第38話 テシルカン
翌日の夕方。俺は、博物館で念願のテシルカンさんと面会することが出来たが、今回はスケジュールが厳しいらしく、ゆっくりお話しは出来なさそうだった。
「君がゆうたか。申し訳ないが、今日は馬車の出発まで余り時間がない。要点を抑え、手短に頼む」
俺は、あちらの世界からこちらに飛ばされた経緯をテシルカンさんに説明し、もとの世界に帰る方法が知りたいと伝えた。
「なるほど。ゴーテック先生が私に話を聞けと。だがすまない。私も帰還の方法は知らない」
そう言いながら、テシルカンさんは、懐中時計のようなものをチラリと眺めた。
「ゆうた。申し訳ないのだが、本当に時間がない。もう馬車に向かわないと」
クソー。せめてテシルカンさんが調べていたという、人間の転移統計の話だけでも、もう少し聞ければと思うのだが……いっそ、テシルカンさんの領地について行こうか……あー!
「あのテシルカンさん。お国にお帰りになるにはどこを通って……いや、ミハイル伯爵領を通ったりしませんか?」
「いや、その予定は無いが……君は、ミハイル卿と何かつながりがあるのか?」
「はい。私は、ミハイル様の上屋敷で働いておりますので、もしイルマンにお立寄りになられるなら…いますぐ、上屋敷で早馬を借り出して、テシルカンさんの馬車に追従しながら、途中、少しでもお話を伺えればと思ったのですが……」
「そうか……うむ。悪くないアイディアだ。私はミハイル卿と面識が無いのだが、君が面会を手配してくれるなら、イルマンに立ち寄っても構わないが」
「それなら、問題ありません」
「よし、交渉成立だ。正直、私も君の話をもう少し聞きたい。かまわん。私の馬車に同乗したまえ」
「えっ、私が同乗してよろしいのですか?」
「かまわん。私は人間には慣れている」
俺は、今の状況を素早く手紙にしたため、パナレールさんに
テシルカンさんの領地は、王都から東南に馬車で三か月くらいのところで、今回は
第二王子に
「人間がこの世界に転移してくるのは、かなり昔からあった現象で、少なくとも千年位前にはその記録がある。力も魔力もなく、特に脅威になる存在ではなかったため、長らく放置されていたのだが、二百年ほど前、ある辺境の村に、武装した人間の集団がまとめて転移してきた事があって、ひと騒動あったんだ。国はそれをきっかけに、少しは人間と転移の状況を調査しようと、その要員に私を指名したのだ。
私は念話が使えるので適任だった。転移してきた人間から当時の状況を聞き取るのだが、多くの者が、君の言うゲートというものを通ってきていた。だがゲートそのものの原理は不明で、多分自然現象の一種なのだと考えている」
「ですが私が体験したのは、エルフによって制御されたゲートでした……」
「それが事実だとすると、何者かがゲートの原理を研究し実用化した事になるな。
だが、そういう話はついぞ聞いた事がないし、仮にあってもこの世界の者とは限らん」
「……そうですか……それでテシルカンさんは、二百年もそのお仕事をされて、数多くの人間と接触されたのですよね。最近では、どこで人間と接触されましたか?
