第27話 帰還

 翌日、俺はミハイル様直々の尋問を受け、ありのままをお話したつもりだったが、当然採用されず、夜中に俺の具合を心配して様子を見に行ったビヨンド様を、無理やり手籠めにしようとしたというストーリーが完成していた。


 このお二人がいい人だと思っていた自分が馬鹿みたいだ。


 一通りの事情聴取が終わり、ミハイル様が人払いをして俺に言う。

「ゆうたさん。このことは王都軍にクレームをいれます。クビは確定ですが、悪くすれば死刑もあり得るでしょう。ですが、あなたはまだ若いし、いっときの気の迷いもあったでしょう。ビヨンドは美しいですからね。ですので、罪自体は消えないが、こちらにも油断と落ち度があり、減刑の余地ありと軍に伝える事も出来ます」

 くそ、こんなタイミングでいい人ぶりやがって。


 心の中で悪態をつく俺に、ミハイル様が続ける。

「ゆうたさん。そこの長椅子におかけなさい」

 俺は、ミハイル様の指示通り、部屋の片隅にあった大きなソファーに腰かけた。

 ミハイル様が鞭を手にして、そのソファーの側まで来た。

 あ、打たれるのかなと思った次の瞬間。

 ミハイル様がドンっと俺の横に腰を落としてこう言った。


「ゆうたさん。鞭プレイはお嫌いですか?」

「へっ?」

「魚心あれば水心というやつです。ビヨンドだけではなく、私とも仲良くなりませんか? そうすれば、昨夜の事は、まあ全くなかった事にはできませんが、最大限、私が弁護してあげてもよろしい」

 そう言って、ミハイル様が俺の股間に手を伸ばしながら囁く。

「何、軍をクビになっても、私の小姓として暮らしていけばいいのですよ」

 えー、それって、ヤッパリ、ホモー? 


 ミハイル様が俺の股間をまさぐり始めた。

「いや、それは……助けて星さーん!」俺は絶叫した。


 その時、部屋の扉がバタンと開いて、今度はビヨンド様が部屋に飛び込んできた。

 あれっ、これって昨晩とまったく逆の状況……ぽかーんとしている俺の前で、ビヨンド様が叫んだ。


「ビックリ大成功―――――!」


 次の瞬間、ミハイル様が、腹を抱えて大笑いを始めた。

 えっ、ビックリ? えー、それって……


「すまんすまん。ゆうたさん。罠にはめる様な真似をして。でもせっかく協力するんだから、我々も少しはいい思いをさせてもらわないとな!」

 呆然としている俺に、ビヨンド様が語りかけた。

「大丈夫よゆうたさん。私たち、あごひげさんに、あなたに協力するよう頼まれていたの!」

 あ、ああー、そういう事か。

 あごひげさんが言ってた知己の人って、ミハイル様ご夫妻だったんだ。


 その後、場所を応接に移し、ミハイル様がいきさつを説明してくれた。

「最初にジンさんから手紙が来た時驚いたんだが、先日、トクラ村へ向かう途中、ここに寄った際、見所みどころのある人間なんでと本気で口説かれてさらにびっくりしたんだ。あのジンさんが、そんなに人間に肩入れするとはねと。君はよほど彼に気にいられているんだね」


 ミハイル様とあごひげさんは、三十年来の付き合いで、種族や身分を越えた友人なのだそうだ。ビヨンド様が付け加えて説明してくれた。

「私は、主人とはもう百年来の付き合いなんだけど、倦怠期っていうの? ちょっと外の空気が吸いたくなって、十年以上前、昔取った杵柄きねづかじゃないけど冒険者としてジンさんのキャラバンに一時期同行していて、その時、シャーリンちゃんと知り合ったのよ。彼女、王都でも相当の札付きだったんだけど何かで逮捕されて、保護観察って事でジンさんの商会が身柄を引き受けたのよね。まあ最初の頃は、狂犬みたいな感じだったわ。そのシャーリンちゃんがね、こう、私に深く頭を下げるのよ。ゆうたを宜しくお願いしますってさ。あれ見て協力しない人はいないわよ」

 そうか、そうだったんだ……俺、本当にこの世界でいろんな人に助けられているよな。


「ともあれ、ゆうたさん。これで、軍をちゃんとクビになって除隊できるよう私が動くので安心しなさい。それで、その後の事なんだが、君、王都のうちの上屋敷かみやしきで働いてみないか? 主に、肉体労働の下働きだし、軍より給料は安くなってしまうとは思うが、他の下働きもほとんど獣人だし、なんとかやっていけるだろう」

 上屋敷というのは、ミハイル様の領地と王都を結ぶ連絡・物流拠点で、ミハイル様が王都にいかれる時にはそこに滞在されるのだそうだ。たしか俺の世界の時代劇にもそんなのあったよな。


「それは! 是非、お願いしたいです。ですが、ミハイル様、人間の私にそこまでしていただいて、感謝してもしきれないです」

「いや、人間っていうのは正直あんまり気にならないんだが……実はこっちにも下心があってね。君、近衛に知り合いがいるんだろ?」

 それって、プルーンの事だな。


「我々周辺領主としても、王家の情報には、逐一アンテナを立てておかないとね。これからいろいろありそうだし……いや、これは君には関係ないんだが。

 まあ、わずかなツテでも打てる手は打っておきたいんだ。

 これもジンさんのアドバイスなんだがね」

「はい。彼女とは最近話をしていませんし、まだ下っ端なので、どれだけお役に立てるかは分かりませんが、受けた御恩に報いるためにも、出来る事は頑張ります」

「うん、それでお願いするよ……それで、ゆうたさん。まじめな話なんだが、よければ私の小姓でもいいぞ。さっきの一物いちもつはなかなかのものだ……」

「あら、あなた。それなら私がゆうたさんをつばめで囲いますわ」

「あのお二人とも、そんな不道徳な。エルフって一夫一婦制ですよね?」

「ははは。とはいってもエルフの人生は君らの何十倍も長いからね。いろんな事を楽しまないと、人生に飽きてしまうんだよ! その気になったらいつでも歓迎するぞ」


 こうして俺は、軍の沙汰待ちでしばらくミハイル様のところに滞在し、自分の世界やゲートの事、こちらの世界に来てからの事をご夫妻に話し、二人はまあ、日ごろ退屈なのもあるのだろうが、それを楽しそうに聞いてくれた。

 そしてひと月後、めでたく軍の解雇通知を受け取り、それから二週間後、無事王都に到着したが、星さんとメロンが到着するまで、すでに残り二か月を切っていた。

 とにかく急いで準備を進めないといけない。


 最初にイルマンでの件を報告しなくてはと思い、商会に向かった。


「うまくいったでしょ? あなたには言えなかったけど、父は最初からミハイル様にお願いするつもりだったのよ」フマリさんもうれしそうだ。

「それで、プルーンからは?」

「それがね。相変わらず、音信不通なのよ。もう私もいいかげん頭に来て、軍の知り合いとかにも手をまわしたんだけど、今は近衛の状況が外に全く伝わって来なくて

……って実はね。どうやら、第四王女が亡命したみたいなの。まあ、一部ではお見合いを嫌がって家出したみたいな話もあるんだけどね。それで、南方に向かったとか。まあ、王室内のいざこざは、私たち庶民にはあんまり関係ないんだけど、そのせいで近衛の統制がすごく厳しくなっているんだと思う」

 やれやれ、プルーンはあてに出来ずか。まあ、俺の自由度は高くなったし、星さんたちを迎える準備は進められるとして、プルーン、本当に大丈夫なのだろうか。


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