第14話 春待ち

 冬の間、俺は、オキアらと共に狩りに出る事が多かった。

 俺達がこの世界に流れ着いた時、森に獣の気配がしていなかったのに、今はいろいろな獲物を獲る事が出来る。オキアが言うには、ウォーウルフのせいで、その時獣達は山奥に引っ込んでいたのだろうという事だった。まあ俺の狩猟スキルも当時は皆無だったし、見つけ方も稚拙だったんだろうが。


 星さんとプルーンは、村の染め物工房で働いている。村人にはぜいたく品なのだが、カイコのようなものを飼っていて絹みたいな布を作り、それにこの村独自の技法で模様を染め、それを徴税吏に買い上げてもらうのだそうだ。当然その布は、俺達といっしょに王都へ行く訳だ。


 こんな訳で、家の中の事は、メロンが頑張っている事が多くなった。

 その後、星さんとは肉体的な絡みはない。俺から誘ってみようとも思うのだが、やはりなにか心の奥に引っかかるものがある。それは星さんも同じ様で、お互いの心に火が付くには、なにかきっかけが必要なのだろうとは思う。


 そうやって四人で協力しながらお金を貯め、プルーンによると順調に黒字が出ているらしい。


 やがて、山の雪が解け始め、村の中もめっきり春めいてきた。あとひと月くらいで辺境巡回徴税吏がこの村に来るはずだ。俺とプルーンは、王都へ出発する具体的な準備を始めた。もちろんソードの訓練も忘れてはいないが、プルーンは本当に強くなった。もう村のオスでも、彼女にかなうものはそうそういないだろう。

……俺はまだ大丈夫だが。


「このネックレスは絶対持っていくね。ゆうたが買ってくれた大切なものだし」

 持っていく荷物の準備をしながら、プルーンが言う。ああ、あの精霊の加護付きのやつか。確かにあれを付けているとプルーンの身のこなしは三割増し位で早くなっている様に思う。ダメージを入れた事はないのでわからないが、多分防御力も上がっているのだろう。

 ただ、寝る時にあれを付けるのは勘弁してほしい。チャームの加護のせいか、プルーンが色っぽくて艶っぽくて、うっかりすると抱きしめそうになる。そういう時は、とりあえず身体を反対向きにして、星さんのほうを向いて寝る事にしている。でも、たまに、星さんにも手が出そうになるが……。


 女の子は、服とか化粧品とか準備が何かと大変そうだが、俺は基本的に私物がないため、着替えと武器位しか持っていくものがない。そう思いながら荷物を整理していたら、この世界に来たとき持っていたスマホと小銭入れが出てきた。電池もとっくに切れてるし、こんなの使い道ないよなーと思い、脇に放り出していたら、プルーンが興味深そうにそれを眺めていた。


「なんだ、欲しいのかそれ。でも使えないぞ」

「これ何?」

「そっちの四角いのは、俺達の世界の道具でスマホって言って、なんていえばいいか。遠くの人と話したり、好きな人の写真を入れたり、音楽を聴いたり出来るんだ。もう一つは俺の世界のお金」

「写真? でも、すごいね。遠くの人と話ができるなんて。エルフの念話みたいなもの? それにこのお金。種類もいろいろあって、すごくきれいだね」

「念話とはちょっと違うんだが……この世界でそれが使えたなら、王都と村で、直接話が出来たかもな。あと、そのお金はこっちでは使えないし。欲しければあげるよ」

「へー。でも、ゆうたのものだし、使えないならいらないかな。でも、こんなのめずらしいから、王都で売れるかもよ。でも……そうだ。この穴の開いたお金だけ頂戴。このネックレスにちょうどいいアクセントになりそう」

「なるほど。何かの足しにはなるかも知れないな。そんなに荷物でもないし持っていくか。ああ、その五円玉はあげるよ」

「ごえんだま?」

「そうだよ。人と人の間の縁を取り持つご縁玉!」

「ふーん。じゃ、私とゆうたのご縁も取り持って下さいな。ごえんだま!」

 