私も、他の人間に是非会って、話をしてみたいのです」
「まず、私はもう仕事としてはやっていない。国の調査は五十年くらいやったところで進捗無しと判断され終了した。だが、私は人間の話を聞くのが面白くなって、趣味で続けているというところだ。
実際、お前たちの技術力は大したものだ。魔法ではなく空を飛んだり、遠隔地同志で通信したり、殺傷力の高い武器を造ったり……そうした内容をレポートにして、国にもっと人間を重用すべきだと説いていた時期もあった……誰も耳を貸さなかったがな。最近人間に会ったのは……五年以上前だろうか。北西のとある貴族領で奴隷になっていたソンツーとかいう男だったか。そう、あのスマホとか言うものをくれた者だ」
「ああ、あのスマホの持ち主……そのソンツーさんは、今どうしていますかね」
「何もなければそのままだろう。私は、話は聞くがその者の生活に関与はしない。
国が調査していた時は、人間の情報が集まってきていたのだが、今は、人づての情報を頼りに探すしかなくてな。当時、数えたところによると、転移が無い年もあったが、大体年間数人は確認されていたので、今もそのくらいはこちらに流れ着いているとは思うが、すべては把握出来ない」
「年間数人……でも、あのゲートには豚人間は二十人はいたよな。あれは、そんなに一度に転移させられるんだ……」
「何だ。その豚人間とは?」
「あっ、すいません、説明が足りなくて。私が入ったゲートのところに、エルフ以外に豚人間……オークっていうんですかね? それが二十人くらいいたんです」
「オーク? ……なるほど興味深い。つまり、君が通った制御可能ゲートは、エルフと魔族の合作という可能性もあるわけだ……それならば、あながち無い話ではなくなるな」
「えっ! そうなのですか?」
「今は、なにも確証も証拠もないので言を控えるが……ミハイル卿と会った後で、もう一度話しをしよう」
そうして、テシルカンさんは、今度はお前がしゃべる番だといって、俺の世界のいろんな事を質問して来た。
◇◇◇
イルマンに到着した俺は、テシルカンさんをミハイル様の館にご案内した。
「ゆうたさん。今日は主人とテシルカン様で内密のお話があるとかで、私もあなたも人払いとの事です。せっかくですから、いっしょにホテルに参りましょう」
そう言いながらビヨンド様が俺を呼びに来た。
「えっ、いや。ビヨンド様。不倫はだめですって!」
「何言ってんの? あなた、この間クローデルちゃんとしっぽりヤってたじゃない。
それとも何ですか……こんなおばさんは、い・や・だ・と?」
「あー、決してそのような事は……」
この後、俺はビヨンド様と例のホテルに向かい、ビヨンド様はあの貴族専用室。俺は懐かしの、人間可の納屋のような部屋に入った。
……が、ビヨンド様からきつく命令されていて、夜這いをかける事になっている。
「……こんばんは。ビヨンド様。おじゃましまーす」
小声でそう言いながら俺は貴族専用のVIPルームに忍び込んだ。
部屋の隅にろうそくが一本だけ燈いているが、まだ目が慣れておらず様子がよくわからない。
「ビヨンド様……お言いつけ通り参りましたが、もう帰っていいですかー」
……返事がない。もしかして寝てしまったのだろうか。そうであればこれ幸い。離脱するに限る。そして部屋を出ようとドアノブに手をかけた瞬間、
「こら、逃げるな!」
ビヨンド様の声がして、いきなり襟首をつかまれベッドまで引きずっていかれた。
くそっ、またドッキリかよと思ったが、ベッドの上に本当のドッキリがあった。
えっ? えっ! なんでベッドの上にも人がいるの?
「こら、ゆうたさん。せっかくみんなでおもてなししようと待ってたのに、敵前逃亡は重罪ですわよ」
「で、でも、ビヨンド様。なんで他に人が……」
「なによ。よくごらんなさい。よく見知った顔でしょうが」
ようやく目が慣れてきて、ベッドの上の様子が分かってきた。
「えっ? ルルカさん。ミノワさん!」
そう。彼女達は、いつもビヨンド様に仕えている侍女さん達だ。
にしてもなんでここに?
