第39話 国葬

 崩御された国王の死因は病死。跡継ぎはヨウモ第一王子とされ、一ヵ月後に国葬、三か月後に戴冠式が行われることが発表された。

 葬儀までの間、王都内は半旗となり、宴会やお祭りは禁止。国民も華美な服装は禁止と、喪中モードになる。


 ひさしぶりの我が家は、特に何も変わった事はなく……いや、花梨のオシメがとれた。日に日に言葉も達者になっていく様で、まさに目に入れても痛くないとはこんな感じなのだろう。


「ぱっぱ。にゅうにゅうちょうらい」

「おお、たくさん飲め。ミルクたくさん飲まないとママみたいなおっきなおっぱいにならないぞ」そういいながら花梨のコップにミルクをつぎ足してやる。

「こら、ゆうくん。子供に適当な事教えないー……でもさ、ゆうくん。国王様のお葬式、あっちゃん姫とかどうするのかしらね。さすがに親のお葬式には来るのかな」

「いやー、今あっち出発しても四か月はかかるし、お兄さんの戴冠式にさえ間に合わないよ。というより、崩御の知らせがあっちに届くのもいつになるのか……」

「そっかー。プルーンちゃんも来るといいなーとか思ったんだけど、無理かー」


 アスカ姫の今と今後の王室内でのお立場はいったいどうなっているのか、庶民の我らにはまったく分からないが、これで第一王子が王様になる訳だから、例の第二王子もそんなにやんちゃは出来なくなるだろうし、そのうちあっちゃんとプルーンもこちらに帰ってくるのかなと、その時は思った。


 やがて、国王の国葬を三日後に控えたある日、俺は人に呼び出されて、王宮近くのさびれた酒場に案内された。そこには、クローデルさんがいた。


「ああ、ようやくお帰りになられたんですね。お元気そうで何よりです」

「ゆうたさん。あなたもね……ともあれ、姫とプルーンは無事コーラル伯爵に保護していただきました。これ、お手紙預かってまいりましたわ」

 そう言ってクローデルさんは、プルーンが書いた手紙を渡してくれた。


「それにしてもこのタイミングで国王が崩御されるとは……お葬式にも出られず、姫様はがっかりなさるでしょうね」

「それでクローデルさん。これで王位継承の話も決着ですし、そのうち姫様とプルーンはこちらに戻って来れますよね?」

「そうですわね、そうあってほしいですわ。そうでないと、私も軍を脱走した裏切者のままですものね。国葬にも戴冠式にも出席出来ません。ですが、あの第二王子の首に鈴が付くまではそうもいかないかと……」


「そうですか……そうだ! クローデルさん。ちょっとご相談があるのですが……」

 俺は、軍事共同研究所に勤務するエルフの情報が入手できないかクローデルさんに相談した。


「うーん。確かにお父様に頼めば出来なくはないでしょうが……今は私も隠遁の身でしょう。表だってお父様の所にいくのはちょっと……でも、まあ。他ならぬあなたのお願いですし、すぐは難しいですが、タイミングをみて接触してみますわ」

「ありがとうございます。この借りはいつか必ずお返しします」

「あら、そんなの今でよろしくてよ……」

「へっ?」


 そう言いながらクローデルさんが俺に抱き着いてきた。周りにいたはずの人はいつの間にかいない。

「ゆうたさん。ごめんなさいね。あなたとイルマンで交わってから、十か月ずっと禁欲生活で……なのに姫様とプルーンさんはいっつもいちゃいちゃしていて……もう我慢が出来ません!」

 あー。これって、ミハイル様の予言? 通りか……にしても、姫とプルーンが?

