第15話 キャラバン

 俺達がこの村に流れ着いて二年半が経過した、早春のとある日、辺境巡回徴税吏のキャラバン一行が、トクラ村に到着した。

 数頭の馬が引く四輪馬車の後ろに荷車がつながっている様なものが十数両、次々に村の広場に入ってくる。

 徴税吏は毎年来ているはずで、最初の春は右も左もわかっていなかったので仕方ないとは思うが、昨年はもう少し物が判っていたはずで、なんでこんな大掛かりなものが記憶にないのだろう。

 まあ、まだ気持ちにそんな余裕もなかったんだろうなと反省する。


 夜になって、里長さとおさの屋敷で、徴税吏一行の歓迎パーティーが催され、俺とプルーンも呼ばれている。タイミングをみて、徴税吏に俺達の事を取り次いでくれる手はずだ。村の有力者やキャラバンの上の身分の人達約五十人くらいの宴会で、当然俺達は末席だ。


 そして、隣に座っている人と目が合ったのだが、得体の知れない気配がして背筋がゾクっとした。隣に座っていたのは、褐色の肌でパンチパーマの、眼が猛禽のように鋭い女性で、長身でスタイルもよく、皮のツナギのようなものを着ていて、いわゆるボン・キュッ・ボンなのだが、女性らしいというより引き締まった格闘家か何かのように思え、あわてて挨拶をしたが、無視された。

 やがて主賓の徴税吏が里長と共に部屋に入ってきて宴会が始まったが、その女性は徴税吏の近くに歩み寄っていき、その背後で大剣を構えて仁王立ちした。多分、護衛の人なのだろう。


「ゆうた。あの人、ダークエルフだよ。耳がエルフでしょ」プルーンが言う。

「ダークエルフ? 普通のエルフとはちがうのか?」

「どこ見てんのよ。全く違うでしょ。肌の色も体つきも。エルフと悪魔のハーフで、とんでもない運動能力と魔法力を持ってるんだって聞いた事があるよ」

「へー、そうなんだ。でもなプルーン。俺の元の世界では、肌の色とか出自で人を差別しちゃいけないと言われているんだぜ。だから、あんまりじろじろ見るなよ」

「あ、うん。わかった……」


 やがて里長に呼ばれ、俺とプルーンは、宴会場の上座へ進んだ。

「紹介しよう。この人がうちの村の巡回徴税吏。あごひげのジンさんだ」

と里長に紹介されたのは、壮年の人当たりのよさそうなドワーフで、確かに立派なあごひげを蓄えている。

「おいおい里長。この子たちとは初対面なんだから、ちゃんとフルネームを教えてやってくれよな。はは、私は、ジン・ユーレールといって、もう三十年以上、この村を担当している徴税吏です。君達の事情はさっき簡単に説明を受けました。今後の事はあらためて打ち合わせをしましょう。でも、着いたばかりでさすがに明日は忙しいので、明後日の午後位にキャラバンまで来てくれないでしょうか」

「わかりました、ジン徴税吏。宜しくお願いします」

「ああ、そんなにかしこまらずとも、あごひげさんでいいですから」

 そんな会話をしてジン徴税吏と別れたが、彼と会話している最中は、あのダークエルフのお姉さんの押し殺した気配が凄くて、なんだかとっても落ち着かなかった。


 そうして二日後、まあ主に渡航の費用面の話になるだろうという事で、プルーンがあごひげさんのところへ打ち合わせに行き、おれはこのキャラバン特需のアルバイトをする事で作業を分担した。キャラバンの一角に臨時のバイト受付所が設けられていて、手の空いている村のものは誰でも申し込める。

 キャラバンが王都から持ってきた村人の注文品を依頼主に届けるという、お中元時期の宅配便のバイトみたいなノリに近いものだ。本人が取りに来るのを待ってたら荷が片付かないのだそうだ。


 午前中は、例の雑貨屋さんまで、十人がかりで大きな荷車を二台引っ張っていった。午後はだんだん小口の荷物になってきて、俺がピックアップしたのは結構大きい割に軽い箱だったため、ラッキーと思いながら注文主を確認したらエルルゥとある。そういやソドンもこのバイトしてよなと思い、出来れば替わってやろうかとあたりを見回したが、運悪くすでに他の配達に出ている様だ。仕方ないので俺がエルルゥの家まで持っていった。


「ちわー、ゆうた便でーす」玄関口で大声で叫んだ。

「あー、ゆうたじゃん。なに、それ、ウケるー」

 そう言いながらエルルゥが奥から出てきた。

「それじゃー、この受取にサイン下さい」と俺が事務的な口調でいう。

「何それ。そっけないなー……あ、そうだ。ゆうた、ちょっといい? ちょっとうちに上がっていかない?」

「えっ、でも俺この後も配達あるし……」

「大丈夫! そんなに手間取らせないって」

 いったいなんなんだ。俺、この子とそんなに親しくするような付き合いあったか。あ、もしかしてあそこを見せろとか……変な妄想は振り払って、まあ、そんなにムキになって断る理由もないので、お邪魔させてもらった。


