第6話 銭湯は近所に3っつ


 家に風呂などなかった。


 何日かおきに、母親に連れられて、銭湯に通っていた。


 姉と母と三人で銭湯に行くのが日常だった。


 銭湯は近くに三カ所あった。



 一つ目は、松沢小学校向け、そば屋の昌久と岩田くんちのたばこ屋を過ぎて少し行った右側、第一パンと肉屋の間の小さな路地の突き当たりに一件。


 二つ目は、玉電松原の三軒茶屋向け右側、踏切から三軒目の道路沿いに一件。


 三つ目は、小田急線の経堂向け、途中でちょっと向こうへ入った所にもう一件。


 最後の所の近くには牧場があった。東京都世田谷区である。世田ヶ谷は田舎だと父が言ったのもうなずける。


 もちろん牛もいて、私は風呂を上がると牛に会いに行くのが楽しみで、母と姉をさておき、牧場に向けて走り出すのが常だった。


 この牧場は四谷軒牧場といい、私が会社に入って働き出す位まであった。


 一件目の銭湯では、近くに耳鼻科の息子の大谷くんがいたので、何度か一緒に銭湯に行った。今では信じられないが、ピンクのゴムボールを使って銭湯内で野球もどきの遊びをしていたら、着替えている人のパンツの股の間にボールが入ってしまい、すみません、などと言いながら取り出した、なんてこともあった。


 今や私は風呂のある家に住み、銭湯に行くことは殆どない。


 昭和59年、東京トヨタという会社に入った時に、「家は風呂屋をやってます」と言っていた同僚がいたが、今はどうしているだろう。


 一世代での変化に驚愕せずにはいられない。


 あれもこれもが進化して、便利に暮らすことができるようになり、昔に比べれば長生きすることができるようになってはいるけれど、銭湯に通い、帰りに牛を見て帰ってきたあの頃も、それなりに、いや、とても幸せだった。



 

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