第40話 荒事

 クローデルさんと会った事をライスハイン卿に伝え、彼女からの連絡を待つ事で当面の方針が決まった。 とはいえ、部屋は狭く、食事も庶民の食材しかないため貴族の方々には何とも申し訳ない。


 その夜、ミハイル様が上の部屋から俺の部屋に降りてきた。


「おーい、ゆうたさん。ライスハイン卿も安心されたようで、晩酌をしたいんだそうだ。すまないが、お酒となにかつまむものはないかな?」

「あー、伯爵様。お酒は買い置きがここに。おつまみは、ありあわせのものしかありませんが、何か準備しますね。メロンちゃんも手伝って」

 そう言って星さんが嬉しそうに台所に立った。

「それじゃ、つがい殿。先にお酒だけいただいていきますよ。

 あ、そうだ。ゆうたさん、あなたも付き合いなさい」

「えっ、俺ですか? それじゃ、エルルゥもお酌くらいは……」

「あー、私は花梨みてるわ」

 仕方ないので、俺はミハイル様といっしょに上に上がった。

 なんかこのご夫妻といっしょにお酒とか、緊張以外の何物でもないな。


 やはり窮屈な暮らしにいろいろな不安も重なって、かなり堪えていたのか、久々のお酒が、皆さん染みわたっている様だ。ただ、騒いで軍に見つかったりすると大変なので、そこは自重していただいている。


 ライスハイン卿が俺に話しかける。

「ゆうた殿。すまん。わしは今まで人間という奴はつまらん生き物だと思っていた。だが、どうやら貴公は違う様だ。わしの娘が人を頼りにする姿など想像もつかん……もう、ヤッたのか?」

「ぶー!」俺は口に含んでいたお酒を噴き出した。

「はは、照れんでもよい。あいつは、自分が認めた男としか付き合わん。ましてや親を探してくれなどと殊勝な事を言わせる男なら、さぞや気に入られたのであろう」

 なんか、ミハイル様とビヨンド様がニヤニヤしながら俺の顔を見ている。

「だからー。ゆうたさん、言ったでしょ。エルフなんて一夫一婦だとか言ってても、それだとみんな人生飽きちゃうから、かなりフリーセックスなのよー」

 ビヨンド様酔っぱらてる?


「なにがフリーセックスなのかなー」

 そう言いながら、星さんが出来たおつまみを持って入ってきた。

「うわっ!」俺は焦って飛びのいてしまった。

 星さん、今の会話どの辺から聞いてたのかな。


「おお、つがい殿。申し訳ない。うむ、おいしそうな炒め物だ。

 どうですか。せっかくですから、つがい殿も一献」

 そう言いながら、ミハイル様がコップを星さんに渡した。

「それじゃ、ちょっとだけ……」

 そう言って星さんは、俺の前を素通りし、ビヨンド様とライスハイン卿の奥方様のところに座って、奥様同士で話し始めた。なんか、結構盛り上がってるな。


 小一時間ほど過ぎ、宴会も終了となって、俺と星さんは下の部屋に戻った。


「ふふーん。ゆうくん。私ね。奥方様たちに、あなたも、もっと浮気してもいいのよ! って言われちゃったの。人生楽しまなくちゃって」

「はい? でも、エルフと人間では寿命がそもそも違うし……」

「まあ、そうよね。でもね、私こう答えたの。うちの旦那が一番ですって!」

「はは……ありがとう」

「そしたらね……ビヨンド様が……そうよね。あれはすごいわよねって……」

「!」うわー、冷や汗で全身がびしょびしょになるってこういう感じなんだ……。

 そのまま無言で階段を降り、部屋の前で星さんがクルリと俺の方に向いて言った。


「まあ、こんな世界だし、どこ行ってもいいけど……ちゃんと帰ってきてね」

 くそー。やっぱ、星さん可愛い! 無性にエッチしたくなったが、部屋には当然メロンもエルルゥもいて……俺の禁欲生活はまだ当面続きそうだ。


 三日後、クローデルさんから呼び出しがあったが……またデート喫茶だ……。


「仕方ないじゃない。ここくらいしかゆっくりお話し出来ないのよ! 

