第16話 金策

「えっ? 二百万ポン? 百万くらいじゃ……」


 今日の午後、あごひげさんと、王都渡航の打ち合わせにいったプルーンは、もともと大きな瞳をさらに大きく広げて飛び上がった。

「いやいや。それはいくらなんでも。どうせ里長さとおさが変な事言ったのでしょうが。まったく、あいつは……自分が王都に行ったの何十年前だと思っているんだ。それにここ十年くらい村から軍志望を送り出していないから直近の相場も知らんのでしょう。

 プルーンさん。この村から王都まで今の相場だと、一人二百万ポンが普通ですよ。いやいや、決してあなたたちの足元を見ている訳じゃありません。国の定めた上限よりもちゃんと低く設定しています。お疑いなら、王都に着いてからしかるべき役所で調べてもらって構いません。それで、私が相場より多く取っていたとなったら返金しますって念書も書きますよ」

 そう言われると反論のしようもない。もう一度家族と相談しますと言って、プルーンは帰ってきたのだ。


「うわー。計算の根本が間違っていた訳だ」

「そう。それで何度も計算し直したんだけど、どう切りつめても、二百万ポン、一人分足りないのよ! どうしよう……渡航を一年延ばして貯金する? でも一年でも二百万ポンは……」

「そうだな。じゃあ他の手段も考えよう。お金を借りるとか、たとえば道中、俺達も働いて多少おまけしてもらうとか」

「そうね。ここで計算だけしていてもお金は増えないし、費用は減らない。

 キャラバンがこの村を立つまで、まだ十日あるわ。もう少し、じたばたしてみましょう。私、明日、もう一度あごひげさんのところに行くわ。そしてお金借りる件や働く件も相談してみる」

「それがいいだろうな。ゴーテックさんも、お金のことは行商に相談するのがいいと言っていた。明日は俺も一緒に行くよ」


 俺とプルーンのそんな会話を聞いていた星さんが口を開いた。

「あのー。その、明日の行商さんとの相談だけど。私も付いて行っていいかな?」

「えっ、それは構いませんが、星さん、何か考えでも?」

「いやー、私も一応主婦の端くれで、値引き交渉となると血が騒ぐというか……

 大丈夫! ちゃんと大阪のオバチャンになりきるから」

「大阪のオバチャン? 何それ。でもあかりママも来てくれるのは心強いな」

「ははは、それじゃ、値引交渉に、三人で出撃しようか」

 値引き交渉が成功するかはわからないが、最後まで粘ってみるのは損にはならないだろう。


 その後、俺はエルルゥの夢の事を、プルーンに俺から伝えるのもどうかと思い、こっそり星さんにだけ話した。

「ふーん。素敵な夢だねー。かなえてあげたいねー。それって、私たちが元の世界に帰れるって事だし。でも、あのぱんつ、ヒマムラの三枚千円のやつなんだよなー。私の勝負ぱんつみたら、エルルゥちゃん、卒倒しちゃうかもねー」

 うーん。星さんの勝負ぱんつってどんなんだろう。


 翌日、三人でキャラバンに行き、忙しそうにしているあごひげさんの手が空くのを待って、資金の相談を始めた。


「うーん。気持ちはよくわかるが、渡航費用は前払いが原則なんですよ。借金するにしても、私ではなく村の他の人で工面してもらいたいです。

 以前はもう少し規制が緩かったのだけど、王都についてから逃げちゃう者とか途中で死んでしまう者とか、いろいろ問題があって、今は前払いが国のルールなんです。

 唯一の例外として、到着時にちゃんと払える保証があればOKなんですが」

「そうですか。だとすると、私たちが王都に行って一年後、残り二人が王都に到着する時、先に王都に入った私たちが二百万ポン用意できていればいいということですかね」プルーンの問いにあごひげさんが答えた。

「そうですね。でもそれも大変ですよ。軍に採用されたとしても、見習いのうちは月給二万くらいと聞きます。正規採用になっても五万くらいだとか。お二人が給料を一銭も使わず、且つ、他に副業するとかしないと間に合わないと思いますよ」


 生活費の事も考えると、それは無理そうだ。そこで俺があごひげさんに尋ねた。

「例えば、私たちが王都までの道中、キャラバンの下働きをさせていただいて、その給金分おまけしてもらうとかはダメですかね?」

「なるほど。それは無きにしもあらずです。あなたたちは何が出来ますか? 

