第8話 一年

 俺とプルーンがソード修行をはじめてから、さらに半年が過ぎた。

 季節はすっかり秋で、もう冬の足音が近づいてきているのが判る。

 

 そう、俺と星さんがここに流れ着いてから、もう一年もたってしまうのだ。灯や両親は一体どうしているのか……心配しても仕方ないのだが、思い出すたびに、やはり胸が苦しくなる。それは星さんも同じようで、最近、夜中に夢をみているのか、寝ながら泣いていることが多い。そういう時は、そっと頭を撫でてやるくらいしか俺には出来ないが。


「ゆうた。今日こそ打ち込む!」

 プルーンが殺気丸出しで、俺に打ちかかってくる。ソードの訓練を始めたのは同じ日だが、俺にはその前に剣道をやっていたアドバンテージがあり、まあ、今のプルーンのレベルでは、そう簡単にやられはしない。しかし、正直、彼女の上達には目を見張るものがある。才能という面では、明らかに俺より上かも知れない。


 実は、スクワットの訓練を着実にこなし、見た目にもかなり体幹がしっかりしてきた頃、夜にこっそり訓練していたのがバルアにバレた。

 最初はかなり怒られたが、プルーンが、俺がちゃんと考えて訓練を付けてくれたとかばってくれ、結局、その後の訓練の許可ももらえることになった。

 バルアによると、プルーン達の母親は、村の外で魔獣に襲われ命を失ったらしい。プルーンはそれで魔獣を仇と思っているところももちろんあるが、村の外での魔獣の被害は結構多くて、この村も男手が足りないため、自分も強くなってみんなの役に立ちたいというのが本当の目的との事だった。バルアもその熱意に負けて折れた感じだ。


「そりゃー」

「おっと、危ない。今の突っ込みはかなり良かったぞ! 俺でも紙一重だ!」

「こらーよけるなー、ゆうたー」

 そんな無茶な……まったく、本当に負けん気が強い。訓練が終わったところで、星さんがお茶を入れてくれたので、プルーンと一息ついた。

 最近、彼女と一緒にいる事が多くなっており、なにか本当の妹のようにも思える。そうか、この負けん気とか快活さとか、プルーンって灯に性格似てるんだ……。


 灯を思い出して、ちょっとセンチになってたら、プルーンが俺に話かけた。

「ゆうたが村に来て、もう一年だね。それで、子供はまだ作らないの?」

「はえっ? な、なんで子供?」

「えー、ゆうたとあかりは、つがいなんだから、ちゃんと子供作らないと。家族の人数が増えると生活も楽しくなるよ」

 そんなこと言われましても……動揺している俺の脇で、星さんが口を開いた。

「うん。子供、いいよね。ほしいよね」

 え、えー。星さん、まさか俺と!

「でもね、プルーンちゃん。実は、私、元の世界に子供が一人いるの。そしてその子の事が今でも忘れられなくってね。だから、ゆうくんには子供作るの、ちょっと待ってもらっているんだ」

「そっかー。一年も離れちゃっててさびしいよね」

「うん。その子、女の子でね。名前はともりって言って、見た目は大分違うけど、あなたとよく似た性格の子なんだよ」

「それじゃー仕方ないなー。あかりお母さん! 今は私がギューってしてあげる!」

 そういいながら、プルーンが思い切り星さんをハグし、その光景を見た俺は眼から涙があふれて止まりそうになかった。

「ゆうたもさびしい?」

 そう言って、メロンが俺にピタッとくっついて、頭をいい子いい子してくれた。

「はは、本当に優しい姉妹だな……」


 そしてその夜、藁床の中で、星さんが俺に話かけてきた。

「ゆうくん、起きてる?」

「ええ。どうしました」

「うん、昼間プルーンちゃんが言ったこと。子供は作らないのかって」

「ええっ? いやそれは……」

「あはは、慌てないでゆうくん。すぐ作る気はないから……でもね。このまま元の世界に帰る算段も見つからないまま、ここで暮らしていくのなら、どこかで踏ん切りはつけてもいいのかなーって思ってて……」

