第36話 人間

 プルーンが、アスカ王女やクローデル様と共にイルマンを出発してから五か月が過ぎた。


 途中、明確に敵対的な貴族の土地は通れない為、キャラバンはそこを遠回りした。

あとはトクラ村から王都に向かった時のような、ただの草原や砂漠っぽいものもあったが、ほとんどが貴族や寺院の荘園領で、全くと言っていいほど危険はなかった。


 王都から離れれば離れるほど、お気持ちが楽になるのか、最近姫様がちょっとわがままになっているのが気にかかる。いや、甘えるというのが正解かも知れない。なにせ、寝る時、食事の時、行水する時、はてはトイレまで、プルーンを伴おうとする。

 この前は、一緒に寝ていて、いきなりおっぱいを揉まれた。


 さすがにちょっと困って、クローデル様に相談したのだが、あなたは身も心も姫様に捧げなさいとだけ言われた。ここまで好かれてうらやましい限りだとも言われた。

 でも、女の子同士でそんなにイチャイチャするのは……これが、近衛で同室だったクルスさんが言っていた百合というやつなのかな。

 でも、姫様、ゆうたと合体してもそんなに嫌そうじゃなかったし、両刀? などとつい考えてしまう。

 そういえば、影武者でイルマンに飛び込んだ夜、手当がてらビヨンド様に身体を拭いてもらったが、いいって言ったのに、胸の間とか股間まで指を入れられてしまったし、エルフの女性って変態さんが多いのかしら。


 やがて目の前に大きな山脈がみえてきた。今回のキャラバンの最大にして最後の難関は、このマルゴロ山脈らしい。

 通常、山脈の中央を横断する街道を使えば問題ないのだが、その街道が王女の敵対勢力の支配下なため、かなり東寄りの裏街道を行かないとならない。しかし、ここは国の法治が行き届いておらず治安が悪く、姫を狙う暗殺者や追跡者が待ち伏せするにも好都合なところだ。


 山脈の南側では、そこの地元の領主が援軍を手配してくれているが、それほどまで練度が高くないため、山脈の奥深くまでは迎えに来てもらえないとの事で、キャラバンは、自力で山脈を越えなければならない。キャラバンは、グローデルさんが用意した正規兵二十名ばかりに守られており、やたらな野獣や山賊程度なら問題なさそうだが、油断しない様がいいだろう。


 プルーンは、ゆうたと王都に向かった時、通りかかったカステル山脈を思い出していた。そう、グレゴリーさんとその連れ合いがシャーリンさんに斬られたあの山脈。

 山脈地帯は、人間が潜伏している事もままあると聞いている。自分もシャーリンさんのように、人間と対峙する事があるのだろうか。ちょっとそんな心配をしてみた。


 山に入るにあたり、クローデルさんがある作戦を進言した。

 はは、また影武者だ。

 王女狙いの賊には効果はないが、金品狙いの盗賊なら影武者に食いつくだろうということで、王女が最初に狙われるリスクを軽減するのが狙いだ。

 当然、プルーンが影武者になる。でも、プルーンは、姫の衣装や下着を身に付けられてまんざらでもない。なにせ品物がいいのだ。相変わらず、胸のところがちょっと苦しいが、まあ、数日なので、なるべく息を吐き気味で我慢しようと思った。

 逆に、姫様が、プルーンの下着や衣服を付けて喜んでいるのが解せなかったが……ああ、姫様! 匂い嗅いじゃダメー!