 セールスポイントというやつです」

「あー。家事全般と肉体労働。それに剣も多少なりは……」

「うーん。その辺は間に合ってるんですよ。必要な人材は、王都から往復分で確保して来ていますから。途中で欠員でも出ていれば話は別なのですが……でも、君らの気持ちもわからないではありませんし……そうですね。王都に帰る途中、ちょっと気がかりな場所もありますので、腕の立つ者なら雇ってもいいかも知れませんね」

「それじゃあ?」

「待って待って。早まらないで下さい。腕が立つ者でないとダメですので、まずはあなた方の力量を試させてくれませんか?」

「はい! 是非やらせてください!」


 そうして俺達は広場に移動し、あごひげさんは例のダークエルフの強面こわもてのお姉さんを呼んだ。

「紹介します。この人が我がキャラバンの守備隊長をしている傭兵のシャーリンさんです。でも、あなた達では絶対勝てませんからケガをしないよう無茶はしないで下さい。力量を図ってもらうだけでいいですから」

 あごひげさんがそう言いながら、俺とプルーンに木製の模擬剣を渡してくれた。


「私に一本でも有効打が入れられればお前たちの勝ちでいい。遠慮はいらないから思い切りかかってこい。二人がかりでいいぞ」シャーリンさんは余裕たっぷりだ。

「え、でも。シャーリンさんでしたっけ。あなたも剣をもって構えてください」

「気にするな。誤って私の剣がお前たちに当たってしまう方が危ないんでな。仮に木製の剣が私に一撃入ってもどうということはないから遠慮するな」

「そうですか。それじゃ、よろしくお願いします!」


 くそ、舐められたものだな。いくら達人でも、素手で剣を持った俺とプルーンの相手をしようというのか。プルーンと目くばせし、一斉にとびかかろうとしたとき、ドンっと回りの空気の重さが増した。なんだこれ? 一瞬、魔法か何かかと思ったが……違う! シャーリンさんに俺が気押されているんだ。プルーンも同じ様で、足がすくんで止まっている。


「どうした。ビビったか? 王都行はお前たちの夢なんだろ。

 根性入れてかかってこい!」

「こんちくしょー」シャーリンさんの一喝に、覚悟を決めて打ち込んでいったが、まあ、結果はさんざんだった。俺とプルーンの太刀筋はすべて読み切られ、本当に数ミリの隙間をおいて躱された。プロの傭兵ってこんなにすごいものなのか。


「どう思いますか。シャーリンさん」

 あごひげさんの問いに、シャーリンさんはしばらく考えて、やがてこう答えた。

「もっとちゃんと鍛えればそれなりには使える様にはなると思うが、今の時点では戦力的にまったくあてにはならない。戦闘時、かえって足を引っ張られるかもしれない」

「そうですか……ゆうたさん。残念ですが、キャラバンでの臨時採用もむずかしいですね」

 仕方ないな。これだけ実力の差を見せつけられては、俺も何も言えない。


 しかし、これで手詰まりだ。ここはまた考えて出直しかな。そう思っていたら、ずっと口を挟まず、いままでの経緯を見ていた星さんが、あごひげさんに問いかけた。

「あのー、さっきの話しの続きなんですが……あの王都着払いってやつ。あれで王都に行って、いざ支払いって時にお金がなかったらどうなります?」

「あー、でも通常は先に見せ金を確認してからその契約をしますので、そんな事にはならないかと……ああ? あなたもしかして! いやいや悪い事は言いません。そんな事になったら、あなたは奴隷落ちか牢獄ですよ」

「ちょっと、あかりママ。いったい何考えてるの? まさか私たちに一時的に見せ金だけ用意させて……とか思っているんじゃないでしょうね」プルーンが顔色を変えて喰ってかかる。

