第26話 イルマン

 結局、プルーンと打ち合わせも出来ないまま、俺は待ったなしでイルマンに配属となった。


 いちおう、フマリさんに、プルーンへの伝言をことづけてあり、それでも万一の場合、俺が身体を売ってでも必ずお返しするという事で、星さんとメロンの住居用に商会からお金を借り、借用書も書いてきた。


 イルマンには、俺と二人の年配の獣人が配属され、特に指揮官もおらず、彼らとともに馬車に揺られて、二週間位で着く予定だ。


「流行り病だと、若いものは行かせずらいんだろうな。君は若いが、人間って事で……災難だな」犬型獣人のワンソルさんという兵士が、移動中俺に語りかける。

「それにしても三人ってのはどうなんだい、ワンさん。こんなんで役に立つのかいな?」もう一人の牛型獣人、ピルカスさんがワンソルさんに話かけた。

「なーに。形だけだろ。とりあえず支援したって事で、領主様も王室も顔が立つんだ」

 なるほど、そう言うものなのか。


 イルマンに着いた俺達は、領主様邸に通された。以前、この町に来た時、あごひげさんはここに挨拶に来たんだな。なかなか立派なお屋敷だ。


 領主のミハイル伯爵様は、エルフなので実際に何歳なのかは見当もつかないが、五十歳前の壮年位に見える、温和そうな人だった。


「王都の兵士諸君。長旅、ご苦労でした。君たちに手伝ってもらって、私たちも多いに助かります。流行り病が収まって働ける者の数が戻るまで、しばらくお手伝いをお願いします」

 なんだか、話し方の腰も低い。あの宿の主人より、よほどが出来ていらっしゃるようだ。


 そこへ、エルフの女性が入ってきた。みた目はあかりさんと同じくらいの年齢のスレンダーな美人だ。

「これは私の妻。ビヨンドです。ちょっと神経質なので、不審者に間違われないよう

皆さん、よく顔を覚えてもらって下さいね」

 うーん、これはジョークなのか、笑っていいところなのか……。

「あなた、なんてことを。大丈夫ですよ、皆さん。別にあなた方を取って食ったりはしませんから……」

 うん、やっぱり笑ってはいけないところだな。


 俺達三人の任務は、このミハイル様の屋敷の護衛だそうだ。

 いままで勤めていた人たちの家族が流行り病に倒れ、家の農作業を優先しないとならないらしく、その埋め合わせで俺達が派遣されたとの事だった。


 執事に案内され、俺達三人は、正門近くにある詰所に入った。今晩から交替で立番にあたるのだ。まず、ピルカスさんが門のところに立った。

 おれとワンソルさんは、交替に備えて早めに休む。


「それにしても、おっかなそうなおかみさんだったねえ」

「えっ? それって」

「あの、ビヨンド様っていったか。確かに神経質そうだ。ちょっとのミスで怒られそうだから、気を付けような」

「あっ、はい。分かりました……」

 そうは言ったものの、俺は早々に何かやらかしてクビにならないといけない身だ。あの奥様がそんな感じだとしたら、むしろ、好都合なのかもしれない。しかし、どうやって何をやらかす? 考えもまとまらないまま、俺は眠りについた。


 数日たったある朝、俺が立番のローテ―ションの時の事だった。

 立番といっても立ちっぱなしではなく、門の脇の立番小屋の中に座って待機していてよいのだが、とにかく暇で、何もする事が無い。眠る訳にもいかないので、俺は持参していた木刀で素振りを始めた。幸い、周りを通る人もほとんどなく、人の気配がすれば、すぐさま立番小屋に戻った。


 まもなく、陽が天頂の真上に差し掛かり、もうすぐ交替だというところで、素振りをしていた俺は突然、後ろから声をかけられた。

 何? 全然気配がしなかったぞ!


 振り向くと、例の奥様……ビヨンド様が立っていた。

「何をしていらっしゃるのかしら」

「あっ、申し訳ございません。万一に備え、体を温めておこうと、準備体操を……」

「ぷっ、ヘタな言い訳ね。でも、まあ、さぼっていた訳でもなさそうだし、良しとしましょう。あなた、人間なのね……それに、いまの剣術、ちょっと変わってるわね。興味深いわ」

「あのー、奥様。元傭兵か何かで?」

「あはは、面白い子! でもいい所ついてくるわね。私は若い頃、冒険者だったのよ」

「あー、そうなんですか。道理で、剣術にご関心を……」

「もうすぐお昼の交替でしょ。あなた、私のランチに付き合いなさい。

 その剣術も近くでよく見せてほしいわ」


 そして、立番を交替した後、俺はビヨンド様に招かれ、屋敷の裏庭に向かった。

 裏庭には、大きな布がテントの様に張られ、日除けになっていて、その下に、テーブルとイスが用意されていた。

 昼食にサンドイッチが用意されていて、雑談をしながらそれを食べ終わったあと、ビヨンド様が言った。

「それじゃ、あなたの剣技、見せて頂戴。

 基本的な型があるのなら先にそれをお願いね。

 それと、筋肉の動きも見たいから上脱いでくれない?」

 まあもうだいぶ暖かくなったし、俺に拒否権はなさそうだし、素直に上の軍服を脱いだ。そばに控えていた獣人の侍女たちが、きゃーっと声を上げ、恥ずかしそうに眼をそむけた。


 そうして、俺は、剣道の技を披露した。

「すごい、すごい。これって接近戦用のかなり実戦的な武術よね」

 ビヨンド様も、シャーリンさんと同じ様な事を言っている。この人もかなりの手練れなのだろうか。

 すると彼女は、侍女に命じて何か持ってこさせた……って、大剣?

