第9話 討伐隊
俺と
もう言葉にも不自由はなく生活も安定しているが、元の世界に帰るメドは全く立っておらず、気持ちばかりが焦る日々が続いていた。
この村に学校と呼ばれるものは無いのだが、月に数回、
そして、俺も星さんも獣人の子供たちに大人気である。もともと、人間自体が珍しい事もあると思うが、俺は狩りでいつも実績を上げ、剣術でも結構有名になっていて、星さんは、折り紙やあやとりなど、向こうの世界の遊びを子供たちに教えたりしている事が大きい。
今日も書取り授業の後、俺は、里長の家の庭でプルーンといっしょに、男の子数人に剣の稽古をつけてやっていて、星さんは、そばの広場でメロンや女児たちとケンケンパをしている。
あの転生一周年のドッキリ以降、星さんの情緒も落ち着いていて、夜中にうなされることもほとんどなくなり穏やかに過ごせている様だ。
「まかりとおーる!」
大声でそう言いながら、早馬が里長の家に向かってきて、ケンケンパをしていた星さんと女児たちがあわてて道の脇によける。そして、使者はそのまま里長の家に入っていった。
「早馬なんて珍しいわね。何があったのかしら」
プルーンが不安そうに俺の顔を見る。
最近、プルーンとはめっきり親しくなっていて、兄妹みたいとよく言われるが、よくも悪くもだんだん灯に似てきているような感じがしている。
やがて、里長が戸口から出てきて言った。
「おーい。プルーン。イメンジに緊急招集だと伝えてくれー」
イメンジとは父親と言う意味なので、里長はバルアを呼んだのだ。なんとなく、キナ臭い感じがして、俺達はそそくさと家に戻り、バルアに里長が呼んでいることを伝えた。
その夜、バルアは遅くまで帰ってこず、プルーンとメロンは、星さんと先に就寝させた。俺もそろそろ休もうかと思っていたら、
「なんだ、まだ起きていたのか。待っててくれたんだな。ありがとう」
「いえ、そんなわけでも。寝床をメロンたちに取られましたんでね」
「はは、いつも申し訳ない。それで、ゆうた。どうやらまずい事態だ」
「早馬の件ですね。一体何が?」
「山の尾根一つ向こうの獣人集落が、ゴブリンの集団に襲われて壊滅した。奴ら、しばらくはそこを根城にしているだろうが、周りのものを食らいつくすと、次の獲物のところへ移動を開始する。運が悪いと、この村がその標的になる」
「ゴブリンって、そんなイナゴみたいな移動をするんですか?」
「イナゴ? なんだそれ。まあ、本能に任せて気まぐれに移動するんだが、今年みたいに春に雨が少ないと大発生しやすいんだ」なんか、ますますイナゴみたいた。
「それで、対策は?」
「取り急ぎ、辺境守備隊には早馬が向かっているが、本隊がこちらに到着するまでには、ひと月以上かかるので、彼らが来るまでは自分たちで村を守らないといけない。だから腕の立つものを組織して事にあたる。お前も力を貸してほしい」
「それはもちろん。でも、ゴブリンって見た事ないんですが、どんな感じなんですか?」
「奴らは、子供位の大きさの小鬼で、一匹一匹は貧弱で、多分プルーンでも問題なく倒せるだろう。ただ、数が圧倒的なんだ。だから、倒すというより凌ぐ戦いになる」
なるほど、陣取りとかも重要というわけか。村自体の防御も固める必要があるだろうな。そうして翌日から、対ゴブリン用の準備が村総出で進められた。
数日して、山向こうに偵察にいっていた村人達が帰ってきた。それによると、ゴブリンたちは総数約五千体で、あと数日で今いるあたりの食糧を食らいつくして、移動を開始するとの事。そしてこの村に向かった場合、早ければ十日くらいで来るだろうとの事だった。
村のみんなで賢明に防護柵やら堀やらを整備するが、畑に関しては、ほぼあきらめるしかないらしい。女、子供は、ゴブリンの向かう方向を見定めた後、出来る限りの食糧を背負って、山中に避難する事になっている。
ちょうど、俺と星さんがこの世界で最初にキャンプした山小屋のあたりだそうだ。
戦闘組には、俺やバルア、オキアら村の男二十名が選抜された。プルーンも戦闘組を希望したがバルアに却下され、万一、はぐれが山に向かった時は頼むと言われ納得した様だった。
はは、一人当たりの討伐ノルマは二百五十体か。まあ、やるっきゃないな。
オキアが、業物らしいソードを二本、俺に貸してくれた。さすがに二刀流とはいかず、一本は背中に括りつけておいて、万一の予備にしよう。
そうして、偵察から順次情報が伝えられる中、はたして奴らは、この村に向かっていることが判明し、山中疎開組は、畑から作物を獲れるだけとって避難を開始した。星さんやプルーン、メロンらもそちらに同行した。
俺達戦闘組は、村の中央に砦を構え、奴らを待ち受ける。
ちなみに、全員で避難してもいいのではとバルアに聞いてみたが、万一避難した先で襲われた場合、眼も当てられないのと、この世界の不文律のようなものなのか、発生したゴブリンは極力相対した当事者が数を減らす努力をするものらしい。
確かにそのまま行かせたら次の村に迷惑がかかるよな。今回のゴブリンも、最初は万単位で発生していたらしいが、前の村で五千にまで減っているという事だった。
数日して、偵察の情報通り、奴らが村に押しかけてきた。