 ◇◇◇


 馬車が峠に差し掛かる手前で、突然、眼の前に木が倒れてきた。

 護衛の兵士達が戦闘態勢をとり、あたりを警戒する。

 しかし、脇の茂みからスルスルっと小さい影が近づき、プルーンが乗っている馬車にヒョイッと入り込んだのに気付いた兵士はいなかった。


 突然馬車に入ってきたのはネズミ型の獣人だった。

 プルーンが気付いて応戦したが、こいつ、強い。二三回撃ちあっただけで、持っていたソードがはじき飛ばされてしまった。そしてプルーンがそのまま人質となった。

 兵士達は、プルーンを人質に取られ、身動きが出来ない。

 どうやら他にも仲間が数名いたようで、武器を持って近づいてきた。


「おらおら、てめえら、動くんじゃねー! このお嬢様がどうなってもいいのかー。にしても、どこの金持ちのお嬢様だぁ。獣人のくせにこんないいおべべ着やがって」

 そう言いながら、賊はプルーンが来ているドレスの前を引きちぎった。


「ほー。さすがはお嬢様だ。すっげーネックレスしてんじゃねーか。まずはこいつをいただくぜ」

 首にしていた加護付きネックレスが引きちぎられ、賊に奪われてしまった。


「いやー、ダメー。それは大切なものなのー。ゆうたにもらった大切なものなのー」

 プルーンが絶叫する。

 ネズミ型獣人の賊が、プルーンのネックレスを傍にいた仲間に頬り投げ、「しまっとけ」と言ったのだが、それをキャッチした賊の仲間がしげしげとネックレスを見つめている。


「えっ?」プルーンは一瞬目を疑った。

「この人……もしかして、人間?」


 髪も着衣もぼさぼさボロボロで、よくは判らないが、獣人でも、エルフでもドワーフでもなさそうに見える。

 そうしたらその人が、キャッチしたネックレスを、いきなりプルーンの方に投げ返した。


「お、おい。何やってやがんだ?」

 ネズミ型獣人の賊があわててそれを掴もうと手を伸ばしたその瞬間。プルーンは思い切り足払いをかけた。

 賊はそのまま馬車から転がり落ち、一瞬の間をおいて、すかさず周りの兵士達がとびかかった。


「やべえっ!」

 賊は信じられない身軽さで兵士の追撃をかわし、包囲を破って逃げていった。

 プルーンは剣を手に取り、さっきネックレスを投げ返した人間を捕まえようとしたが、ネックレスを投げた瞬間に逃走を開始したようで、追い付けなかった。


 馬車に戻ったら、心配そうな姫様が兵士に囲まれて立っていた。

「ああ、ぷるちゃん。無事でよかった。でもお胸が丸出しよ。誰か早く着るものを」

「すいません姫様。せっかくのドレス。破られてしまいました……」

「何言ってるの。こんな服より、私はぷるちゃんが大事なのよ……」

 そう言って、姫様はプルーンを抱きしめ、胸がみんなに見えない様に、自分の身体で隠してくれた。


 その後、賊を捕らえる事は出来なかったが、クローデルさんの指示で、態勢が立て直され、キャラバンは厳戒態勢で山を越え、無事、ふもとの出迎え隊と合流した。


 それにしても、あれは確かに人間だったと思う。ゆうたがあれだけ探しても会えなかった人間……グレゴリーさんといい、やはり人間は山にいるのかしら?

 それにしても、なんで投げ返してきた? もしかして、返してくれたとか? でもなぜ? 疑問は尽きない。

 自分のネックレスを手に、しげしげと眺めていてプルーンはある事に気が付いた。


「あの人、この五円玉に見覚えがあったのかしら。もしかして、ゆうたと同じ国の人?」


 その夜、領主様のお屋敷で歓待を受け、館の人に、あの賊の事を聞いてみた。

「ネズミ型でしたら、もう三年以上前からあの辺を根城にしている、バーナムという奴でしょう。手下も十数名いる様で、中々我々も手が回りません。すでに領主様は、辺境守備隊に討伐依頼を出されている様です」

「そいつの仲間に、人間はいませんか?」

「人間ですか? まあ、いても不思議はないでしょうが、分かりかねますね」


 ふう、ゆうたに手紙を出そうかしら。でも、手紙が王都に着くのに数か月はかかるし、情報は全く不確かだし、それでゆうたが確かめに来たとして、何が掴めるのか。大体一人で賊の集団に立ち向かえるのか……

