第25話 近衛

 年が明け、プルーンは、養成所から近衛師団に配転した。

 近衛師団も、メンバーの宿舎も王宮の敷地内にあり、もちろんゆうたは入っては来られない。

 

 あの一件以来、ゆうたとは会っていない。


 最初は、ものすごく悲しくて悔しくて、夜な夜な布団の中で号泣した。

 決してゆうたが悪い訳でもなく、自分が悪い訳でもない。

 だが、生き物の種類の違いという壁が厳然としてそこにあった。

 せっかく好きになった人が、結ばれることのない人だと分かった絶望感が、プルーンに重くのしかかった。

 でも、ひとしきり泣いたらちょっと落ち着いて、昔、あかりママに背中を押された時の事を思い出した。


***


「うん、私はゆうたが好き。でも獣人と人間だと、ちゃんとつがって、ちゃんと子供つくれるのかな?」

「うーん。それは私にもわかんないけどー。プルーンちゃん。生殖だけが、つがいの目的ではないと思うよ。私の元の世界でも、生殖っていう意味では結ばれなくても、お互いを尊重して人生のパートナーとして暮らしている人はたくさんいたし……」

「ふーん。そうなんだ……」


***


 多分、私は、これからもゆうたと繋がる事は出来ず、子供をなす事も出来ないのだろう。でも……やっぱり、私はゆうたが好き。あいつといっしょにいたいし、いると楽しい。その気持ちを、これからも大事にしたいな。そう考えたら、合体出来るかどうかなんて、どうでもいい小さな事に思えてきた。 

 それに、私、あんなに血が出たし……絶対、ロストバージンは完了したよね。


 こうして気持ちの整理をつけたプルーンは、新たな気持ちで近衛師団の門をたたいた。


 近衛師団は、複数の男性中隊と女性中隊で構成されていたが、最初は特定の中隊に属せず、厳しく礼儀作法のトレーニングをさせられた。また、近衛は見出しなみや生活態度にも気を付けねばならず、スキャンダルはご法度とされた。

 そうして、約一ヵ月の訓練の後、プルーンは、第四王女の御付おつき中隊に配属された。


 プルーンが配属されたのは獣人の女性たちの小隊で、主に辺境出身の者で構成されていた。正直なところ、近衛など、貴族やお金持ちの御子息などが務めるのだろうと思っていたのだが、この小隊の先輩に聞いたところ、自分たちは本当に有事があった際に、肉の盾として要人をお守りするためにここにいるということだった。

 なるほど、そういうことなら理解した。要は、いざという時の捨て駒か。


 でも有事でなかったら、何という事もないだろう。


 宿舎でプルーンが同室になったのは、クルスというリス型の獣人少女で、歳は少し上だろうか。入隊も一年くらい先輩にあたる様だ。聞いた事のない辺境の村の出身らしいが、それはこちらも同じだ。

 トクラ村なんて、王都で知ってる人いないよね。

 

 クルスさんは、結構人懐っこい人で、いろいろ踏み込んで聞いてくる。


「えー、あなた、彼氏がいるのね。へー。でもね、ここでは秘密にしておいたほうがいいですわよ」

「やはりスキャンダルは厳禁ということでしょうか?」

「違いますわよ。あなたのそれはスキャンダルではありません。近衛だって殿方とはつきあわないと……怖いのは、嫉妬! ですのよ」

「嫉妬、ですか?」

「そう。ここは女の園でしょ。殿方と出会う機会もこの王宮内では皆無ですし……。 

 せめて男性王族の近くとかに侍れる位になれば、もしかしてもあるでしょうが……みんな欲求不満が溜まっているんですのよ。

 中には百合に走っちゃう人もいますが」

「百合?」

「あ、ご心配なさらないで。私はそのはありませんから」

「それで、先輩。私たちって、実際に王女様のお側で警備したりするんですか?」

「あー、クルスでいいわよ、プルーンさん。そんな心配はまだ早くてよ。私だって、まだ第四王女のアスカ様にはお目通りしたこと無いもの」

「せんぱ……クルスさん。それじゃ私たちの仕事って……」

「王女様の身の廻りのお世話は、貴族出の近衛の人達がついているわ。

 私たちは有事まで、庭とお部屋のお掃除がほとんどよ」


 あー、近衛っていえば、聞こえはいいけど、これってすごく退屈そうじゃない?