 まあ、私としてはお話以外をしてもいいんだけど……」

「いえ、お話をしましょう。それで、手はずは整ったのですか?」

「ええ。王都の中を流れる運河は知ってるわよね。あれ城壁の下で鉄格子経由で外につながっているんだけど、その鉄格子を破壊出来そうなのよ」

「ええ! ということは御父上たちに水泳させるのですか?」

「まさか、父はカナヅチよ……小舟を使うわ。ただ、破壊作業中に警備中の軍に発見される可能性が高いの。そうなると時間稼ぎの荒事が必要なのだけど……誰か傭兵とか用心棒とか引っ張ってこれないかしら?」


「あー、心当たりがあるといえば……でもその場合、その助っ人も当面王都には戻れませんよね?」

「さっすがダーリン。でもその通りよ。これを機に私も王都を脱出するつもりだけど

その助っ人も当面戻れないわね」

 ついにダーリンに昇格したか……でもこれ、シャーリンさんに相談していいのだろうか? だが迷っていても仕方ない。相談には乗ってくれるだろうし。

 そう考え、俺は商会を訪ねる事にした。


 商会では、あごひげさん、フマリさん、シャーリンさんにそれまでの経緯を説明し

協力を求めた。あごひげさんが口を開く。


「やれやれ。ゆうたさんはいつの間に我ら商人の情報網より先を行かれるようになったのでしょうか。そんな事になっているとは露ほども知りませんでした。やはり民間への情報統制はしっかりしているようですね。それにしても王女様を立てるとは」


「ああ、この事はくれぐれもご内密に。

 それとどうでしょう。シャーリンさんをお借りするわけには……」

「そうですね。まあ、王都に居られなくてもミハイル卿の所に居られるなら、キャラバンとしては、さほど痛手ではありません。シャーリンさん、君はどうだい?」


「……何人位必要なんだ?」

「? ああ、助っ人の数ですよね。クローデルさんの試算だと、幅十mの通路に押し寄せてくる軍隊を十分間足止めして貰えればという事ですが、どうでしょうか」

「なんだ、それなら私だけで十分ではないか」

「えー。でも、幅が結構ありますよ。一兵も通さないとか……」

「なにを言ってる。ビヨンド様も数に入れていいだろ。得物なら貸してやる。

 まあお前は王都を出ていけないから使えんがな」

「はい? ああ、そうか。あの人めちゃくちゃ強いですものね」

「ああ、私の師匠だからな。でも、あの人のエッチな指導はゴメンだ……あ、これは冗談ではないぞ! 笑うな!」


 こうしてシャーリンさんの助っ人も決まり、俺はクローデルさんにその事を伝えた。クローデルさんも、他に数人、逃がしたい貴族がいる様で、それらを取りまとめて三日後の夜、いよいよ貴族達の王都脱出作戦が開始された。


 ◇◇◇


 真夜中、俺は、ダウンタウンの脇を流れる運河沿いに、ミハイル様夫妻とライスハイン卿夫妻を案内し、指定の通路までお送りした。俺の仕事はここまでだ。


「それじゃ、ご無事をお祈りいたします。指定の場所でクローデルさんも傭兵さんも待っているはずです。またイルマンでお会いしましょう」

 俺はミハイル様に語りかけた。

「うん。世話になったね、ゆうたさん。それじゃ、近いうちにイルマンで」


 ライスハイン卿も俺の肩を叩いて言った。

「この恩は忘れぬ。そう言えば君はエルフの人探しをしていたんだっけな。今は何もできないが、領地に帰ったら君にもらったメモで調べてみるさ。私の領地はちょっと遠いが、まあ遊びに来てくれ。クローデルも喜ぶだろう」


