第6話 トクラ村
(……こらー、馬鹿ゆうたー! なに私のお母さんとキスしてるのよー!)
(……と、
……灯がそっぽを向いて遠ざかっていく。
「ともりーーーーー!」
その瞬間、俺は眼が覚めた。はは、また夢落ちかよ。そう思い周りを見回す。
あれっ、ここは?
……野獣に襲われて重傷のまま星さんと野天にぶっ倒れていたはずだが……。
屋根がある……それにこれは
よかった。俺の下半身に幼子のようにぺったりと張り付いて寝息を立てている……んっ、星さん、なんで裸? と、よく見ると自分も裸だ!
「うわー、
慌てた俺を尻目に、星さんもようやく気が付いたようで眼を開けた。
「あれー。ゆうくん。おはよ……て、きゃっ! なんでゆうくん裸なの?
……ふふふ、そっかー。そうだよね。多分私死んじゃったんだー。それで神様が最後にゆうくんとの思い出を……」
「ち、違いますって。これは単なる偶然というか、事故と言うか……僕にも全く状況がわからないんです! 俺たち、雪に埋まって倒れてましたよね。いったいここは」
「……あれ、私も裸だ。あの時、ゆうくんとディープキスしてたはずなのに」
「あ、その、いや。すいません。キスしたいって、俺血迷ってなんてことを……というかなんて言ってお詫びすれば」
「ううん、そんなに慌てなくてもいいよ。灯には内緒だよ。私も多分怒られちゃう。でも、絶対あそこで終わったー、と思ったら、ゆうくんとキスしたくなっちゃったんだ。でもなぜかこうして生きてる……だからー……その元気なやつはしまってくれるかなー」
「はうー、すいません!」と言いながら、俺は慌てて藁束の奥に潜りこんだ。
隣に全裸の星さんがいるので、ドキドキが止まらないが、深呼吸して改めて状況を整理すると、俺も星さんも熱は下がっていて、というか俺の左肩の傷もほとんど綺麗にふさがって張れも引いている。こうして藁束に入れてもらっていて、助かったのには間違いないが、いったい誰が助けてくれたのか?
その答えは、やがて判明した。
「トクリペーニ。タタノヨーレ!」
聞いたことの無い言葉を話しながら、十歳をちょっと超えた位の茶色いおかっぱ頭の女の子が近寄ってきた。
「タツマリ? ヘネシテーレ?」
何を言っているのかは全く分からないが悪意は感じない。俺達を助けてくれた事に、この子が関係しているのは間違いなさそうだ。昔インディアンと呼ばれていたアメリカンネイティブの人達の民族衣装に、北海道のアイヌの民族衣装のような文様が掛かれた服を着ており……って、えっ? ケモ耳? 狐のような大きな三角形の耳が頭の上についている。人間じゃないのか?
「セトハール。イメンジ!」
そういって、彼女はクルリと向きを変え、来た方に戻っていった。そしてお尻には、やはり、狐のような立派なふさふさしたしっぽが生えていた。
まあ、エルフや豚人間もすでに見ていたので、獣人がいてもいまさらだとは思うのだが……。
しばらくして、彼女は「イメンジ。バルア」と言いながら大きな獣人の成人男性と思われる人をつれてきた。そして、その人が自身を指さして「バルア」と言った。この人がバルアさんなのかな。そう思って、自分を指さして「ユウタ」と言ったら、さっきの女の子が俺を指さして「ユウタ」と言った。どうやら呼び名で合っていたらしい。こうしてなんとか俺と星さんは自己紹介が出来た。
この女の子はプルーンというらしい。彼女の言葉の断片から、イメンジとはどうやら、パパとかお父さんと言う意味のようだ。ただ、お互いの呼び名以外はまったくといっていいほど言葉がわからず難渋していたら、夜になって予期せぬ来訪者があった。
『お前たちは、人間のつがいか?』
突然、頭にイメージが直接入ってきた。くそ、あの念波か? エルフ野郎! ここで会ったが百年目と、とびかかろうとした俺を、星さんが止めた。
「ゆうくん! 違う、違う! 多分違う人だよ。落ち着いて。話聞かないと」
星さんに言われ、改めて落ち着いてみると確かに、あのゲートに居たエルフとは全く違う、初老の温和そうなエルフだった。
「えっと、あの、すいません。俺達状況が全然わかっていなくて」
『ふむ。確かに重傷で高熱と、いろいろ混乱していたんだろう。それにしても、人間なのに、よくウォーウルフを五体も仕留めたものだ』
「ウォーウルフ?」
『そうだ。このところこの辺境地区を荒らしていたウォーウルフの群れは、先日、辺境守備隊が仕留めたのだが、そこで取りこぼしたはぐれが数体、森に入ってしまい、このトクラ村の者たちと追討に出て、お前たちを見つけた。
言い遅れた。私は、王国辺境守備隊付き神官のゴーテックだ。』
「ゴーテックさん。それで、俺達いろいろ言いたいことや聞きたいことがあって、かなり時間かかるかもしれないんですが、ご相談のお時間をいただけませんか?」
『うむ。承知した。私もいろいろお前たちに聞きたい事がある。でも、今日はもう遅いので、明日、守備隊の駐屯所まで来てくれ。この家のものに案内させる』
そう言って、ゴーテックさんは、バルアに何か指示をして、帰っていった。
その後、プルーンが、豆と野菜の簡単なスープと、もともと俺達が身に着けていた服や下着を持ってきてくれた。ちゃんと洗濯してくれている。やれやれ、これでやっと星さんを直視できるな。それにしても、寝床はやっぱりこの藁床か。
まあ、お客様ってわけじゃないしな。
