第5話 淡雪

 翌朝、気が付くと、俺は小屋の前に横たわっていて、側にはあかりさんがぴったりくっついていた。

 よかった。あの後、敵の攻撃もなく雪も降らなかったんだ。小屋はまだ燃えていて、星さんが俺の言いつけに従って火を守ってくれたのだろう。

 起き上がろうとするが、身体が動かない。もがいていると星さんが気づいたようで、むくっと起き上がった。

「ゆうくん。無理に動かないで。傷は多分ふさがったと思うけど、すごい熱が出てる。それでね、ナタ貸して」

 自分はまだしっかりナタを握り締めていた。こいつが無かったら一貫の終わりだった。これを置いていてくれた人には感謝だな。


 小一時間くらいしただろうか。星さんが、何かを持ってきて、俺の上にべしゃっとかけた。

「何ですか、これ?」すごく生臭いし、冷たく湿っている。でも熱があるせいかちょっと気持ちいい。

「これはー、ゆうくんがやっつけた獣の皮だよー。動物の皮剥いだのは初めてだけど、それなりになんとかなったかなー。足りなければまだあるんでいでくるね。それに、後でお肉も焼いてみよう!」

 生皮だとそのうち腐ってしまうだろうが、まあ小屋を失ったつなぎとしては上々かもしれない。それに、肉が食べられるのは有難い。

「でね、ゆうくん。ゆうくんがやっつけたやつなんだけど、なんか角とか牙とか生えてて、私の知ってる山犬とか狼とかいうのとなんか違うんだよねー。この世界のやつなのかなー」

 自分の眼で確かめたいのだが、如何せん身体が動かないし、そういう事にしよう。


 お昼には久々に肉を食べ、その後、星さんは獲物の解体を続けていた。しかし、午後になって、俺の左肩の張れはますますひどくなり、熱も上がってきたようだ。寒気がひどく、昼に食べたものも吐いてしまった。星さんが世話をしてくれるが、小屋が無い状況で、今夜雪でも降ったらと思うと、気が気ではない。それにまた獣の夜襲が無いとも限らない。

「大丈夫、ゆうくん! ちょっと臭いけど、毛皮五枚あるから、今夜はなんとかなるよ。私もずっとくっついていてあげるから!」

 自分が動けない状況では、星さんがなんとも頼もしい限りである。やがて陽が落ち、小屋の火に薪を足して、俺と星さんは、野天のもと、獣の皮五枚にくるまって添い寝した。


 ◇◇◇


 そして、夜中に目が覚めた。喉が渇いてしょうがない。熱はまだ高いままの様だ。

 星さんに水を持ってきてもらおうと脇を見ると、星さんの様子がおかしい。

 苦しそうな顔で、ブルブル震えている。

「星さん、どうしたの? 大丈夫?」

「あは、ごめんゆうくん。私も熱出てきちゃったみたい。慣れない解体とかやって張り切りすぎちゃったかな……」

 気が付くと、小屋の火もほとんど落ちてしまっている。星さんが動けなくて、燃料が切れたのだろう。

 くそ、こんな時に身体が自由に動かないとは、俺はなんて情けない男なんだ!

 意を決して立ち上がろうとするが、立ち上がったと思った瞬間、地面がぐるりと回転して、その場にバタリと倒れ込んでしまった。やはりかなり熱が出ているようだ。

 そうしていたら、被っている獣の皮ごと、ずりずりと星さんが俺に近寄ってきた。

「無理しちゃだめだよ、ゆうくん。こうなったら覚悟決めて二人でここで寝るしかないよ。大丈夫、朝になれば私は回復すると思うから……だから、今は二人でくっついて暖まろう……」


 ふー、そうだな。今、自分に出来る最善はそれか。

 星さんは、俺の彼女のお母さんだけど、なんだかとってもいとおしく思えてきた。

 そして動く右手で星さんの頭を自分の近くに抱き寄せた。

「いいんだよ、ゆうくん。つらいときはお母さんに甘えていいんだよ」

 そうだな。やっぱりお母さんだよな。彼女とはちょっと違うな。

 そう思い直して、星さんにキスしそうになっていた自分を制した。


 相変わらず地面と世界がグルグル回っているが、星さんの肌のぬくもりが心地いい。この状況は地獄なのか天国なのか……ボーとする頭で考えていたら雪が降り始め、だんだん降りが強くなってきた。


(あー、これはダメかな……)


 そう思って星さんの顔をみたら、彼女も俺の顔をじっと見ていた。

「ゆうくん、ごめんね。私、役立たずで。でも、最後までゆうくんが一緒にいてくれて、本当にうれしかったよ。もうともりにはあえないのかなー。やだ、目から水が出て止まんないよ」

「星さん。まだあきらめちゃダメです。一晩眠れば状況が改善するかも知れません。最後まで二人で頑張りましょう!」

 そして、涙と鼻水でぐちょぐちょの星さんの顔を思い切り抱き寄せて俺は言った。


「キスしていいですか?」


 いや待て。俺はいったい何を言いだしてるんだ? 熱でうなされているのか? 

 星さんはキョトンとしていたが、やがて言った。


「うん……」


 そして、星さんの顔が俺にぐいっと近づいてきて、二人は唇を合わせた。

 発熱のせいなのか、この予想外の状況に頭が混乱しているのか…‥世界がグルグル回りだして、俺の意識がだんだん薄れていく中、雪の降りは一段と激しくなり、二人をゆっくりと覆い隠していった。


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