 俺はそのまま、クローデルさんに押し倒さた。


 ◇◇◇


 家に帰って、みんなでプルーンの手紙を呼んだ。

 星さんもメロンもエルルゥも、とりあえず無事に到着した事を喜んでいた。


 それにしても、人間に会ったとは……やはり山に潜んでいる事が多いのだろうか。行ってみたい気もするが遠すぎる。プルーンからの続報を待つしかないだろう。

 そして姫様は……結構メンタルに来てる様だな。クローデルさんはあんな事を言っていたが、プルーンなりに必死にお支えしているのだろうと思う。これで、国王崩御の知らせが行って、悪い影響がないといいのだが。


 その後、みんなでプルーン宛てに手紙を書いた。花梨が描いたよくわからない絵も一緒に入れた。明日、商会経由で出すとしよう。


 翌日、星さんと花梨といっしょに商会に向かう。多分、あごひげさんもトクラ村から戻って来ているはずだ……いたいた。あごひげさんとシャーリンさんだ。


「おお、ゆうたさん、星さん。ご無沙汰です。あらー花梨ちゃん、大きくなったねー」そう言いながらあごひげさんが花梨を抱っこすると、花梨が思い切り自慢のあごひげを引っ張っている。

「はは、お前の娘は相変わらず元気な奴だな。つがいどのもお元気そうでなにより」

「シャーリンさんもお元気そうでなによりです。そう、それで俺の世界への帰還の件、ちょっと進捗があったんですよ」

 そう言って、俺は軍事共同研究所の話をあごひげさんとシャーリンさんにした。


「なるほど。しかし軍事共同研究所とはキナ臭いですね。素人が手を出しちゃいけません。無理をせず、ミハイル様におすがりするのがよいでしょう。それで、ゆうたさん。キナ臭いといえば、周辺領主達も今かなりキナ臭いんです。ヨウモ様が戴冠を済ませ、第二王子のアロン様がどこかの領地にお移りになられるまでは、一波乱あるやも知れません。プルーンさんの事は後でお聞きしてビックリしましたが、アスカ姫もどう動かれるのか……商人としても役人としても予断を許さない状況なのです」

 我ら下々のものにはあまり関係ない様だが、王室や貴族たちの今後の縄張り争いは活発になっていくのだろう。


「ゆうくん。明日から王様のお葬式の準備で、外出とかも規制されちゃうから、買い物して帰ろ」

 明後日の国葬には、VIPも多数王都に集まるため、一般人の通行が厳しく規制される。病院や警察・消防などを除き、一般の役所、商店や学校は原則休みになる。

 俺と星さんは、二日分の食料を買って、家に戻った。


 そして国葬の前日。

 学校も休みなので、メロンもエルルゥも俺の家で花梨と遊んでいる。

 さすがに、ちょっと窮屈な感じなので、ふらっとアパートの前の道に出てみたら、途端に注意された。


「おい、そこ。今は外出禁止だ。すぐ家に戻れ!」

 あっ、すいませんとアパート内に戻ったが、今のは警察ではなく軍の人だよな。

 気になって窓越しに外を見てみると、町の中の軍人の数が一気に増えたような気がする。いくらなんでも物々しすぎないか。ラジオやテレビもないので、街中で何が起こっているのか知り様もないのだが、これではまるで戒厳令だ。

 こっちの世界の国葬って、こんなにものものしいものなのだろうか。


 だがその後も町は静寂に包まれ続け、時間だけが過ぎていき、国葬当日の朝が来た。


「ああ。もう警備の人達いないねー」星さんが外を見てきてそう言った。

「さすがにダウンタウンをVIPが通るなんてそうそうないでしょうしねー。

 あたし、ちょっと外の空気吸ってくる」

 エルルゥがそう言ってメロンを連れて表に出て行った。

「あっ、俺も行く」

 退屈に負け、俺も花梨を抱えて外へ出た。


 そうは言っても店も開いてないし、散歩だけだな。

 そう思いながら北の大通りの方に歩いていく。昨日あれだけいた軍人たちは全く見当たらない。警備の主体が国葬会場になったんだろうと思っていたら何か人だかりがしている。どこかの店でも開いてるのだろうかと近づいてみると、道の真ん中に大きな立て看板が立てられ、次の様に書かれていた。


『告 王国臣民


 第一王子ヨウモが前王を弑逆しいぎゃくしたため、第二王子アロンがこれを成敗した。

 本日の国葬は、アロンによりつつがなく執り行われる。

 また、王位はアロンが継ぐこととなった。

 臣民はアロンと共に未来へ邁進せよ』


「ゆうた。これって……」メロンが俺にしがみついて来る。

「ああ。この檄文って……クーデターだ! 

