第4話 夜襲

 翌日、陽が昇ってから改めて小屋内を物色し、薪割用と思われるナタを発見した。

 これは大収穫だ。赤錆がでているので多分鉄だろう。この世界の文明をちょっと見直した。早速、川原の石で研いで使ってみるが、薪割はもちろん、枝打ちや木の皮を剥ぐのにも使える。早速木の皮を、自分たちが縛られていた縄でつないで簡易の服(というよりよろいみたいだが……)を造った。これで上半身裸からも解放されるぞ。

 そして、小屋の天井に穴をあけ、排煙口を造ってみた。最初はうまくいかなかったが、何度か調整しているうちに、ちゃんと煙が抜ける様になった。これで、寝る時も火が使える。


 そして肝心の食糧なのだが、川原の石をひっくり返したところ、小型の昆虫が結構いることが分かった。

 うわー、これ食えるのか? そう思っていたら、おばさんが言った。

「これ多分、食べられるよ。聞いた話だけど長野県では、川の虫を食べるらしいし」

 もう、背に腹は代えられない。この虫を集めて、土器で煮て食べてみた。思いのほか味も素っ気もなく、川エビの殻だけ食べているような感じだったが、久しぶりの食事を身体が喜んでいるようでもあり、ちょっと人心地付いた感じがした。

「うーん。もう少し、塩味とかあればねー」おばさんも臆せず虫を食べている。

「でも、これ。灯に見せたら卒倒するよねー」

 確かに、あいつは、昔から虫とかが苦手だったっけ。


 ちょっとはお腹も満たされ、小屋の中で火を焚いているので温度もそれなりにあり、この世界三日目にして、ようやくゆっくり寝られそうだと思っていたのだが。

「ゆうくん。雪降ってきたよー」

というおばさんさんの声に、小屋の外にでてみると、おやおや、かなりの勢いで降って来てるな。これは積もるかも。

「おばさん。身体を冷やさないように、小屋に入りましょう」

「うん、そうする。それでさ、ゆうくん。相談なんだけど……この世界にいる間だけでいいから、そのおばさんってのやめない? まあ、確かにおばさんなんだけど、この世界にいる間は、君の良きパートナーでありたいんだよね。だから対等な呼び方してほしいな」

 なるほど。俺としては何でも構わないけれど、おばさんなりの決意表明なのかなとも思う。

「それじゃ、あかりさんって呼んでいいですか?」

「うん、あかりちゃんでもいいよ……はは、ウソウソ、さすがに照れ臭い。あかりさんでお願いします」

「それじゃ、あかりさん。明日に備えて休みましょう!」

「おー!」


 ◇◇◇


 そして夜半。何かの気配で目が覚めた。おば……星さんは、俺の側でスースー寝息を立てている。小屋がたまにミシっとノイズを発している。これは……雪で小屋が押されているのか? 外に出ようとするが、すでに出入口がふさがりそうな勢いで外に雪が積もっている。戸口の雪を無理やり掻き分け外に出てみると、雪は大分小降りにはなったようだが、屋根の上の雪はすぐどかさないと、一酸化炭素中毒の危険もあるし、小屋もつぶれかねない。一旦、小屋の中に戻り、星さんを起こす。


「おば……星さん、起きて下さい。雪が積もりすぎて小屋が危険です。いったん外に出ましょう」

「うう、寒。火はまだついてるよねー」

 おれは、昼間作った木の鎧を身に付け、戸口の雪をほとんどどかし、通路を確保し外に出た。それに続いて星さんも出てきた。手元のたいまつだけだと暗くてよくわからないが、確かに小屋の上に相当雪が積もってしまっている。これをどけないとまずいだろう。この暗がりでその作業をやるのはかなり危険な気もするが、どうにもならない。星さんに、たいまつを持ってもらって、屋根の上に登り、なんとかあらかた雪を取り除いた。そして滑り落ちないよう慎重に地面に降りようとしたその時だった。


<<ウォーーーーーーーン>>


 すさまじい遠吠えが近くで響き渡った。なんだ? 狼? 