(この先、もっといろんな情報があるかも知れない。それらをまとめて、伯爵領についてから、ゆうたに手紙を書こう)

 そう考えてプルーンはゆうたへの連絡を一旦あきらめた。

 

 ◇◇◇


 山越えからひと月後、半年に渡る長旅を終え、姫様を乗せたキャラバンは、ようやくコーラル伯爵領についた。


 アスカ王女は、コーラル伯爵の庇護を受け、当面ここに雌伏する。

 海に近い、小高い丘の上に、王都の離宮ほどではないが、王女用の宮殿が用意されていて、プルーンは、王女とここで暮らすのだが、海を見たのは初めてだ。

 美しくもあるが、ちょっと怖くもある。


 伯爵によると、王都はますますキナ臭くなってきている様だ。アロン第二王子の王位継承権を狙った活動が目立ってきているらしい。万一、アロン王子が国王になったりしたら、コーラル伯爵も一戦交えるか、姫を引き渡すしかなくなるのだろうとは感じている。


 ひと月ほどして、クローデル様とキャラバンが王都への帰途についた。

 今度は姫様も載せていないため、堂々と表通りを帰るとの事で、四か月くらいで王都に戻れるだろう。プルーンは、今までの事やこれからの事、人間と出会った事などをゆうたへの手紙にしたため、クローデルさんに託した。

 コーラル伯爵が、侍女や使用人、警備の兵士などを付けてくれてはいるが、王女のそばで、王都から来たものはプルーン一人となった。


 寂しいなー。ゆうたやメロンは元気かなー。メロンが寂しがり屋だとか言ってて、自分も相当寂しがり屋だったわねとプルーンは感じていたが、寂しいのは姫様も同じ様で、二人はだんだん恋人同士の様にいつもいっしょに生活するようになっていった。


 ◇◇◇


 プルーンとアスカ王女がコーラル伯爵領に庇護されて三か月。

 プルーンは昨夜も姫様とベッドを共にし、お互いを愛しあっていた。

 さすがの聡明な姫様も、日々何もする事がなく飼い殺しの様な状態が続いていて、こんな事でもしていないと、気でも狂ってしまい兼ねないようにも思う。

 だから、プルーンは姫様に求められるがままにご奉仕し、体を開いていく。


 そんなある日の事だった。


 プルーンの耳に、思ってもいない情報が飛び込んできた。

 なんと、あのマルゴロ山脈のバーナム一味の討伐に、コーラル伯爵領内の辺境守備隊が赴くとの事だった。

 これは、あの人間の謎を解くチャンスではないだろうか。プルーンはそう考え、姫様に相談した。


「あー。ぷるちゃん、それはついて行きたいですよねー。なにか判ったらゆうたさん喜んでくれるかなー。会いたいなー。でも、私はついて行けないし、行ったらひと月以上帰ってこられないんじゃないのー。そんなのさびしーなー」

「確かにその間、姫様には寂しい思いをさせるかと思います。申し訳ございません。ですが、今回、行きは守備隊について行きますが、状況が分かり次第、自分ひとりでなるべく早く帰ってきます。ですので……」

「うーん。しょうがないなー。それじゃー、出発までは私をたくさん可愛がってくらさい。そしてね、もし将来、わたしがゆうたさんに会うことがあったら、一晩貸してちょうだい……あのとき、あんまり覚えてなくて、今度はちゃんとゆっくりエッチしてほしいんですよねー」


 ……姫様……ほんとに壊れちゃったのかしら。プルーンは泣きたい気持ちを抑えて、辺境守備隊に同行できるよう、伯爵に手配を依頼した。


 一週間後、プルーンはバーナム討伐に出陣する辺境守備隊と合流し、ともにマルゴロ山脈に向かった。一ヵ月後には、山脈のふもとに到着し、ふもとの領主様のところで状況を聞いたところでは、相変わらず追いはぎをやっているらしいが、最近は悪評が轟いてしまい、彼らの縄張りを通過する者も激減しており、食い詰めてふもとの村まで襲いだしているとの事だった。


