これというのも星さんがイルマンに行ってしまっているせいだ、などと勝手に人のせいにしていたのだが、エルルゥに言わせると俺の対応に隙があるらしい。

 だが俺としては、可愛い義妹にこのように接されると、なんとも強く出にくい。


 そうしていたら、博物館の人が、例の軍事共同研究所を退職した人とコンタクトがとれたと教えてくれた。これが済めば、俺もイルマンに向かえるかな? 


 一週間後、その人の特徴を教えてもらって、俺は一人で待ち合わせ場所に向かった。ああ、あの人かな。


「あの、アリアンさんですか?」おれは、ちょっと年配のエルフ女性に声をかけた。

「ええ、私がアリアンです。あなたがゆうたさん?

 人間なのに言葉がお上手ですね」

「いえ、恐縮です。王立博物館のソルタイトさんからアリアンさんの事を教えていただきまして……私、軍事共同研究所に勤務されていたエルフさんを捜していまして、もしご存じでしたらと思った次第なのです」

「ええ、伺っていますよ。なんでも似顔絵をお持ちだとか。

 見せていただけますか?」

「はい、これなのですが……」


 そう言って俺は、エルルゥがスマホの動画から起こした似顔絵をアリアンさんに見せた。でもこの似顔絵、ほんとによく似てるな。


「うーん。確かにこれ共同研究所の制服ですね。それにこの人、どこかで……シ? テ? ああ、思い出しましたわ。システンメドル! 私は総務課勤務だったんで、いろんな人と面識だけはあったんです。まあ、研究所にはエルフ自体少なかったですしね。それでこの人今どこにいるのかしら……私が退職する時はまだいらっしゃって、確か空間の移動がどうこうと言っていた様な……ああ、これ軍事機密だっけ!」


 間違いない! こいつがゲート事件の主犯だ!


「ありがとうございます! 名前が分かっただけでも大収穫です。もうアリアンさんも退職されていますし、今の居所まではさすがに虫が良すぎます……」

「ああ、ゆうたさん、ちょっと待って。もしかしたら昔のコネで調べられるかも知れないわ」

「えっ? そんな事お願いしていいのですか?」

「ふふん。本当はダメよ。高度に軍事機密に関わっちゃうし。でもそれで何か分かったとして、人間のあなたにどうこうできる場所でもありませんしね。

 こういうのは、ギブアンドテイクで……」

「と、おっしゃいますと……」言いながら、すごく嫌な予感がした。


「ねえ、あなた。是非一戦、私と交わってみない? 

 人間の男性ってすごいって聞いてるわ」


 うわっ、やっぱりそこか……。なんでエルフ女性ってこんなに奔放なの?

 ええい。だが、しかし……ここまで来たら五人も十人もいっしょだ!

(星さん。俺、どんなに遠くに行っても必ず帰るから……)

 そう心に念じながら、俺はアリアンさんと路地裏に消えていった。


 年配のエルフ女性のすさまじいテクニックに俺は翻弄されたが、その甲斐あって後日、アリアンさんが人づてに手紙をくれ、システンメドルがまだ軍事共立研究所に勤務している事。そしてここ十年くらい、王都軍総司令官のナスキンポス将軍の支援で研究を続けているらしい事も分かった。

 さすがに研究内容までは書けないとあったが、状況証拠からして、こいつが軍の支援の下、あのゲートを開発し、俺の世界を侵略しようとしたのはほぼ間違いなさそうだ。


 だが、この調査は俺としてはここまでだな。いくら何でも軍事共同研究所や王都軍に殴り込みはかけられない。後は、ミハイル様やライスハイン卿の支援をいただくしかないだろう。

 しかし手紙の最後には、アリアンさんの住所が書いてあり「またあおうね」と書いてあった。とほほ、この手紙をそのままミハイル様には見せられんな……


 俺は、状況をメロンとエルルゥに説明し、家族と合流すべくイルマンを目指した。





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