 メロン、エルルゥ。お前達は花梨といっしょに家に戻ってじっとしていろ。

 いつどこで暴動や戦闘が起こらんとも限らん。

 俺は、上屋敷に情報を聞きに行ってくる」


 そうして俺は、上屋敷に赴いた。


 ◇◇◇


「あれ、ゆうたさん。だめですよ、家でじっとしていないと!」


 上屋敷に入った俺に、そう声をかけてくれたのはミハイル様だった。

 奥にはビヨンド様もいるようだ。


「ミハイル様。いらしておられたんですか。いや、街中でアロン王子の檄文を見て、何か判かるかと思ってここに来たのですが、これは一体全体どういう状況なのでしょうか」

「どうにもこうにも……多分あの檄文の通りでしょう。今日の国葬出席のため、夫婦で来ていたのですが、このまま会場に入ったら多分ロクな事にはならないだろう。

 下手すると、第二王子に忠誠を誓うまで拉致監禁されるかもしれないですよ」

「なるほど、そうかも知れませんね。それではこれからイルマンへお帰りに?」

「いやいや、多分王都の出入りも今は封鎖されているでしょう。

 とは言っても、ここも安全ではないし……」

「ですが、王子の手から逃れたところで、当然反逆とみなされますよね。

 いっそ忠誠を誓うフリをされるとかではだめなのですか?」

「それが出来れば苦労はしないんですよ。

 忠誠の誓いには破戒の呪詛がセットで付きますので、後日裏切った時点で心臓が止まります」


「あなた! いっそ私が、門番をけちらしましょうか? 

 どうせ白黒はっきりさせないとならないのでしょ?」ビヨンド様が大声で言った。

「いや確かに、第二王子に従わないというのは確定でいいのだが、いくらお前でも、軍の囲みを突破できるとは……それにライスハイン卿もいらっしゃるし……」

 ああ、他にも貴族の方がいらっしゃるんだ。多分緊急でここに避難されたのだろう。


「ああ、ゆうたさん。ご紹介します。奥にお座りの方がライスハイン伯爵とその奥方様。クローデルちゃんのご両親です。卿は、普段から王城勤めで、昨夜異変に気付いてここに入られたんだ」

 奥から、恰幅の良い壮年のエルフ男性がこちらに歩みよってきて、ミハイル様が俺を紹介してくれた。

「ライスハイン卿。こちらがゆうたさんです。人間ですがかなり有能な人物です。

 クローデルお嬢様のご友人でもあります」

「はじめまして伯爵。私はゆうたと申します。クローデルさんは、私のつがいが近衛に務めていた時の上司ということで、面識がございます」

 まさか、セフレとは言えないよな。


「そうですか。それはどうも。しかし、あのはねっ返りにも困ったものです。

 王都のどこかに潜伏していると思うのですが、全く音信不通で……。

 こんな事態なので、手を借りたいものなのだが」

 ああー、この状況では、王城近くのあの酒場にはいないだろうな。

 

 ミハイル様が俺に話かけた。

「ゆうたさん。ものは相談なのだが……私たちを君の家に数日匿まってもらえないだろうか? 姫様もひと月以上潜伏して何もなかったと聞いているので、やはりダウンタウンは奴らの警戒範囲外なのだろう。

 無理は承知で頼むよ! 状況が判明してくれば打つ手もうてるさ」

「いやいや、いくらなんでも狭すぎますって……とはいえ、当面それしかありませんか。不自由なのはお覚悟の上でいらっしゃるという事でしたら、家族に協力してもらいます」


 こうして、貴族四人を連れ、俺は自宅に戻った。

 まったく、俺んちは貴族専用室か?


「ええー! 今度は伯爵ご夫妻が二組?」あかりさんがまた平伏した。

 皆で話合い、メロンとエルルゥは俺の部屋に寝泊まりし、伯爵ら四名にはエルルゥの部屋を使ってもらう事とした。


 王城では、今まさに国葬が執り行われているはずだが、ここからは何もわからず街中は比較的平穏に見える。実際、王室内のもめ事であり、庶民には余り関係が無いのだとも思う。


 翌日、城門が解放されたと上屋敷から連絡があった。ただ、貴族で王都外に出られるのは、国葬に参加したものだけで、参加予定だったのに欠席した者は、その場で捕らえられているらしい。

