第35話 クローデル
「いや、それにしてもよくやってくれたね。二月位前、あのプルーンという娘が影武者として転がり込んできて、君のつがいの近衛だと知ってびっくりしたのですが、今回の件で君を使えるならそれに越した事はないと思い、勝手に巻き込ませてもらったというところですよ」
そう言ってミハイル様は、プルーンがここまで影武者として逃げてきて姫様と合流した際の話を俺に詳しく聞かせてくれた。
俺は、ミハイル様が王立博物館を教えてくれた事で、テシルカンさんの手掛かりをつかんだ事。トクラ村から、人間のつがいが王都に出て来て、子供が一人出来ていた事などを話した。
「そりゃ、おめでとう。君も晴れて父親ですか。それにしてもうらやましいな。人間と獣人のつがいをお持ちで……わしもいろんな若い子とエッチな事をしたいんだよな
……」ミハイル様がおどけて言う。
「なによ、あなた。お好きにどうぞ。私は何も文句言わないわよ。まあ言わせもしないけど。ゆうたさん、今夜はイルマン泊りでしょ。私と同衾しましょ?」
「あ、いや、それはさすがにまずいかと……」
そこへ、執事が来て、ミハイル様に何か耳打ちした。
「うむ、そうだな。ちょうどいい。ゆうたさん。君、今日はホテルで寝たまえ」
「はい? どういう訳でそのような……」
「うん。今日姫様はホテルの貴族専用ルームにお泊りの予定だったのですが、暗殺などを狙って賊が来た場合、逆に居場所が分かりやすいでしょ? だから姫様の宿泊先は側近の数名しか知らないところに変更するらしいです。そうなると、あの部屋が空いてしまって勿体なくて。あの部屋、結構高いんですよ。だから、君が泊まっていいですよ」
「いやー、ですが俺、あの部屋で……」
「?」ミハイル様が眉をひそめた。
仕方なく俺は、プルーンと最初にここに寄った際のエピソードをミハイル様にお話しした。
「なんと! 宿主がそんな事をしていたとは……すまなかったね。領民の教育が至らなくて」
「あ、ですが、宿主さんを責めたりしないで下さいね。こんな上の人に告げ口したみたいで俺も気が重いです」
「ああ、大丈夫です。何もしないし言わないよ。これは宿主が悪いのではなく、領民の教育指導が悪い私の責任ですからね。だが、今後、少しずつ変えていく努力をしないといけないね。まあ、心配なさらず、今日の所は私が一筆書いて差し上げます。
プルーンちゃんでも呼んで、イチャイチャするといいでしょう」
「あなた。それ、私がゆうたさんといっしょに行けばいいだけではありませんの?」
とビヨンド様が言う。いやいや、そりゃ顔パスだろうけど、不倫してるのが領民にバレバレになりますよ……。
ミハイル様の一筆の力は絶大で、宿の主人は恐縮して、俺を例の貴族専用室に案内してくれた。宿の玄関横の応接に、クローデルさんの侍女がいたので、プルーンの居場所を聞いてみたが、ここにはおらず行先も知らないとの事だった。多分、姫様の護衛についているのだろう。
残念だが仕方ないか。明日でプルーンとはお別れだし、今夜は一緒にいたかったのだが……プルーンとの一夜を想像して興奮が収まらぬまま、部屋に入り、シャワーでも浴びようかと服を脱いだその瞬間だった。
シャワー室の扉が開き、中から、全裸のクローデルさんが出てきた。
「えっ?」
きゃーっとでも叫ばれるかと思ったが、さすが近衛の士官。全く動じず、ベッドのほうに身を躱し、素早くソードを手にしたかと思ったら、もう切っ先が俺の喉元に突き付けられていた。
「曲者が! って、ゆうた……さん? どうしてここに……まさか姫様に夜這いをかけに来た訳ではないでしょうね!」
「断じて違います! 姫様が他に移られて部屋が空いたので私が泊まれと、ミハイル様が……」
「なんですって……あー、あの狸め! してやられたわ、ゆうたさん。ミハイル卿は人づてに私にも同じことをおっしゃいましたのよ!」
あー、察し。これドッキリだわ。俺とクローデルさん。まんまとミハイル様にはめられたんだ。クローデルさんもそれに気づいたようで、突然恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでしまった。
「そんなにジロジロ見ないで下さいませ!」
いやー、そんなにジロジロとは……まあ、素晴らしいお体で、眼が釘付けなの確かだが……。
その時ドンドンドンと戸が叩かれた。
「お嬢様。クローデルお嬢様。何か物音がしたようですが、大丈夫ですか?」
クローデルさんの侍女のようだ。いかん、この状況を目撃されるのは、俺はともかく、クローデルさんは社会的にまずい! どこかに隠れる場所はないか、慌てて周りを探す。
「何でもありません。ちょっと、椅子を倒してしまっただけです。下がって問題ありません」
クローデルさんがドア越しにそういうと、侍女は下がっていったようだ。
ふー、さすがにこの状況は、クローデルさんも見られたらまずいと思ったよな。
さっさと服を着ないと、俺もクローデルさんの豊満ボディを見せつけられて興奮しっぱなしだ。