 ははは……。

 そういや、プルーンとつがいになる件、まだメロンにうやむやにしていたっけ。

「なあ、プルーン」

「なに?」

「お前さ。メロンに、俺とつがいになって王都に行くって言ってないか?」

「えっ、な、何よ。いきなり!」

 なんか耳の先まで真っ赤になっているのが判る。

「いや、メロンがそう言ってた。そしてそれなら俺とお前が王都に行くのを許すって……」

「あー。あいつ……内緒にって……あ、いや、あの。それ、方便だから! メロンを納得させるための。だから出発するまでは、口裏あわせてくれないかなー」

「別にいいよ。お前が嫌じゃなければな」

「うんうん! 嫌じゃない! 嫌じゃない!」

「そうか……でも俺のつがいは星さんだしなー。メロンに変な誤解させていいのかよ」

「えっ? 変な誤解って? 別につがいでメスが二人いてもおかしくないでしょ」

「あっ!」そういや思い出した。守備隊の兵士が言ってたっけ。

 獣人は一夫多妻だって。

 なるほど、別にメスが複数でもこの子らの倫理感には反していないのか。


「でも、一応確認させてくれ。あくまでもメロンの前だけの偽つがいだよな?」

「うっ、それは……うーん……ごめん。ゆうた。正直に言うわ。私、あんたが好きよ」

「あ……、そ、それはありがとう……でも、おれ獣人じゃないけど」

「それはちょっと引っかかっているけど、今はそれほど重要じゃないかなって思ってて、こうして何気なく話ている時とかでも、あなたと一緒にいると楽しいし、これからも一緒に暮らして行きたいと思ってる」

 そういいつつ、プルーンは真っ赤になりながら俺の前でもじもじしている。

(いいか。獣人の発情期は春先だ! そのころ、お前の前でもじもじするメスがいたら脈ありだから、さっさとヤッちまえ。がはははははは)

 そういえば、守備隊の兵士がこんなことも言ってたなー。いやいや、だめだろ! プルーンは俺の大事な妹だ。あくまでも俺の人間側の倫理感だが、やっぱりいけないだろ。


 プルーンは、うるんだ瞳でじっと俺を見つめている。やばい、やばい。俺、理性保てるだろうか。そう思ってプルーンの胸元をみたら、あれっ、いつの間にかネックレスつけてやがる。さっき、五円玉通すんで、手に持っていたはずだが。


「待て待て、プルーン。卑怯だぞ。まずはそのネックレスをはずせ!」

「あー、ばれたか」

 そう言いながらプルーンは、チャームのネックレスを外した。

「ふふ。でもゆうた。確かに今のはちょっと卑怯だったかもしれないけど、私は本気だよ。前にあかりママに聞いたんだけど、人間はエルフと同じで、一夫多妻じゃないんだってね。でも、私たち獣人の感覚だと余り気にならないし、第一、あかりママが、頑張れって背中押してくれるんだよね」

 なんと。あの時、星さんが言っていた事はやはり本気なんだ。

 戻れたら灯と、戻れなかったらプルーンと……星さんは俺と一時の体の関係だけでいいという事なのかな……。ちょっとくやしいかな。それに、まだ最後までヤッてないし。


 もんもんとそんな事を考えていたら、家の戸口に誰か来たようで、見に行ったらソドンがいた。

「ゆうた。里長からの伝言だ。早馬が来て、一週間後に徴税吏がくるらしい。いよいよだな。しかも、プルーンちゃんも一緒なんだって? 彼女、このところ、どんどんいい女になっていくよな。まったく、うらやましい限りだぜ。」

「何言ってんだ、お前。プルーンは俺の大事な妹だ! 

 だいたいお前は、こないだエルルゥちゃんがどうとか言ってたじゃないか」

「はは、あの娘は高嶺の花だしなー。じゃ、確かに伝えたからなー」

 そう言って、ソドンは帰っていった。


「エルルゥがどうしたって?」

 そう言いながらプルーンが出てきた。

「いや、俺じゃないよ。ソドンが、その子気になってるみたいで」

「たしかに、エルルゥはミス・トクラ村だしねー。でも、ソドンじゃ相手にされないかなー」

 エルルゥは、たしか俺と同じ年くらいの獣人の娘で、村一番の美人として、若いオスたちに大層人気がある。プルーンとも親しいはずだ。

「エルルゥは、ゆうたに興味があるみたいだよ。人間のオスのあそこは、獣人なんかより何倍も大きいらしいんだって言ってたし!」

「なっ、お前らそんな話してんの? いや、俺はエルルゥには見せてないからな!」

「はは、大丈夫だよ。興味があるってだけで、本当にアタックしてきたりはしないって。年頃の女の子同士の会話って、結構きわどいんだよ!」


 はあ。俺、こんな調子でこれからもプルーンにいじられるのかな。ちょっと王都行きが不安になってきた。でも、あと一週間か。いよいよ一歩前進できると思うと、なんだか武者震いがしてきた。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る