最初は、村の最外周の畑にとりつき、作物を手当たり次第食いだしている。
これなら打って出て各個撃破できないかと言ってみたが、全体の分布が掴めるまで動くなと言われた。
「どうやら、五千、全て顔出したようです」オキアがバルアに報告する。
「よし、それじゃ、ここから一番近いところから叩くぞ。ゆうたとソドンは、しんがりで退路を守ってくれ。それじゃ、かかれー」
バルアの号令一過、戦闘組が砦から飛び出していった。
飛び出していった人達が無事砦に戻れるよう、俺と、ソドンと呼ばれた俺と同世代位の若者が退路を守った。幸いなことに、ゴブリンたちは目の前の作物を食らうのに一生懸命で、戦闘組の退路を先に断とうなどという知恵は回らない様だ。
三十分くらいして、飛び出していった戦闘組が戻ってきて、全員無事、砦に入る事が出来た。
「いやー、これはしんどいな。まだ千もやっつけてないだろ……でも、まあ少し休憩だ。一休みしたら、同じ作戦でいくぞ!」
そうしている間にも、ゴブリンたちは畑を食い進め、砦を包囲する輪はだんだん小さくなってきている。そうか。これは畑自体がオトリなんだな。砦めざして一気に五千来られたら、多分対処出来ない。
「よーし。第二弾、いくぞ!」
そう言って、バルア達はまた砦を飛び出していく。
俺とソドンは、退路を確保する。
今度は、結構近くに畑を食い荒らしているやつが来ていて、何体か俺達に気付いて襲い掛かってきた。しかし確かに動きは遅いし、力もそれほどではなく、ソードの一振りで、簡単に絶命させられる。なんか弱いものいじめの様な感じもするが、気を抜くな! と思った傍で、ソドンが、数体に一気に掴みかかられた。まずい! 慌てて彼をフォローする。
なるほど、数というのはこういう事か。油断したら、一瞬であいつらの腹の中というわけだ。とりあえずソドンも大したケガではなさそうなので、なによりだ。
しばらくして、また戦闘組が戻ってきたが、さっきよりもさらに消耗しているのが目に見えて判る。
「バルア、俺も前に出ようか?」
「いいや、ゆうた。この戦い方は退路確保が一番重要なんだ。だからお前は体力温存して、退路確保に全集中してくれ」
なるほど、そういう事か。それならば使命を全うするのみ。そう思っていたら、オキアが「変だ!」と声を上げた。その場のみんながオキアを見る。
「どういうことだ?」
「いや、最初は確かに五千くらいいた。それで、俺達は二回打撃ってで出て、千五百くらい片付けたはずだ。なのになぜ外にあれしかいない!」
バルアがあわてて外を確認する。
「確かに、千五百くらいしかいないようだ。あとの二千は……まさか!」
「ああ、嫌な予感がする。ここは二手に分かれて、一方は山の中の様子を見にいった方がいい!」
「よし、ここは隊を半分に分けるぞ! ここに残ったものは目の前のやつらのせん滅に全力を尽くしてくれ。そして首尾よく片付いたら、すまんがすぐに山へ向かってくれ。私やオキアは先に山の中に向かう!」
こうして、戦闘組は二手に分かれ、バルアやオキア達は山の中の避難キャンプ目指して、ゴブリンの群れの中を切り進んで村を出て行った。それにしても、みんなベテランとはいえ、すでにかなり消耗していたし、早く村の周りを片付けて山側の手伝いに行くのが正解だろう。
村の砦に残ったものは、村の経理役のホルマさんの指揮のもと、数が薄そうなところを狙って皆で突撃し、とにかくゴブリンを切りまくった。とにかく無我夢中で、もう何体切ったかもわからない。二時間くらいして、陽が空の真上から西に傾きだしたころ、だいたいケリがついた。十人で千五百体を切り伏せたのだ。
すぐにでも山の方の応援にいかないとと気持ちが焦るが、ホルマさんが俺を止めた。
「ゆうた。まずは休め! お前だって立ってるのがやっとじゃないか。心配するな。バルア達は村の歴戦の勇者だ。そうやすやすとやられはせん」
その言葉に、ちょっと冷静さを取り戻した俺は砦で水を飲み、体力回復に専念した。そして、小一時間くらい休んで、なんとか普通に走れるくらいまで回復した。
「ゆうた。やっぱりお前は若いな。だが、まだ半分くらいは足腰が立たん。行けるものだけで先に行け!」
そうホルマさんに言われ、ソドンや動けそうな数人の若者たちと砦を後にして、山の中へバルア達を追った。
できるだけ速足のつもりなのだが、やはり皆疲れている様で、思ったほど速度がでていない。陽が西に大きく傾き始め、気持ちが焦る。
山合いに入ったところで、ぽつぽつとゴブリンの死骸が、道端に転がり始めた。
バルア達が退治したものだろう。いったいどこまで進んでいるのか。進んでいく道会いにゴブリンが転がっているので道は間違いないだろうが。
「この尾根を越えると川原が見えるはずだけど、途中のゴブリンは千も転がってなかったよな。ということは、千以上がキャンプに突っ込んだのか?」
ソドンが絶望的な声を上げる。
「とにかく急ごう。バルア達が水際で防いでいるさ」
「ああ、そうだな」
そう言って皆で励ましあいながら、俺達は尾根にとりついた。
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