「あの、ゆうた……さん?」クローデルさんが俺に話掛けてきた。
「なんでしょう、クローデルさん。早く服をお召しになったほうが……」
「ゆうたさん……人間の男性ってみんなそんなに大きいものなのですか?」
「はあ? あっ、えっと、その。これはたまたま……クローデルさんがお美しすぎて、本当にたまたまというか……」
「まあ、私のせい? ……それでは責任をとらないと」
そういってクローデルさんが俺に近寄り、俺をギュッと抱きしめた。
その時気付いたが、テーブルの上には、ボトルとグラスが乗っていた。
お酒飲んでたんだな。
「あ、クローデルさん。ダメです。俺、プルーンと……それに人間のつがいも子供もいますし」
「問題ございません。私たち二人が口を閉じていれば問題ないですわ。それに万一発覚しても私がもみ消して差し上げます。大丈夫です。私も男性経験がそう多いほうではありませんが、まあ十本の指には足りているかと存じますので、安心してお任せください」
えー、これ、無理に断ったら無礼打ちかな……っていうか、ひゃー………。
その後、俺は、クローデルさんにベッドに押し倒され、そのまま、朝までいっしょにいる事となった。
◇◇◇
翌朝、目が覚めた時、俺は、俺がベッドの中で目の前にいた事に怒ったクローデルさんに無礼打ちされそうになったが、何とか夕べの状況を思い出してもらい一命をとりとめた。
「いいですわね、ゆうたさん。この事はくれぐれもご内密に……」
いやー、これは俺も誰にも言えないよな。
それにしてもエルフ女性、エッチな人が多くないか?
お昼前に、クローデルさんが準備したという、コーラル伯爵領へのキャラバンがイルマンに到着した。姫様用の豪華な馬車を中心に、護衛の兵士や
まっすぐ行けば四か月位で着くらしいが、途中、王女派でない貴族の領地は通れないため、それなりに遠回りになるらしく、半年以上かかる見込みだと言う。
プルーンは同行後そのまま姫様にお仕えするが、クローデルさんは一緒に伯爵領まで行って、確かに送り届けた事を確認してから、王都に戻ってくるらしい。
「それじゃ、元気でな。まあ姫様を送り届けて、落ち着いたら手紙でもくれよ」
「うん、そうだね。パッとは帰ってこれないけど……ゆうたも元気で。それじゃ、みんなによろしく……」
涙ぐむプルーンに、俺はそっと口づけをする。
「でもね。ゆうたと繋がれて、私よかった。人間と獣人で……まあ子供は出来ないだろうけど、好きな人と一つになれた思い出は、私の宝物だよ。一生大切にする!」
「何言ってんだ、今生の別れじゃあるまいし。今度会ったら朝までやりまくるからな!」
「馬鹿!」
姫様が俺に近づいてきた。
後ろでクローデルさんが、俺の顔をまともに見られず真っ赤になっている。
「ゆうたさん。本当にお世話になりました。あなたとの思い出……私も一生忘れませんよ。プルーンさんのことは、大変申し訳なく思っていますが、今少し彼女を私にお貸し下さい。私も海辺で朽ち果てるつもりはありませんから……多分、そう遠くないうちに……それじゃ、
そして、姫様が、俺の唇に自分の唇を重ねてキスをした。
プルーンもクローデルさんもお付きの人達も、腰を抜かして驚いている。
「あはっ。ファーストキスはぷるちゃんにあげちゃいましたが、セカンドキスはゆうたさんです! これはささやかですが、いままでのお礼ということで……でも、もっと大事なものも、とっくに差し上げちゃってますから、今日はこれでいいですよね! それでは、お元気で」
そう言って、姫様は馬車に乗り込んだ。後にプルーンとクローデルさんが続く。
馬車がスタートし、プルーンがこちらに手を振っているのが見える。
それもやがて小さくなっていき、やがて視界から消えていった。
すこし涙ぐんでぼーっと立っていると、後ろから肩をたたかれた。
振り向いたら、ミハイル様だった。
「お立ちになりましたか……本来でしたらちゃんとお見送りせねばならんのですが、ここで、直接関係していることを目立たせる訳にはいかなくてね。まあ、これで君の任務も一段落です。少しはここでゆっくりして……ああ、私の小姓をしてくれても構わんのですよ」
「そんな、小姓だなんて……って、あー、そうだ! ミハイル様、昨夜、私とクローデルさんをはめましたね!」
「あー。でもどうです、楽しかったでしょー。
あの娘は母親に似てツンデレなんです。ああ言うのは、ちょっと雰囲気さえ整えてやればイチコロですよ。だが、まあ、今回は彼女も重責でストレスが溜まっていたと思うし、少しは気持ち良く労ってやったという事でいいのではないかな?」
「あー、そんな……」まったく、この人にはかなわないや。
さあ、プルーンは自分の道に向かって旅立った。俺は、さっさと王都に戻って、メロンやエルルゥの進む道を整える手伝いをして、そして……俺と星さん、そして花梨が俺の世界に戻る道を探さないとな。
そうして俺は、王都の我が家への帰りを急いだ。
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