 いや、正確には大剣の模擬刀だが、何するつもりだ? そう思っていたら、ビヨンド様が立ち上がった。

「それじゃ、一戦交えましょうか!」


 こうして、ビヨンド様と俺は、何回か模擬戦を繰り返した。


 確かに、たいした腕前だ。三十分ほど立ち会っただろうか。そろそろ見張りの交替準備もしないとなーと、ちょっと余計な事を考えてしまったその一瞬、ビヨンド様の大剣が、俺の右腿にクリーンヒットしてしまった。しまった、不覚!

 おれは、もんどりうって、その場に倒れてしまった。


「あー、しまった! 楽しくって熱くなり過ぎたわ。あなた、ゆうたさんでしたよね。大丈夫?」

 ビヨンド様が心配そうに俺の顔を覗き込む。俺は立ち上がろうとしたが結構痛い。どうやら筋を痛めてしまったようだ。

「あー、これはいけませんわね。ルルカ、ミノワ。ゆうたさんを、お客様用の寝室にお連れして。あとセバスに医師かヒーラーを手配するよう言って」

 ビヨンド様が周りの侍女に指示をしている。


「ああ、大丈夫です。このあと立番もありますし、このぐらいのケガは慣れっこです」

「だめよ。私が怪我をさせておいて無理はさせられないわ。うちの立番なんてさぼってても大丈夫よ。どうせ誰も来やしないし、万一賊が来ても私が追い払えばいいのだから」

 確かに、ビヨンド様なら大抵の賊には負けないだろうな。でもシャーリンさんの方が強いかな。


 俺はお言葉に甘えて、治療してもらう事にした。

 そして客間の豪華なベッドでヒーラーに治療してもらい、痛みは全くなくなった。

 立番に戻ろうとしたら、領主のミハイル様がやってきた。

「やあ、ゆうたさんだっけ。うちのやんちゃ妻がご迷惑をおかけしてすいません。今日のところは、このままここで朝まで休んでいただいた方が、我々も気が済みます。侍女も近くにおりますので、遠慮なく呼んでやって下さい」

 あー、なんて親切な人なんだ。王都来てから人間ってだけでひどい目にあってたよな。それに比べてここの領主様と奥様は……。


 俺は領主様の言葉にすっかり甘えて、その客間で一夜過ごす事にした。


 しかし何だな。ベッドがフカフカすぎて、深く寝付けない。夜中に何度もうつらうつらしていると、すぐ近くに人の気配がして、びっくりして目を開けたら、すぐ目の前にビヨンド様の顔があった。


「あれ、起こしてしまいましたか? そのままお休み続けて下さって構いませんよ」

「あ、あの、ビヨンド様。こんな時間にここで何をなさっておいでで……」

「ふふっ、お気になさらないで。人間の寝顔が珍しくて、ちょっと観察させていただいていただけですわ」

「は、はあ……。それでは遠慮なく、と申し上げたい所なんですがビヨンド様。ご尊顔が近くて、緊張して寝られそうにありません」

「そうですか。それじゃ仕方ありません。退散しますわ。でも、ゆうたさん。その前に一つだけ、私のお願い聞いて下さらない?」

「私に出来る事でしたら……」

「出来るわよ……あなたのあそこ見せていただけない?」

「! それっって……」

「そうよ。あなたも知ってる様ね、あの都市伝説。それをこの目で確かめる絶好の機会かなーって」


 いやいや、どうするんだ俺。領主様の奥方様が、前にあごひげさんが言ってたような好き者さんだったとは……いや、まて。これはチャンスじゃないか? 俺、何かやらかして軍をクビにならないといけないし、これであそこだけ見せて、明日、領主様に良心の呵責がとか言って自白する体でお怒りを買う……。格好の悪いやり方だが

残り時間の少ない俺には、贅沢は言っていられないぞ。


「わ、わかりました。奥様のお言いつけでは、従わない訳には参りません」

 そういって、おれは着衣を脱ぎ、素っ裸になってベッドの上に仰向けになった。

「どうぞ。じっくりとご覧ください。あ、でも、触るのは勘弁いただけますか?」

「それはあなた次第ね。ふーん、これがあなたのものかー。でも、そんなに大きくないじゃない。主人のモノとそんなに変わらないわね」

 いや、これだけプレッシャー感じてたら大きくはならないです……。

「ゆうたさん。もっとリラックスしないと。そうだわ。これならどう?」

 そう言って、ビヨンド様は、自分の着衣を脱ぎだした。

 うわ、やばいやばい。俺は声を上げそうになるが、ビヨンド様に制される。

「ゆうたさん。こんなところ誰かに見られたら、あなた死刑よ……声を出しちゃダメ」

 いやいや、ビヨンド様がここに入ってきたんでしょ。でも、俺の言い分は絶対採用されないだろうな。


 ベッドの上で、ビヨンド様が俺の足元から腹のほうへにじり寄ってくる。

 そしてなんかビヨンド様、興奮して視線がおかしいぞ。

「いやー、ビヨンド様。さわらないでー!!」


 その時だった。

「お前たち、何をしているんだ!」

 大声で怒鳴りながら部屋に入ってきたのは、領主のミハイル様だった。

「ビヨンド、ゆうたさん、どういう事だこれは! 説明してもらおう!」


 こうして俺は、間男現行犯として、物置に拘束された。

 ミハイル様のお怒り様はすごかったな。これは、死刑……かもな。





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