「いやいや、いくら何でもそれじゃみんなが納得しないし、迷惑かけるし……そっかー。奴隷とかあるんだー。でもね。まあ奴隷とまではいかなくても、例えば二人で、王都での私の仕事を見つけてくれて、前金でお給料もらったりしたらいけないかなーって思ってさ」

「だめよそんなの。下手したら性奴隷とかになっちゃうかもしれないわよ! もしかして大阪のオバチャンって、奴隷に身売りするって事? ふさけないで!」

 おー、プルーン。性奴隷なんて言葉も知ってるんだ。でも今のは完全に間違いだ! 全国の大阪のオバチャンを敵にまわすな……でも確かに縁もゆかりも無い奴に、いきなり給金前払いとか、まっとうな職業じゃないよな。


「あのー、皆さん」

 あごひげさんが、すまなそうに俺たちの会話に割って入ってきた。

「あなたは……ゆうたさんのつがいさん? 相当なお覚悟をお持ちのようですが、その計画はたぶんうまく行きません」

「大丈夫です! 万一、性奴隷になっても、ゆうくんに、後日買い戻してらいますから!」

「そうではなくて……王都であなたにお金を払ってくれる者はいないのです!」

「えー。私ってそんなに魅力ない?」

「ああ、面倒な人ですね。あなた個人の話しではなく、人間のメスがダメなのです」

 とりあえず落ち着こうという事で、あごひげさんに促され、最初打ち合わせをした馬車に戻った。


「王国憲章でも種族による差別は厳しく戒められてはいるのですが、いまだに人間への蔑視・偏見はなくなっておらず、この村みたいな辺境ではそうでもないんですが、王都だと、いまだに人間を無能なごく潰しと見ているものが少なくありません。

 ですので人間が王都で就職先を探しても縁故でもなければ、まず見つかりません。人間を採用するくらいなら王都に流れ着いている獣人のほうがマシという都市伝説みたいなものが根強くある位なのです」

「うわー。俺と星さん、そんなところに行こうとしてるのか……」

「まあ、軍や役所は、人間でも法にのっとって扱ってくれますけど、民間だとダメですね。でも、今の話でちょっと思い当たったことがあります……が、ご婦人たちの前ではやめておきましょう」

「ちょっと、もったいぶらないで下さい、あごひげさん。この際なんでもいいですから何かアイデアを下さい」

「それじゃ、ゆうたさん。あくまでもこれも都市伝説の一つぐらいの気持ちで聞いてください。人間のメスはダメですが、オスは結構な値が付くケースがあります。人間のオスのあそこが獣人やエルフの何倍も大きいという都市伝説があって、たまになのですが、人間のオスをペットに欲しがるエルフの貴族がいたりします」

「な、何よそれ! それこそ性奴隷じゃないの!」プルーンが顔を真っ赤にして憤慨している。

「その通りです。まあエルフは我々とは比べものにならないくらい長寿で、生殖とか色恋に関する彼らの感覚は我々には計り知れないのですが、たまにそういうのが大好きな肉食系の貴族がいらっしゃるようです。ああ、でもゆうたさん。誤解しないでください。決してあなたにそうしろと勧めているわけじゃないですよ!」