そこで服を着ようとしたら、プルーンに止められ、裸のまま、星さんと二人、小屋の裏手に案内された。そこには、プルーンより五つ位年下の女の子がいて、桶にお湯を沸かして待っていてくれた。「メロン!」とプルーンが彼女を指さす。
メロンちゃんはプルーンの妹なのだろう。そして、さかんに、タオルで体を拭けとジェスチャーをする。
「あはー、そうだねー。私たちすごく血なまぐさいものねー」
そうか。星さんの言葉で気づいたが、昨夜、ウォーウルフの生皮にくるまっていたせいで、二人ともものすごく臭い。なので、体を洗えということだろう。お言葉に甘えて体を拭こうとすると、またプルーンに制された。そしてプルーンはメロンの背中を流すジェスチャーをし、次にメロンがプルーンの背中を流すジェスチャーをする。
どうやら、俺と星さんで、お互いに洗い合えと言っているようだが……星さんも全身真っ赤になっている。
「ゆ、ゆうくん……仕方ないよ。これがこちらの流儀なのかもね。それにさっき、あの神官さん、つがいって言ってたよね? 多分私たち、何か勘違いされていると思う……」
ああー、多分森で発見されたとき、口を吸い合ったままだったのかなーなどと思いつつ、郷に入れば郷に従えと腹を括って、俺と星さんはお互いの体を流し合い、それを見ていたプルーンとメロンが、とてもうれしそうに拍手してくれたのが印象に残った。
◇◇◇
翌日、朝食はやはり豆と野菜のスープだったが、正直、もう少し塩っ気がほしい。獣人族は、人間より味が薄いのかもしれないな。昨夜、自分の着衣は返してもらったが、二人とも相変わらずの夏服で、外に出たとたん寒さで体がガタガタ震えた。バルアがそれを見かねて、何かタオル大の毛布のようなものを一枚ずつ貸してくれた。
辺境守備隊の駐屯地は、それほど遠くはなかったが、いったん村を離れることになるので、バルアも大剣で武装していた。駐屯地に着いたとき、ゴーテックさんは何か忙しそうだったが、俺達のために時間は空けてあるので心配するなと言った。
長い話になったので、かいつまんで説明すると、ウォーウルフのはぐれ追撃でバルア達が村を出て森に入ると狩人小屋が焼失していて、慌てて周りを見ると雪の中で俺と星さんが、接吻したまま眠っていたらしく、凍死寸前だったとの事。周りには、ウォーウルフ五体が倒れており、その皮を俺達が被っていたので、俺達がこいつらを倒したのだと判断したが、重傷だったので、そのまま村に連れ帰り、ゴーテックさんにヒールをしてもらって助かったとの事だった。
それで、肩の傷もあらかた直ってしまっていたのか。
逆に俺達のここまでの経緯をゴーテックさんに説明したが、異世界侵攻とかゲートなんて話は聞いた事もないと答えた。もしかしてごまかしているのかもとも思ったが、そんな様子は感じられず、命の恩人をあまり疑うのもどうかと思い、追及はやめた。
そして彼は、自分も長く辺境勤めなので、中央の上層部が何かやっていたとしても何もわからない。本当に調べたければ王都へ行くしかなかろうとアドバイスをくれ、同時に、現時点で俺達が王都に行くのは無理だとも言われた。
理由としては、ここでは人間は大変珍しい存在で、もともとこの世界で繁殖している生き物ではなく、俺達のように稀に時空をまたいで迷い込んで来るものしかおらず、特に優れた能力があるわけでもないため、身分も地位も最下層で、実際、バルア一家にしても珍しいペットくらいの気持ちで俺達によくしてくれているらしい。
そして、意志疎通にしても、ゴーテックさんのように異種生物と念話ができるエルフはほんの一握りで、まずはこの世界の公用語を覚えないと、王都に行っても不審がられて、ヘタすればすぐに殺処分されるのが落ちだろうとの事だった。
それでは、なんとか簡単な言葉だけでも教えてもらえないかとゴーテックさんに頼んでみたが、彼ももう辺境守備隊の本拠地に戻らなければならず、その準備をしていて忙しかったようだ。当然、そこまで俺達を連れてはいけないとの事だったが、最後に彼はこう言った。
『この先、魔獣がここらで暴れたりしなければ、辺境守備隊のこの辺の巡回は三年後くらいだ。それまでバルアの元で働きながら、言葉やこの世界のことを学びなさい。そして三年後、再び私と会った時、王都に行けるかどうか判断してあげよう。バルアには、お前たちの事情は話しておく。
ただ、自分の思い人の母親と口付けなどという、そういう不道徳なニュアンスは、実際には何もなくてもここでは嫌われるので、表向き、お前たちはつがいとして過ごした方がよい。健闘を祈る』
そう言って、ゴーテックさんは、自分の仕事に戻っていった。
「あはははー。つがいだって……でも、わかってるよね、ゆうくん! 形だけ、形だけだよ。ほんとにつがいなったら、おかあさんは
「それは、俺も同じですよ。それにしても三年ですか。それしか方法ないのかな?」
「そうだねー。でも確かに、コミュニケーションもままならないまま外に出ても今度こそ凍死しそうだし。まずはバルアさん達と少しは話が出来るようになってから、色々相談してくしかないんじゃないかなー」
「わかりました。俺、覚悟を決めました! 星さん、三年間、俺の偽奥さん宜しくお願いします!」
「ええええ、偽奥さん? そ、そうよね。私も精いっぱい、偽奥さん演じるわ!」
「ぷっ、はははは」
なにか意味もなくおかしくって、星さんと俺は、大声で笑いだし、それを見ていたバルアはなんとも怪訝そうな顔をしていた。
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