 別れ際、ビヨンド様が俺に思い切りディープキスをしてきた。

「大丈夫よ。別に死亡フラグ立てた訳じゃないから。

 私とシャーリンちゃんがやって上手くいかないはずないもの。

 それじゃ、ゆうた。イルマンでまた4Pしましょうね」

 そして、ミハイル様一行は、通路の闇に溶けていった。


 ◇◇◇


 物語は、国王が崩御された日の夜に遡る。


 王城内のアロン第二王子の私室で、アロンの叔父にあたるアスナバル公爵と、王都軍の総司令官ナスキンポス将軍の三人が顔を突き合わせ密談をしていた。


 アロン王子が激高しながらしゃべっている。


「くそ! 御父上が亡くなるのが早すぎるぞ! まだまだ準備不足じゃないか。

 叔父上、これからどうすべきでしょうかね!」

「確かに、今のタイミングではこのまま第一王子が王位継承という事で、元老院もすんなり承諾してしまうでしょうな。ここからアロン様が逆転するとなると……大君が亡くなるのが早すぎるのは、第一王子のせいという事にするとか?」

「はは、なるほどな。でも、それで兄上を退けた後どうなる。王城の高官や周辺諸侯は、私に従うのか? そもそも造反者が出ぬくらい力を付けてから兄上とは対峙する予定だっただろう。まったく、軍も大風呂敷を広げた割には、何も進捗していないしな!」


 矛先が変わって、ナスキンポス将軍が顔色を変えて反論する。

「なにをおっしゃる。あの計画はもともと準備に長期間を要するものと、最初からご承知だったはず。それをいまさら……なに、問題ございませんよ。わが王都軍と公爵様の私軍だけでも、それに対抗できる周辺諸侯などほとんど居りません。それに……そうですな。例えば国王の葬儀や戴冠式で王都を訪れる諸侯も絡めとれば、もう我々に刃向かえるものなどいないでしょう」


「だが、まだアスカがいるではないか。

 あれがコーラル卿に担がれてこちらに攻めてくるような事があれば……」

 アロン王子は不安そうに話したが、公爵は笑みを浮かべながら言った。

「それは全く問題ございません。間者の報告では、アスカ姫はお心を病んで実務に耐えられず、日々女官と肉欲に溺れる生活との事です。それを暴露すれば姫についてくるものなど……それに他にも手を打っておりますし、なによりあのコーラル卿ですからね。よほど勝ち確でなければ動かれないかと。あの姫は、かねてからのお望み通りあなたが王位についてから、ゆっくりおもちゃになさるといい」

「叔父上がそこまで言うなら信用しよう。それでは、国葬のタイミングで集まった周辺諸侯も絡めとる方向で作戦を練ってくれ」


 二人が下がった後、アロン王子はベッドに横になり眼を閉じて考え事をしている。


「くそ、何もかも思い通りにならん。王位継承の事も、アスカのことも……叔父上もどこまで本気で私について来ているかわからんし、軍に至っては裏では手を抜いているんではないか? 人間の兵器を大量に調達するなどという絵空事に、どれだけ国庫から払わせられたというのだ。監査して少しでも問題があったら関係者全員処刑せねば……だが、もう少し頑張れば……私が王位に付けさえすれば、皆私を見直すだろう。そして……母上も……」


 アロン王子の母親はそれほど身分の高くない貴族の出であったが、若くして生まれた娘が、子宝に恵まれなかった侯爵家の養子となった。そしてその娘が成長し国王に見初められ結婚。ヨウモやアスカなど四人の子供をもうけた。


(だが、私は……)


 父がどういうつもりで自分の妻の母親に手を出したのか分からないが、自分が生まれた後、記録は書き換えられ、王妃は最初から子爵夫妻がさずかった娘とされた。


 私はいい。別に母親の身分が低かろうが関係ない。間違いなく国王の息子だ。

 だが母は……生まれた娘の存在自体を抹消された。王妃は大分前に亡くなっており、今日国王も崩御した。もはやその裏側を知るのは私だけだろう。だから私が……私の母が王の母親であることを証明しなければならない。ヨウモやアスカが国王ではだめなのだ! そして私がアスカと契れば、その子供は正真正銘、非の打ち所のない王位継承者だ。


「私が国王になったことを、母の墓前に報告するまでは……やってやるさ……」

 そう言いながら、アロン王子は大きなため息をついた。




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