「それって? ……まさか」

「そう。迷惑じゃなかったら、ゆうくんと本当のつがいになるのもありかも知れないって……」

「あー、いやー。それは俺としても全然ありというか……」

「ほんと?」

「で、でもですね。星さん。その決断はまだ早すぎます。せっかく、ここまで頑張って村になじんで言葉も剣術も覚えて……あと二年くらいしたら、あのゴーテックさんとかいうエルフの人も来てくれるはずですし、俺は、まだあきらめませんよ!」

「ふっ、そうだよね。一年っていう節目で、私、弱気になっちゃったかな。でもね、ゆうくん。私は年々おばさんになっていくけど、あなたはまだまだ若くてこれからなのよ。だからここに定住する事になっても、他にパートナーの女性を探すのもありだよ。それは覚えておいて」

「星さん! 何言い出してるんですか? ぼくはここでつがいになるなら星さんがいいです。というか、この世界、他に人間の女性いるんですか?」

「まあまあ、ゆうくん。なにも生殖だけがつがいの目的ではないと思うよ。

 プルーンちゃんとかも、もう少し大きくなったら、灯よりいい女になるかもよ」

「ふざけないで下さい!」

 そういいながら星さんの顔を見て、俺はびっくりした。

 彼女はボロボロ泣いているのだ。


「星さん……」

「……ごめんね。ゆうくん。私、多分、プルーンちゃんにギューってされて、折れちゃった。灯のことは心配で仕方ないし、ゆうくんにも元の世界に戻ってもらいたい。でも私、何も出来なくて……本音をいうと、早く楽になりたいのかなー。ゆうくんとこの世界で、つがいとして穏やかに生きていく。それもいいじゃんって思っている自分がいるの。ほんとに最低の母親よね……よりにもよって自分の娘の彼氏に横恋慕しちゃって寝取りたいとか……もう、いっそ死にたいよ!」

「星さん、気を確かに……」

 そうは言ったものの、俺の言葉は、すっかり取り乱している星さんに届く気がしない。どうする? 俺は意を決して、星さんを抱き起し、そのまま思いっきりギューっとハグした。

 そして、びっくりしている星さんの口に自分の唇を合わせ、思い切りキスをした。

 そうしたら、星さんの両腕が俺の背中に周ってきて、思い切り抱き返してくれた。そのまま、お互いの口に舌を入れ合い、ディープキスを続ける。


 くそ、もういいや。このまま最後まで……そう思って顔を離した次の瞬間、俺はなぜかこう呟くいた。


「ともり―――――――」


 その一声で、星さんがフリーズした。そして俺に抱きついていた姿勢のまま、藁床の上に真横に倒れてしまった。あれ、おれ、なんで灯を……いや、これはまずい。

 星さんがかなりのショックを受けたに違いない。

「あ、星さん! あの、俺……すんません!」

「…………」

「あかりさーん……」


「はい、これにて転生一周年ドッキリ終了!」

 一瞬置いて、そういいながら星さんが、むくりと起き上がった。

「ドッキリ?」

「うん、そう。ドッキリ。一年前にキスしたまま行き倒れて発見され、村人につがいと勘違いされた哀れな人間カップルにはふさわしい一周年記念でしょ?」

「そんな……星さん、俺、もう覚悟決めて……」

 そう言いかけたら、星さんが俺に優しく抱きついてきて言った。

「ゆうくん。ありがと。私、本当に母親失格するところだった。あなたと灯は深くつながっているのね。それが判ったら、なんか、また元気出てきちゃった」

「星さん……」

「でも、もうちょっと。もうちょっとだけ、ゆうくんを充電させて。そしたら、また一年位は頑張れると思うから……」


 あはは、多分これでよかったんだな。

 俺はそのまま、朝まで星さんを抱きしめ、同時に抱きしめられていた。


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