「ゆうくん。あそこ。なんかいる!」

 星さんがたいまつを川原の方に向けて叫んだ。

「星さん、たいまつを俺に。そして、小屋に入ってて!」

 何匹いるんだ? 少なくとも一匹ではなさそうだ。

 武器は……ナタは、かまどのところか。失敗した。小屋にいれておけばよかったなどど後悔しても遅い。

 おれは、急ぎかまどのところに駆け寄るが、雪が積もっていて見当たらない。

 くそ、囲まれた。一・二・三・四……少なくとも五匹は居そうだ。迷っている暇はない。俺は慌ててかまどの周りの雪を掘り始めた。

 そこへ一匹飛びかかってきたが、思い切り腹にキックを食らわせ、反対側に弾き飛ばした。


 狼なのか? やたらな犬より大きいような感じだったが……まあ、野生の狼なんて見たこともないし、今は何もわからないだろう。とにかくこの場を切り抜けないと。

 おっ、かまどの石だ! それなら……あった! ナタを手にして、俺は小屋を背にして体勢を立て直した。狼だとすると、確か集団戦を仕掛けてくるんだったか。最初にとびかかって来たのは、俺の力量を図るためのジャブ程度なのだろう。そのうち、複数で同時に仕掛けてくる。その時どうさばくか……そう思案しているうちに、左右から二匹、同時にとびかかってきた。竹刀や木刀ではないため、間合いが足りるか不安はあったが、剣道は眼に頼っていては相手に打ち込むことはできない。ましてやこの真夜中だ。相手の気配だけを頼りに体を捌いて、左右に連続して一撃を食わらせた。


「キャンッ!」

 よし、うまくヒットしたようだ。手ごたえはあったが、どれだけのダメージを与えられたのかはわからない。俺が簡単な獲物ではないと悟ったのだろうか、どうやら敵さんは、間合いを開け始めたようだ。ということは、今度は前後左右とかから同時にくるか。さばけるかな? でも、やるっきゃないか。そう腹を括って、周りの気配に全神経を集中させる。


 空間と時間が氷付いたような静寂が広がり、次の瞬間。来た! 前後左右……上もか! だめだ。かわす方向が全部ふさがれた。

 次の瞬間。理性ではなく本能的に身体が動く。

 一! 二! 三! ほぼ同時の攻撃ではあるが、わずかにタイムラグがあり、その隙をついて、とびかかってくる気配にナタを打ち込んでいく。手ごたえ有り! 

 そして、四五! くそほぼ同時だ。間に合わない! 四にナタを打ち込んだ次の瞬間、五に思い切り左肩に噛みつかれた。


「うわーっ。痛ってーーー」噛みついてきた五を振りほどいたものの、あまりの激痛にその場に膝をついてしまった。そして痛みのせいで気配もあまり感じとれないが、集中を切らすのは死を意味する。落ち着け! 深呼吸だ。どうやらまだ二匹は動けるようだ。まだやれるか? 

 幸い利き腕は右なので、まだナタは震えそうだ。そう、戦って切り抜けるしかないんだこれ。俺がやられたら星さんも……。


 その時だった。突然俺の後ろで大きな火柱が上がった。

 なんだ? 小屋が燃えてる? 

 突然の事に、敵がひるんだのが判った。

 くそ、今しかない。そう感じて俺は、残り二匹に向かっていった。


 ◇◇◇


「あーん。どうしよ? 痛いよねー。とにかく洗うね」

 星さんが機転を利かせて、小屋ごと燃やしたおかげで、周りが明るくなり敵がひるんで、俺は乾坤一擲、残り二匹の撃破に成功した。小屋が燃えている間は、他の獣も近寄ってはこないだろう。しかし、噛まれた左肩は、結構深手だ。

「星さん。とにかく火を途切れさせないで下さい。傷を洗った後消毒しないと、狂犬病とかも心配だし……」

「えー? 消毒って言っても、アルコールとか無いし」

「もうこれ、焼くしかないです。止血にもなりますし」

「そんな、乱暴な……」

「いえ、この状況では多分それしかないです。たいまつを下さい。万一、俺が気絶したりしても、傷の血が乾くまで、あぶってもらっていいですか?」

「ええーーーー。うん、わかった……」

「それじゃ」そう言って俺はたいまつの火を左肩の噛み傷に押し当てた。

「くっ……」ものすごい激痛が走るが、なんとか我慢する。

「ぐはー……」なんとか、意識は保っていられたようだ。

「……星さん。俺これからぶっ倒れますから、傷のやけどをきれいな水で冷やしてもらっていいですか?」

「ゆうくん……」星さんはもう涙目だ。

 雪は止んでいたが、もう小屋では寝られない。明日からはまた振り出しか……

 そんなことを思いながら、俺の意識は途切れて行った。





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