第10話 バルア

 バルア達が尾根を越えた時、ゴブリンたちは、川岸に固まっていた。どうやらそんなに水が得意ではないらしい。避難キャンプは、ゴブリンたちの反対岸にあり、避難組が持ってきた食料は川原に積み上げられていたが、女子供たちがさらに山奥に避難する際、仮に渡河されても、その食糧がオトリになるだろう。


「よーし、このまま後ろから、川に追い落とすぞ!」

 バルアの号令一過、皆が尾根から川に駆け下りようとしたその時だった。

 尾根の上の方から巨大な何かがものすごい勢いでバルアに近づき、次の瞬間、すさまじい振動と衝撃で、そこにいたみんなが数m下に吹き飛ばされた。


「みんな大丈夫か? くそ、いったいなんだ?」

 バルアがそう言いながら体を起こし横を見ると、そこには、三mはあるかと思われる巨大なゴブリンが、これまた三mはあろうかという石槌をもって仁王立ちしていた。


「くっ、ゴブリンキングだと……」

 ゴブリンが大発生する際、その大元にいるのがゴブリンキングで、いわゆる女王バチのような存在だ。こいつは、膂力りょりょくも頑丈さも通常のゴブリンの比ではなく、かなりの腕の剣士でもかなわないことがある。普通は、大発生した元の場所にとどまっていて、群れと一緒に動くことはないはずなのだが……。くそ、考えていても仕方ない。立て直さないと。


 そう思って、バルアはみんなに指示を出す。

「みんな、距離をとれ。一か所に固まるな。そして、できるだけあのデカイのを避けながら、川原のゴブリンを始末するんだ!」

 バルアの指示通り、他のメンバーが川原に降りて、ゴブリンを屠っていく。その有様を目の当たりにし、ゴブリンキングが川原に降りようとするが、バルアがその前に立ちはだかる。

「おっと、お前さんの相手はこの俺だぜ!」


 その様子の一部始終を、プルーンは対岸の森の中から見ていた。

「イメンジ……」

 すぐにでも加勢にいきたいが、相手が自分よりかなり格上なのが一目でわかる。

 ゆうたからは、格上には、もう他に手がないというとき以外、手を出してはいけないと言われている。

 自分の役割は、はぐれへの対応であり、実際、川原の向こうで戦闘組が戦いをはじめ、行き場を失ったゴブリンの一部がこっちの対岸に向かってきている。あれを後方に行かせたら、メロンやあかりママ達がどんな目にあうかわからない。ゴブリンキングは父に任せ、自分は川を渡ってくるはぐれを打ち取ろう。そう覚悟を決めて、プルーンは川原に突進した。


「あっ、おねえちゃん!」メロンが走り出そうとするが、星が強く抱き寄せる。

「ダメ、メロンちゃん。私たちが行ってもお姉ちゃんの邪魔になるだけ。信じて待ちましょう」

 そう言いつつ、星も雄太がどうなったのか心配で仕方ない。

 幸いな事に、プルーンは川を渡ってきたゴブリンを危なげなくやっつけているようだ。でもバルアさんは……


「あっ、ダメ! バルアさん、後ろにも三匹!」

 大声を出すがあかりの声はバルアには届かない。

 次の瞬間、バルアが後ろからゴブリンたちに抑え込まれ、そこへ何の躊躇もなく、ゴブリンキングの石槌が振り下ろされた。

「いや―――。なんで仲間ごと叩けるのよ――」星が絶叫する。

 プルーンもそれに気づいた。

「イメンジー!」

 プルーンは絶叫しながら川を渡り、向かってくるゴブリンをなで斬りにしていく。そして、バルアの元にたどり着いたが、大好きな父は息をしていなかった。

「いやだー、イメンジー。私たちを置いていかないで!」


 川原のゴブリンはあらかた片付いたようで、オキアたちが、バルアとプルーンの周りを取り囲んで守備を固めている。

「みんな、絶対プルーンは守るぞ。そうしないとバルアに顔向け出来ない!」

 オキアの言葉に皆が「おーっ」と答えた。しかし、彼らも満身創痍で、ゴブリンキングの一撃をかわす体力もあるかどうかの状況だ。

 ゴブリンキングが石槌を振り上げながら、オキアに走り寄ってくる。

「畜生! 耐えてやるぞ!」

 そう言いながら、オキアがソードを正面に構えたその瞬間、脇から黒い影が飛び出し、ゴブリンキングのアキレス腱のあたりを打ち払った。


「ゆうた!」プルーンが叫んだ。

「すまん、プルーン。遅くなった。バルアは大丈夫なのか」

「ううん、息してないの。お父さん、息してないの!」

「落ち着け、プルーン。このデカ物は俺達が引き受ける。オキア達と後ろに下がって、治療を始めろ!」

「うん、わかった……」


 対岸では、星が小躍りしていた。

「やったー。ヒーロー推参! ゆうくん、無事でよかったよー。ていうか、そのでかいのにやられないでよねー」星が大声で叫ぶ。

「あかりママ。ひーろーって何?」

「うん、メロンちゃん。ひーろーっていうのは……うーん、正義の味方?」

「?」どうやらメロンには正しく伝わらなかった様だ。


 ゴブリンキングは、片足のアキレス腱を切られて、眼に見えて動きが鈍っている。

 それを、ゆうたやソドンたちが取り囲んでいる。

「ソドン。こいつが親玉なのか?」

「ああ、ゆうた。そいつがゴブリンキング。この群れの産みの親だ」

「了解した!」

 そう言いながら、雄太はゴブリンキングの脇を取り、反対側のアキレス腱めがけてソードを打ち込む。しかし、今度は、キーンという音がして、ソードが足に食い込んでしまった。

「くそ、なんて固いんだ。いや、打ち込み角度が悪かった……俺の腕が悪いな」

 アキレス腱は切れなかったが、衝撃で、ゴブリンキングは姿勢を崩し、前のめりにしゃがみ込んだ。次の瞬間、雄太は背中に背負っていた二本目のソードを手にし、思い切りゴブリンキングの後ろ首に打ち込んだ。

 パンと高いがして、ゴブリンキングの頭と胴体が綺麗に離れた。

「うはっ、今のは会心だな……」でも、魔物とはいえ、首を落とすとか、あんまり気持ちのいいものじゃないな。

「やったぞ、ゆうた!」ソドンたちが走り寄ってくる。

 そのみんなの祝福をよけつつ、雄太はプルーンに走り寄る。


「イメンジー、イメンジー……」

 プルーンはずっと父を呼び続けている。

 オキアの顔をみたが、彼は首を横に振った。

 そうか……なにか、言葉に出来ない感情が一気に押し寄せた。

 肉親を失うというのはこういう感じなのか。


 雄太は静かにプルーンに寄り添い、思い切り彼女を抱きしめた。

 対岸では、メロンを抱いた星が、やはり大声で泣いているのがわかった。

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