「今、お茶いれるから、その辺テキトーに座ってて。あー、両親、今仕事に出てるから遠慮いらないよー」いや、かえって緊張するだろ。

 エルルゥは俺にハーブティーを淹れてくれ、ちょっと待っててと言って、俺が持ってきた荷物と一緒に奥に引っ込んで行った。そしてちょっとして戻ってきたのだが、さっき着ていた服と違い、フリルが大量にあしらわれた白いワンピース姿で戻ってきた。


 エルルゥをこんなに間近で見た事はなかったが、改めてよく見ると、大きな瞳と通った鼻立ち。身長も高く、すらっとしていて足も長い。確かに俺の世界でもティーンズモデル位は出来そうな感じで、村一番というのもうなずける。

 それが、彼女の長い脚でもちょっと際どいんじゃないかという、裾が膝上十五cmのワンピースを着て、俺の前に立っている。


「どうかな?」

「うん、すごくきれいだ。可愛い……」俺は、ちょっとのぼせながら、そう答えた。

「あー、よかった! ゆうたが言うなら大丈夫だね。これ、あごひげさんに頼んで、王都で仕入れてもらったんだ。私がイメージを絵に描いて昨年渡しておいたの。まあ、それとはかなり違っちゃってはいるんだけど、基本的な線は押さえてくれててね。でもさ、このド田舎村のオス達だと、多分、絶対このへんの裾と太腿のところしか見ないんだよね」

 エルルゥは、そう言いながら裾のところを両手で掴み、パタパタと上下にあおいでいる。あっ、今、ぱんつ見えたかも……。


「でも。俺もそんなに変わらないかも……もう目がそこに釘付けになってたりして……」

「ううん。ゆうたは違うと思う。 私ねー。あんたたちがこの村に来て一年位たったころかな。プルーンに頼んであんたたちの衣服を見せてもらった事があるの。

 あっ、もちろん洗濯した後だよ。それでもう、びっくりしちゃった。あんたのパンツは何かよく分からない素材なんだけど良く伸びるし、湿気も吸う割に通気性も良くて。そんで、あかりさんのショーツとか、デザインは斬新だし、すっごく細かいフリルとかいっぱいついてて柄もとっても可愛いし。

 あー、こんなの身に付けてる人達は、すっごくファッションセンスがいいんだろうなーって思ったんだ。だからこういうの、あんたなら目が肥えてると思ったの!」

 あはは、エルルゥさん。あれはフニクロの、スウェットの二千円のジャージだよ。


 でも確かに、この村と比べたら俺達の世界は、ファッション超先進国だな。

 ショーツにしたって、この世界にはゴムというものが無い様で、要所を紐で括る、ダサい恰好のズロースみたいのしかないしな。

 そして、エルルゥが俺の方に近づいてくる。俺はちょっと身構えてしまったが、エルルゥは臆することなく俺のそばに座りこう言った。

「ゆうた達は、そのうち自分の世界に帰るんだよね?」

「ああ、そのつもりだけど、正直いつになるかは……」

「そんでね」

 エルルゥが顔を急に俺の顔に近づけ、そして俺の耳元でささやいた。

「そん時はさ。私も連れてってくれないかな。私、ファッションの勉強がしたいんだよ」


 あっ、そういうことか。顔を近づけられて多分真っ赤になっている俺の側を離れ、エルルゥが続ける。

「私、将来、王都にファッションの勉強に行くつもりでお金貯めてたんだ。それで、あんたのパンツとあかりさんのショーツみたいの、王都にあるかなって思ってこのワンピと一緒に注文出してみたんだけど、見てよこれ! まあ、そんなに期待はしてなかったけど……」

 そう言いながら彼女が見せてくれたのは、このワンピの箱に一緒に入っていた注文書の写しの様だ。ああー、なるほど。パンツとショーツの欄に赤く×がついている。


「これはもう……こうなったら本家に行くっきゃないでしょ!」

「わかったエルルゥ。素敵な夢だと思うよ。まあ、その時になってみないと何ともだけど、出来る事であれば、一緒に俺の世界に連れてってあげるよ」

「あはっ、ありがと、ゆうた!」

 そう言いながら、エルルゥは俺に飛びつき、頬にキスしてくれた。


 その後、何軒かの配達をこなし夜遅くに帰宅したが、プルーンと星さんが顔を突き合わせて難しい顔をしていた。

「お帰りゆうた、遅かったね。って、何? なんかエルルゥの匂いがする」

 いやー、獣人の嗅覚、本当に侮れないよな。

 これじゃ浮気とか絶対出来ないだろうと思う。

「いや、エルルゥのところへ王都からの荷物を持ってっただけだよ。それでそんな顔してどうしたの?」話の流れを変えようと試みる。

「えー、荷物持ってっただけで、こんなに匂い付くかな。

 まあ、いいや。ゆうた。緊急事態よ!」

「いったい何があったの?」

「お金が……お金が足りないのよ!」

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