 ……ゆうた、今頃どうしてんだろ……

 そう思いながら、プルーンは窓越しに夜空を仰いだ。


 ◇◇◇


 プルーンをあんな形で傷つけてしまった。


 まあ予想外と言ってしまえばそれまでなのだが、自分がもっと慎重に、ていねいに事を進めていれば、あんな形で傷つけることは無かったのではないかと、俺は自責の念にずっと囚われていた。


 あれからプルーンとは会っていない。年が明け、彼女が近衛師団に移ってしまったため、こちらからは連絡もままならない。

 例の伝言版みたいのは無いのだろうかと、王宮に近づいてみたら、すぐさま衛兵に職質され、追い返された。人間だったので、軍の身分証を持っていなければ、即投獄されても不思議ではない勢いだったな。


 そうして、もんもんとしながら、春先までに落第でも採用でもどっちにでも転べるよう、慎重に取得単位を調整……いや、正直に言おう、なんとか合格できるよう一生懸命学科の勉強をしていた。


 やがて年が明けて一ヵ月くらいしたころ、商会のフマリさんから呼び出しがあったので、次の訓練休暇日に商会に出向いた。


「どう? 必要単位は集まりそうですか?」フマリさんが俺に問う。

「はは、かなり際どいですが、なんとか……努力します……」

「はは、仕方ないですねー。それで例の件。

 あなたの将来の事なんですけど、作戦は決まりましたよ」

「えっ、それで俺はどうすれば?」

「えっとですね。まずあなたは、必ず軍の正規採用に合格しなさい!」

「でも、それだと配属が遠隔地に……」

「そこは、ちょっと今は何とも言えないんですけど、配属された先で、大失敗とかスキャンダルとか……何でもいいので、何かやらかして軍をクビになって下さい。

 そうすれば村に迷惑は掛からないはずです」

「いやいや、それはいくらなんでも乱暴では? 

 しかもその後どうするんですか、俺? 王都でプルーンの紐でもやれと……」

「ははは、それもありですねー。近衛なら結構稼げそうですし……いや、冗談冗談。

 ちょっとその辺もまだ何とも言えないんですが、今君が、ここで、うんって言ってくれると、私もやりやすいんですよね」

「はあ……」


 裏に何かありそうなのだが、それを言えないような感じが伝わってくる。だが、現状の俺に選択肢はあまりない。もう商会にこの身を託すしかないだろう。最悪、商会の庭掃除ででも雇ってくれるかもしれないしな。

 そう考えて、俺はフマリさんに了解の意志を伝えた。


 一応、その旨をプルーンに報告しようと思い、その場で手紙を書いて商会に預けようとしたら、フマリさんに止められた。どんな形であれ、今回の計画の内容が王宮内に伝わるのはNGらしい。

 まあ、そうだよな。軍に対する裏切りみたいなものだし、俺の手紙が王宮内で検閲されないとも限らない。俺はプルーンに手紙で伝える事をあきらめ、彼女の方から連絡が来るのを待つ事にした。


 そして、多分大学の受験勉強より一生懸命、おれは学科の勉強をし、落第の期限ギリギリではあったが、俺はなんとか軍の正規採用に必要な単位を全てそろえた。

 入隊した時にいた同室のメンバーは、当然、全員、俺より先に部隊に配属済だ。


 その後、数日して俺の配属先が決まった。

 なんと、あのイルマンの町の守備隊へ出向との事だった。

 正規部隊配属ではなく出向? そんなのあるんだ。 


 通常、貴族の領地では、その土地の領主が独自に軍を編成し、地元のものを雇うらしいのだが、なんでも昨年の暮れくらいから感染症が猛威を振るっているとかで、かなり労働人口が減っているらしく、領主が王室に軍人の貸与を申請したらしい。

 まったく知らない町でもなかったのでちょっとほっとしたが、まあ、プルーンとは因縁の町でもあるな。


 プルーンからは相変わらず、全く連絡がなく、俺が書いた内容に差し障りの無い手紙を、商会経由で王宮に届けてもらっても、それに対しての返事もない。フマルさんによると、身辺調査を兼ねて、当分の間、すべて止められているのかも知れないとの事だった。でも、もしかしたら、俺があいそをつかされただけかも知れない。

 

 感染症というのがちょっと引っかかるが、まあ贅沢は言ってられないか。王都から片道二週間。まあこっちの感覚だと、そんなにとんでもない遠隔地というわけでもないしな。それにしても、そこで何かやらかして軍を追い出されないといけないのだ。しかもさっさとやらないと、約五か月後には、星さんとメロンが上京してきてしまう。その前にせめて、王都内に彼女達が住む所だけでも確保しておかないと。


 くそ、プルーンと話出来ないのがもどかしいな。俺を嫌いになっっていたとしても、メロンの事でもあるし、そろそろ動き出さないと……。


 ちょっと焦りながら俺は、プルーンを思って夜空を眺めた。


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