 第二王子への忠誠を強要していると言うミハイル様の推測は当たっている様だ。


 こうなると、いつ門の警備が緩むのか我慢比べなのかと思っていたら、その夜、また使いの人が俺のところに来た。クローデルさんの呼び出しだ! ライスハイン卿に伝えようかとも思ったが、まず本人の意向を確認してからと考え直し、一人で指定された場所に赴いた。


 って、ここ……なんで、デート喫茶……。

 プルーンにここ教えた同僚ってもしかして……。


「やあ、クローデルさん。ご無事で何より……にしても、なんでこんなところで待ち合わせを?」

「いやだわ、ゆうたさん。私だって、こんなにいかがわしいお店だったなんて……今は、街中のホテルや喫茶店なども監視されていて……昔、近衛の間では、男女が密会するには最適だって……いえ、そんなこと今はどうでもよくてよ。あなたにお願いがあって来ていただいたの。今の城下は私だと動きずらくて、口の固い民間人の手助けが必要なのよ。お願い、私の両親の居所を探ってほしいの」


「ああ、そんな事でしたか。ご心配には及びません。ライスハイン伯爵夫妻は、ミハイル伯爵夫妻とともに私の家に居候されてますんで。それで御父上もあなたに会いたがっていましたよ。王都脱出を手伝ってほしいって」


「なんですって! そうか、姫様の時と同じか。あそこが一番安全なのね……よかった。本当によかった……ゆうたさんは、いざという時、本当に頼りになりますわね。

……なんか安心したら、あそこがムズムズしてきてしまいましたわ」

 そういいながらクローデルさんが、俺の股間に手を伸ばす。


「いやいや、クローデルさん。確かにここはそういうお店ですけど! 

 今は御父上の事が優先では?」

「もう、ゆうたさんのいけず! それじゃあ、今回の事が落ち着いたらいずれ……約束よ!」


 そういいながら、クローデルさんは俺に軽くキスしてくれた。

 そして彼女が今掴んでいる情報をいろいろ教えてもらった。


 どうやら国王は本当に病死だったらしい事。

 第一王子は牢に監禁されている事。

 アロン第二王子とアスナバル公爵、軍のナスキンポス将軍らが主導したクーデターで、王都下の軍は、すべてアロン王子に掌握されているらしい。国葬に参加した近隣諸侯は、アロン王子に忠誠を強制されたが、まだかなりの数の諸侯が王都内を逃げ回っており、軍がその捜索に血道をあげているとの事だった。


「これはどう考えても筋の通らない簒奪さんだつ行為です。でもアロン王子もなぜか焦ったのでしょうね。戴冠式に合わせてクーデターを決行すればより多くの諸侯を絡め捕れたでしょうに」

 そうか、今回の国葬だと一ヵ月以内に王都に来られる諸侯しか捕まえられない。

 三か月後の戴冠式ならより多くの諸侯が参列するはずだったろう。


「とにかく、お父様たちをいかに王都から脱出させ、自領に戻っていただくかですわ。諸侯がおのおの自領で準備すれば、王都軍もそうそう攻めてはいけませんし」

「ですが門のところは軍隊がびっしりで、なかなか厳しいかと……いっそどこかに別の大穴でも開けた方が早いんじゃないですか?」

 俺は半分冗談交じりだったが、クローデルさんは真顔になった。

「……なるほど。それは検討の余地がありそうね。早速地下メンバーと相談してみます。あっ、お父様には心配なさらない様、宜しくお伝えください。必要があれば都度伝令をいかせます」


「了解しました。それでうまくいけば諸侯は第一王子の復権を図るんですね」

「? なにをおっしゃっていますの、ゆうたさん。事ここに及んでは、ヨウモ様ではこの国はまとまりません。私たちは、アスカ王女様の王位継承を望むものです!」


「えっ?」


「うまくアロン様を排除出来たとして、ヨウモ様が再度お立ちになっても、アロン派だった諸侯は従わないでしょう。こうなったら第三の選択という事ですわよ」

 なるほど、アスカ姫が国王になるのが、ヨウモ派もアロン派も納得する妥協点というわけか。


 でも、あの姫様で大丈夫なのか? 

 最近、プルーンと百合百合らしいし……って、そうなったら、俺は国王のバージンを奪った男になるのか! はは、まさか口封じで死刑になったりしないよな……。
















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