「この子たちも、あなたのものがどのくらい大きいのか見てみたいんですって!」
「えー、いや、そんな……ルルカさん、ミノワさん。
もしビヨンド様に強要されてるんなら、こんなのセクハラ以外の何物でもないんですから、拒否してもいいんですよ!」
二人は、お互いの顔を見合ってニヤリと笑った。
「ふふっ、大丈夫です……」
結局、俺は三人の女性と順番に合体していく事となった。
「あはー。ようやく念願がかないましたわ。ゆうたさん、本当に大きいのね」
そう言いながらビヨンド様も侍女のおふたりも何回も俺を求めてくる。
こんな感じで朝まで一睡もせず、四人で睦みあった。
◇◇◇
「やー、ゆうたさん。夕べはご苦労様でした。はは、眼がくぼんでますねー。でも、若いっていいなー。私じゃこうはいきません。うちの女性陣の慰安にお付き合いいただいて感謝感謝です。」
翌朝、領主の館に戻った俺に、ミハイル様が楽しそうな顔で、話掛けてくる。
はは、全部ご承知なのね。
「それで、ゆうたさん。大事な話です。テシルカンさんも呼びましょう」
俺は、ミハイル様と共に執務室に移動し、やがてテシルカンさんも案内されてきた。ミハイル様が人払いを命じ、テシルカンさんを案内したミノワさんが、俺にウィンクしながら部屋を出て行った。
◇◇◇
「軍事共同研究所?」
「そうです。我が王国と隣国の魔族の国、アポカリプス帝国の軍事共同研究所です。我が国は隣国と同盟関係にあり、百年位前から共同で主に軍事目的の研究をしています。ゆうたさん。あなたの話を聞いたテシルカン様が、そこならゲートくらい作れるのではないかと……」
ミハイル様が俺に説明してくれたのを、テシルカンさんが補足した。
「あの研究所の運営は、実質帝国が行っていて、我が国はそこに研究用の人材を出している形になる。オークは、研究所の警備や下働き要員として、帝国が自国民を雇っている」
「なるほど。私もいっとき軍にいましたので、帝国と同盟している事は知っています。ですが、共同で軍事研究を行っていたのは知りませんでした。それで、エルフとオークが協力していると……ですが、軍事共同研究所なんて、俺には手も足も出ませんよ」
「それは、我々も同じさ。だがそこに勤務しているエルフの情報なら、そんなに人数も多くないだろうし、手を尽くせば入手できるかもしれない。例えばクローデルちゃんの御父上に頼むとか」
「そうですか。彼女ももう数か月すればこちらに戻ってくるでしょうから、聞いてみるのがよいですね」
「そうだね。お礼にまた三回戦くらい付き合ってあげたまえ」
「ミハイル様! からかわないで下さい。でも、いまさらですけど、なんで俺にそこまでしていただけるのですか」
「あー。正確には、君のためだけではないんだ。まあ、こちらもいろいろ事情があってね。君をダシに使っているんだよ。特にあの研究所は、公爵家の息が強くかかっていて色々風通しが悪く、周辺の小領主には結構な脅威なんだ。だから、スキャンダルの一つや二つ出てきてもらったほうがいい事もある。で、こういうのは、棚ぼたで何かが出てくるのを待つより、目的をもって調査にあたるほうがいい結果が出るものだよ」
テシルカンさんが続ける。
「それに、なぜ人間の世界とゲートをつなげるのかが問題だ。君が聞いたところでは、そいつらは人間の世界を侵略すると言っていたのだろう。そんな大それた話を帝国と公爵が進めていたとなればえらい事なのだ。まあ、王室も絡んでいるかどうかはわからないのだが……君には話したと思うが、以前私は王室に、人間の技術を学ぶべきだと主張してレポートを書いていた時期があったが、それが変な形で研究所に流れていないかも不安だ」
やれやれ、それにしても軍事共同研究所か。まさに
とりあえず、俺としては、ゲートの研究をしているエルフを探して、あとはミハイル様達にお願いする事になるのかな。でも、そいつがあの時のエルフだったら……とりあえず一発殴りたいものだが……いやいや、灯や俺の両親、そして俺の世界がどうなっているか吐かせないと。
でももし、もうあっちの世界が滅んでいたら……いや、そんな事、絶対ないさ!
その日の夕方、テシルカンさんは自分の領地に向かい出発した。
俺は、もう一泊しろとビヨンド様に強く勧められたが、さすがに二日徹夜は無理ですと言って、王都向け夜発の早便に乗せてもらった。
そして八日後。
王都に到着した俺は、現国王が崩御したことを、上屋敷の家宰から教えられた。
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