 早速、辺境守備隊が、偵察隊を組織し、バーナムらの動きを調べ始める。

 プルーンも自慢のす速さを売りにして、偵察隊に組み入れてもらった。

(あの人間が守備隊に斬られる前に接触したいわ)


 そうして一週間くらい立ち、守備隊はバーナム一味の根城と行動ルートのようなものをほぼ特定した。今回、特にコーラル伯に口利きしてもらい、人間に関する情報をプルーンに集める様、守備隊の兵士達には指示が出ているが、いままで有力な情報はなかった。


 守備隊の指揮官からは、滞在日数もそんなに増やせないし、ここまで情報が集まったのだから、明日、根城に総攻撃を仕掛けますと宣言された。

 しかたない。プルーンは覚悟を決め、夜間単独で根城の斥候せっこうに出た。


 すでに辺境守備隊が来ている事は、奴らも知っているだろう。

 さぞや警戒しているだろうと思って根城に近づいたが、何の事は無い。

 あちこちからあかりが漏れ、酔っぱらった様な声があちこちで聞こえる。

 見張りもロクにいない様だ。

 何こいつら……守備隊が来ていることを知らないのかしら? それとも自暴自棄? 

 全身の感覚を研ぎ澄ませながら、プルーンは、剣を片手に、少しずつ根城の奥に足を踏み入れていく。


「あんっ、あんんっ……」声が聞こえた。

 何? つがってるの? 余裕こいてるわね。

 そう思いながら、喘ぎ声がする小屋をそっと覗いてみる。

 はは、他人がつがっているの見るのはデート喫茶以来? 

 あー違うわ。姫様とゆうただ……つまらない事を思い出してしまった。


 小屋の中には……いた! あの人間だ。

 あの人、女なんだ……。


 最初は小屋の中が暗くてよくわからなかったが、男が体の向きを変えたため、その人間の女がこちら向きになった。

 プルーンは眼を凝らして彼女の顔を見つめる。


(……あれ、この顔……あかりママに似てるわ。それだけじゃない。

 どこかで…………あっ、そうだ! ゆうたのスマホ……)


「って、えーーーーー! あなた、ともり?」

 思わず声が出てしまった。


「あんだ、コノヤロー」

 しまった、気づかれた。ええい、こうなれば……


 プルーンは小屋に飛び込み、獣人の男を袈裟けさ懸けに叩き切った。

 「ふぎゃーーーーー」獣人の男はその場に倒れ伏した。

 人を切ったのは、影武者として逃亡した時以来だ。でも、あの時は、足を負傷させただけだが、今のは絶対致命傷だ……はじめてこの手で人を殺した……いいや、そんなこと考えている場合じゃない。異変に気付いて外が騒がしくなってきている。


「あなた、ともり? 私の言う事がわかる?」

「ともり……」

 恐怖で目が泳いでいて、こちらの意図があまり伝わらない様だ。

 言い方を変えてみる。


「ゆうた! あかり! すまほ!」

 自分の知っているゆうたの世界の単語はこんなものだが……

「ゆうた・・・あかり・・・」明らかに目に光が戻ってきている。

「ごえんだま!」

 そう言ってプルーンは胸のボタンを開き、ネックレスに付けた五円玉を見せた。


「あなたあの時、これを見て、あなたの知っているものだったから私に返してくれたんでしょ!」

「ゆうた……あかり……ごえんだま…………ともり、ともりー!」

 目の前の子が自分を指さして、ポロポロ泣き出している。

 通じた! やっぱりこの子、ともりに違いない。


「それじゃ、ともり。ゆっくりお話ししたいけど、ここじゃそうもいかないわ。

 とりあえず、ここから逃げるわよ!」

 そう言ってプルーンは、灯の手を引き、闇の中に走りだしていった。






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