第41話 離脱

「うわー、ぷるちゃん。すっごくバッチィの拾って来たねー。これ人間なの?」

「あはー、姫様。すいません。途中の川で洗っては来たんですが、髪も服もボロボロで……この子、ともりって言って、あかりママの娘なんです……多分」

「えっ、あかりさんの? でも、それがどうして盗賊団に……」

「いやー、今は何も分かりません。こっちの言葉がほとんど通じないんですよ」


 バーナム一味のアジトから灯を連れ出したプルーンは、そのまま早馬でコーラル領まで戻って来た。そして、あわててアスカ姫に報告したところだ。

 盗賊連中は多分辺境守備隊が片付けたと思うが、まあどうでもいい。

 姫様の指示で、灯の服や髪が整えられ、なんとかみられる恰好にはなった。


「あなたは、ともりさんなの?」

 姫様の問いに、自分を指さし、さかんに「ともり! ともり!」と言っている。

「〇×(d# あかり hq“-8 ゆうた ~^:j%)」


「ああ、確かに何を言っているのか分かりませんねー」姫様も困ってしまった。

 このコーラル伯領には、辺境守備隊も含め念話のできる神官はいない様で、すぐのコミュニケーションは難しいだろう。

「とにかく、ゆうたとあかりママに手紙を出します。多分、すっ飛んでくるかと……とは言っても何か月も後ですが……でも姫様。私、コミュニケーションが出来なくてよかったかなって、ちょっと思っちゃっていて……」

「……そうでしたね。これ、ちょっと難しいわよね。こっちで下手に説明したらみんなの関係が壊れちゃいそう。ここは、やっぱりあかりさんとゆうたさんにお任せするのが良いと思いますよ」

 姫様もプルーンと同じ気持ちの様だった。


 お腹いっぱい食べて暖かいベッドで眠れた事もあったのか、翌日、灯は多少落ち着いて見えた。プルーンはゆっくり会話を試みる。

「あかり。ゆうた。とおい。すぐ。あえない」

「……はい」どうやら通じたようだ。昔、ゆうた達もこんな感じだったな。

「あかり。ゆうた。よぶ。まつ」

「……はい」

 とりあえず状況は理解してくれた様で、灯はあまりヒステリックに騒ぐ事はなくなった。プルーンが、昔あかりママに教えてもらった折り紙をやってみせると、灯もうれしそうに、折り鶴を折ってくれたりした。


 数日して、コーラル卿から、なんでそんな人間を屋敷に入れているのか問いただされた際、姫が、「わたしのおもちゃです」と説明し、事無きを得た。

 でも、もうちょっと言い方はなかったのかしら。

 それでなくても姫様は、素行をいろいろ揶揄やゆされている様なのに……。

 姫様は「説明するの面倒くさいでしょ」と素知らぬ顔をしている。

 そこで灯には、普段メイドの恰好をしてもらって、屋敷内の掃除などをしてもらう事にした。


 そして夏の終わり近くのとある日。

 コーラル伯爵の元に、国王崩御の知らせが入った。

 姫様はその話を聞いて泣き崩れ、それから寝所に籠ったままになり、当然プルーンはそばに付きっきりになった。


 そしてさらに二週間後、辺境守備隊の軍が、早馬でアロン第二王子の姫様宛の檄文を届けてきた。


「なんですって?」

 その内容を見た姫様は、本当に発狂したのではないかと思うくらい、その場でわめき散らした。姫に対し、アロンが新王になるので速やかに王都に戻って新王の妻となり、子をなすべし、と言った内容が書かれていた。


「姫様、落ち着いて下さい! ここで騒いでも何にもなりません。すぐに、今後の事を、コーラル伯爵に相談しましょう。こういう時の為に、姫様を保護して下さっていたのでしょうから!」

 プルーンの言葉に、姫様は多少落ち着きを取り戻したようだ。


「ふぅっ……わかった、ぷるちゃん……あなたも付いてきて……そうだわ。ともりも一緒に来て。途中でお茶とかも飲みたいし……」

「?」お茶とは……余裕があるんだか無いんだか。そう思ったがプルーンは姫様の指示通りに馬車を準備し、小一時間ほど先にある伯爵邸に赴いた。


 ◇◇◇


「早速ですが伯爵。人払いをお願い出来ますか?」

 姫様が伯爵に内密の話があると持ちかけたが、コーラル伯爵のところにもアロン王子の檄文が届いている様だった。


「おお。姫様の所にも檄文が……大変な事になりましたな。どちらにせよ王都へは向かわなくてはならないでしょう。私もご一緒しますのですぐに出発のお支度を」

 コーラル伯爵は、姫様と王都に行き、新王に軍事的な圧力をかけるのだろうか?

 プルーンがそう考えている横で、姫様が伯爵に向かって言った。


「それは……私と共に立ち上がってアロン王子に天誅を加えるためですか? それとも、私をアロン新王に差し出すためでしょうか?」

 えっ? プルーンは眼を丸くした。


「はは、姫様。何を突然言い出されるのですかな……」

「いえ。味方のフリをされて、後で裏切られるのは嫌ですので、最初にハッキリしておきたいのです。どちらなのですか!」

 余りの姫様の迫力に、伯爵が押されているのがはっきりわかる。


「そんな……はっきりだなんて……それでは申し上げましょう。ここに来られてからのあなたの言動は見るに堪えない。そこの獣人娘と夜な夜な肉欲に明け暮れ、自分の支援者の組織化などに動く素振りも全くなさらない。しまいには、盗賊のところから拾ってきた人間を性奴隷にときた。こんな方がこれからの王室を引っ張っていけるとは到底思えんのです。あなたは、このままアロン様の妻となり、御子をなされるのが妥当な線かと……いや、それでも身に余る光栄と言ったところでしょうか」


 なんてひどい物言いだろう。プルーンはソードの柄に手が行きかかったが、姫様が制した。


「なるほど。それが卿のお考えという事で了解いたしました。今日まで保護下さった事には本当に感謝しております。ですが、たった今ここで、私は卿と手を切らせていただきます」

「ふっ、偉そうに。小娘がそんな従者一人位で何が出来ると言うんだ。素直に私の言う通りにしていれば贅沢な暮らしも出来ただろうに……このまま縛り上げて、性奴隷の荷札を付けてアロン様に送りつけてやる!」

「まあ、下品ですこと。人の事を言えた柄ではありませんね。

 プルーン、やって御仕舞いなさい!」

「はっ!」


 コーラル伯領に来てからも、剣の修練だけは欠かした事が無い今のプルーンが、あの加護付ペンダントを身に付けているなら、ワンオンワンで勝てる者はそうそういない。伯爵は瞬時に喉元を剣先で押さえられた。


「なっ!」伯爵は声も出せない。

「ふふ。いつも肉欲に溺れている小娘二人と油断して、簡単に人払いしてしまったのが運の尽きなのです。申し訳ないのですが、最初からあなたに期待はしておりませんでした。本当に志のある同志の方でしたら、さっき言われた私の悪行に諫言するのが正しくはなくて? そういう意味であなたは最初から様子見だったのでしょう。手札をいつ誰の方に切るのかって……。

 プルーン、伯爵を失礼の無い様、きつく縛り上げて……ああ、口も塞いでね」

 姫様に言われた通り、プルーンは伯爵を身動き取れない様に縛り上げた。


「それじゃ、他の方に見つからないうちに、おいとましましょうね」

 そう言って姫様とプルーンは何気ない顔をして馬車に戻り、そのまま海辺の館とは反対の方向に向かって走り出した。


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