第13話 昌久のたぬきうどんと、江ざわさんのやきそば

 「お米屋さんのとなりの福島ですけど…」


 もちろんこの米屋は、私にヒゲを切られて仕事ができなくなってしまった、「ねこのチビ」がいる米屋だ。


 このように電話をして、時々出前を取っていた。


 一番多かったのは、そば屋の昌久。


 松沢小学校に向かっていき、幼稚園の同級生、岩田くんのいるたばこ屋の反対側に店がある。


 店でも食べることができたが、それはなく、我が家は出前を頼むのが常だった。


 松沢小学校から帰るとき、そばを盛り付けるざるや、様々な容器が干してあるのをよく見ていた。


 出前を運ぶカブも、用水路に蓋をしたようなところに無造作に停まっていた。あの後ろの蛇腹の中には何があるんだろう、どうしてあんな物がついているんだろうと、子供心に出前のカブを見ながら思いを巡らせていた。


 昌久で頼むのは、いつもたぬきうどんだった。


 ラップがされていて、びろんとそれを剥がすと、たぬきが少しくっついてきたりして、他の食べ物がいいかなと思うこともあったけれど、どうしてかいつもたぬきうどんだった。


 出前でもう一つの定番は、江ざわさんの焼きそばだ。


 玉電松原を長門裕之と南田洋子の家の方に進んだ一つ目の信号の角に江ざわさんはある。小さな食堂だけど、串に刺さった各種だんごやよもぎ餅、すあま、豆大福、普通の大福、豆が入っているけれどあんこはない三角の餅、などを店のショーケースで販売していた。


 江ざわさんは食堂なので、いろいろな食べ物があったとは思うのだけれど、焼きそばしか覚えていない。この焼きそばも、何度かはお店の中で食べたことがあったけれど、基本的には出前で注文する。


 姉の焼きそばと比べて肉が少ないだの、キャベツが多いだの、何か言っていたような記憶もある。味は普通のやきそばだったけれど、これもまたごちそうだった。


 届いた時にラップを剥がすと裏に水がついていて、どうして水がついてしまうんだろうと思っていたが、それ以上突き詰めることはしなかった。


 「おこめやさんのとなりのふくしまですけど、やきそばみっつおねがいします」 


 我が家はそれこそ世田谷区赤堤四丁目のバラックだったけれど、こんな風にして姉と父と母の四人で、時々出前を取ることがあった。私も何度か出前の電話をしたことがある。もちろん黒電話から。



 実は貧乏とは刷り込まれか思い込みで、このように出前を取って食べることができていた我が家は、もしかすると裕福な家庭だったのかもしれない、なんて結びたいのだが、それは100%なく、やはり我が家は貧乏なのであった。


 

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