「はは、わかってますよ、あごひげさん。俺もそんなつもりは毛頭ないです。ただ、いよいよ切羽詰まった時の選択肢としては、その話、覚えておいていいかも知れませんね」

「もー、ゆうくんったらー。私が言うのもなんだけど、もっと自分を大切にしてよー。それにしても、エルフの女性にも性欲旺盛な人はやっぱりいるんだねー」

「いやいや、そういう好き者は、エルフの『女性』だけとは限りませんので……」

「うわー……」その言葉に、三人でドン引きした。


 ◇◇◇


 そして夜になり、お金のめどがついたわけではないが、準備だけはすすめておこうと荷造りをしていた時、誰か来客が来た様で、メロンが応対に出た。

「ゆうたにお客さん……」と言うメロンがなんだか怯えているようだ。

 俺が戸口に出てみると、そこには、昼間手合わせした、ダークエルフのシャーリンさんが立っていた。


「こんな夜遅くにすまないな。任務のローテーションが空かないと自由に動けないもので、勘弁してくれ。話があるんだが、ちょっといいか?」

「構いませんよ。立ち話もなんですし、狭いですけど中へどうぞ」

 突然の来訪者に、プルーンも星さんもびっくりしていた。

 メロンは怯えて、星さんの背中にひっつき、後ろに隠れてしまっている。


「いきなりだが、私は挨拶とか社交辞令とかは苦手なので要件だけ言う。ゆうた。お前、助手として王都までの道行き四か月間、私に雇われてみる気はないか。私もジン様に雇われている身なのでそんなには出せないが、月十万でどうだ?」

「えっ? それは願ってもないお話なんですが、昼間コテンパンにやられた俺に、何でそんなお話を?」

「おまえに一目惚れした……いや、これは冗談だ。どうしたここは笑うところだぞ」

 はは、シャーリンさんの存在感と威圧感が半端なくて、何言っても冗談に聞こえないです。


「いや実は、昼間お前と手合わせしたとき、ちょっと違和感を感じてな。それを確かめたかったんだ。お前、ソードが一番得意な得物ではないだろう? そっちのお嬢さんの素直な打ち込みと違って、太刀筋が気持ち悪かったんだ」

「あっ、そんなことわかるんですね。実は俺、自分の世界では、刀っていう、長身で細身の片刃の包丁みたいな武器で訓練していたんです。たぶんその癖がまだ抜けていなくて」

「ほう。その得物見せてくれないか。できればそれで手合わせしてほしい」

「残念だけど、本物の刀はここにはありません。練習用に俺が作った木刀でよければ手合わせ出来ますよ」

「それでいい」

 そうして俺はシャーリンさんと表に出た。


 シャーリンさんは職業柄、こうした武道に興味があって、勝ち負けではなく、多分、剣道の間合いとか型とかを知りたいのだろうと察して、それを意識して数分間立ち会った。

「あはは、そうか。これは面白いな。同じ刃物でもソードとは根本的に立ち回りが異なるようだ。ゆうた、お前やっぱり私の助手になれ。そして王都に着くまでの四か月、この剣技を私に教えてくれ。給金はさっき言った額払う!」

「やったあ、ゆうた。四十万ゲットだぜ!」プルーンが俺に飛びついてきた。

「でもすごいねー、ゆうくん。剣道の先生するだけで、そんなに貰えるんだー」

 星さんがそう言うと、シャーリンさんがそれに返して言った。

「いやいや、さすがにそれは違うぞ、つがい殿。剣技の稽古は助手の仕事の一部だ。基本的に私の身の回りの世話や、夜当直の代わり、業務日誌の記載などもしてもらう。私は洗濯や日誌書きが苦手でな」

「あー、よかった。夜に添い寝しろとか言われたらどうしようかと思った」

 冗談めかした俺の言葉に、シャーリンさんは顔を真っ赤にしながら言った。

「多分そんな事はないとは思うが……まあ、私もたまに欲求不満が溜まる事があるので、その時は助手に気持ちよくしてもらうのもありかもしれないな……」

「えっ?」プルーンと星さんが、一瞬固まる。

「ははは、冗談だ! ここは笑うところだぞ!」

 シャーリンさん……見た目よりお茶目なのかもしれない。

 そしてシャーリンさんは、もう最初会った時のような威圧感は全く感じられず、笑顔を浮かべながら帰っていった。


 さらに翌日。

 プルーンが里長と掛け合って、村から幾許かの支援金を貰える事になり、シャーリンさんの給金と合わせてもギリギリではあるが、なんとか金策のメドがついた。


「んー。あと六十万なら、私たちが頑張れば、王都で貯められるかな。頑張ろう、ゆうた!」

「そうだな。今はこれでやれるだけやってみよう」

 プルーンと顔を見合わせながら、二人でニヤニヤと笑った。




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